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灰色の境界  作者: 宵時
第三章「争いを生むものを廃絶し、恒久和平を実現する」「貴様に世界は救えない」
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3-8 作敵迷走

 阿藤学園の正門をくぐってからも、無言のまま歩き続ける。

 リオンはあれこれ文句を言いながらも、しっかり後を着いてきていた。

 以前と同じ周回バスを利用して坂敷邸のある区画へと向かう。

 緑化地区の人工森林によるアロマテラピーで多少は落ち着いてきた。

 思考を切り替えていく。〈死神〉の引継ぎについて、直接問いただす。

 何かまだ知らない情報があるのではないか。

 アルメリア王国の成立には、〈灰絶機関〉には別の目的があるのではないか。

 リオンの抱えた話が気になる。

 ブリズとハルの間にある関係、ベリアルの研究成果がもたらしたもの。

 急成長した旧日本の経済と国際上の立場。その裏側に何があるのか。


――俺の敵はどこだ?


 腹の内側から声が響く。無視する。

 茜色に染まりゆく空の下、街道を歩いていき、開け放たれた門から敷地内へ入る。

 道場の稽古日ではないため子供達も、迎えにくる親の姿もない。

 代わりに晴明の患者と思しき車が駐車スペースに停まっていた。

 ならば、中には紅狼と千影の二人か。インターホンを鳴らす、が反応はない。

「どうするのよ」

「入るさ」

「……本当にいいの?」

「今更遠慮する仲でもない。それに、お前も知りたいだろう?

自分が見えている世界が本当か嘘なのかを。裏側に潜む真実を」

「そう、だけど」

 何に怯えているのか分からない。「失礼します」と一声かけて中へと入る。

 千影が出迎える姿など想像できないし、紅狼が渋々出てくるにしても時間がかかるだろう。

 待っている時間も惜しいし、急な呼び出しである以上、何よりも優先して駆けつけるべきだ。

「……お邪魔します」

 恐る恐る、といった調子でリオンが声をかけるが、返ってくる言葉はなかった。

 俺は無言で靴を脱ぎ、あがる。玄関から廊下へ、そのまま見慣れた居間に入る。

 相変わらず無駄に大きい樫製の机を妙齢の女性と私服姿の青年、二人が囲んでいた。

「来たか」

「ええ。クレスも、いたんですね」

「僕がいるとまずいのかい?」

 厳然とした雰囲気をかもし出す千影とは対照的に、さも残念だと言わんばかりに首をすくめるクレスが俺達を出迎えた。リオンが千影に向かって会釈をする。

「……別に。深い意味はない」

「何に驚く必要がある。召集するならば全員に決まっているだろうが」

「その割にはもう一人が見えませんがね」

 辺りを見渡すが、セラの姿は捉えられない。

 かといって、どこかの影に潜んでいるわけでもなさそうだ。

 〈紅の死神〉たる刻印が疼く様子もない。

 俺がクレスを見るも、小さく首を振るだけだった。

「セラには仕事をさせている。お前達には、これからやってもらうわけだが」

「師匠、先に確認しておきたいことが……」

「〈死神〉の称号を受け継がせる条件についてか?」

 もう一度クレスと視線を交わす。今度は爽やかな笑みで返された。

「呆けてないでさっさと座れ、(うつ)け共」

 言い返せず、席に着く。既にクレスが千影の真正面に陣取っていたので、四角形の頂点を置くようにリオンと向き合って座すことにした。先手を打たれた感は拭えない。が、気取られぬよう努めて抑揚のない声で問う。

「俺は、神坂 八千翔(やちか)から直接、受け継ぎました。技術や知識の引継ぎ、戦闘能力の向上、

発現した〈死神〉の力……経緯を除けば同じですが、何故教えてくれなかったんですか」

「意味がなかったから、だな。教えたところで結果は変わるまい」

「……〈死神〉は魂を捕らえ、糧として次代を強制強化し戦力とするシステム、ですか」

「〈聖呪大戦〉後に伝えた情報以上のものはない。あったとして、何か任務に支障でもあるのか?」

「いえ、それは……特に、ないですが」

「ないならば、話は終わりだ。〈蒼〉のように引き剥がして戦力を与えることもできる。

〈黒〉と〈白〉は獲得しなければ殺されていた。生きるための意志に遺志が応じたわけだ。

戦場で莫大な力を発揮するモノが、必要とされる人間に渡った。そのどこに不都合がある?」

「……ありま、せん」

 言い返せない。あの時、俺はやち姉から〈紅〉を引き継がなければ死んでいた。

 深い絶望に抱かれたまま永遠の眠りに堕ちていた。

 クレスはハインリヒに、セラはストラによって凄惨たる終わりを与えられていただろう。

 生きるためには、勝ち取るには、繋ぎ止めるには〈死神〉に囚われるしかなかった。


――その魂が、一度は死を望んだのに?


 やかましい。どこからか声が聞こえる。頭の中で鳴り響く声を振りほどく。

 俺は、願われた。願われて祈られて、その望みを抱きかかえて現代を徘徊している。

 何が正しくて何が間違っていて、何を倒さねばならなくて何を守らねばならないのか。

 それらを自らの意志で選んで、(ある)いは突き動かされる遺志によって選ばされて。

 切って斬って(ほふ)って、境界を割り断って俺はどこへ行くのか。

 千影が俺を見ている。冷然と、機械の性能を見極めるように。

「質問は終わりか? なら本題へ移るが」

「……はい。すみません」

「貴様も何か聞きたげな面をしているが?」

 千影の瞳がリオンを捉える。少しの間を空けて応じる。

「その、今日はあの人……いないんですね」

「晴明はまだ診療中だ。紅狼は関連機関に回している」

「既に、動きが出ているのですか」

「だから貴様らを呼んでいるんだ。少しは頭を使え」

 苛立ち混じりに千影が吐き出す。

 大分切羽詰っているのかもしれない。

 が、たかが誘拐事件で取り乱す必要があるのだろうか。

 裁けない悪やピアスディのような明らかに常人の対応範囲外、もとい世間一般の常識や法律から外れた存在を排除するのが〈灰絶機関〉の仕事。平時における誘拐事件ならば、警察機関で十分に対処できるはず。

 眉根をひそめて、千影が口を開く。

「首都近郊の衛星都市で誘拐事件が多発しているのは確かだ。セラに担当させている

区画にはいまだに反政府抵抗勢力が多い。まぁ、片付くのも時間の問題だろうが」

「……反対勢力の一掃。人間は皆殺し、ですか。

〈渇血の魔女(ワルクシード)〉にはうってつけですね」

「貴様と議論する気はない、と言ったはずだが?」

 千影とリオンが睨み合い、火花を散らす。

 まぁまぁ、とクレスが手で抑えて千影の言葉を引き継ぐ。

「問題なのは、そっちじゃないんだよ」

「クレスは、全部知っているのか?」

「僕も聞いたばかりだけどね。誘拐事件が多発しているのは確かなんだけど、それ以上に

深刻なのが山間部や廃棄区画、過去の事故で立ち入り禁止区画になっている地域……

つまり、余り外部との接触がないところで人がごっそりいなくなっているんだよ」

「集団失踪、ってやつか?」

「うん。で、勿論警察は対応しているんだけど、あちこちで起きてるから手が足りなくて」

「それで、ウチに回ってくる……いや、〈灰絶機関〉が担当するのか?」

 繋がりが見えない。警察の手が足りなくとも、一般の事件に出向くなど考えられない。

「早まらないでよ、亮。こっちはまだ表に出ていないんだけど……出るらしいんだ」

「幽霊とか言い出すんじゃないんだろうな。俺はゴーストバスターじゃないぞ」

「真面目な話だよ。体を機械化した兵隊が、目撃されてる」

 言いながらクレスが携帯を手にとって画面を見せる。

 表示されていたインターネットページは、つい先程俺とリオンが見ていた掲示板だった。

 思わず溜息を吐いてしまう。

「あのなぁ……」

「亮、最初から馬鹿にしてかかったらダメだよ。案外有用な情報もあるんだよ?」

「政府中枢に食い込み、治安維持を果たす機関にいながら何を拾うんだよ」

「違った視点での情報、かな。僕達も結局は人間なんだし」

「……全てを完全に把握できている、とは言わないが」

 とはいえ、俺もリオンと二人で見入っていた情報もあった。

 先入観を放り投げて、画面に並ぶ文字を辿っていく。

「怪奇! 集団失踪……賢者の石を錬成するための生贄か。

おい、漫画じゃないんだ。二次元と三次元の区別くらいつけろよ」

「いやいや、そっちじゃなくて」

「忠国の忘れ形見か、はたまた新時代の代理戦争を担う尖兵か」

 機械人形の軍事転用に関する考察記事だった。世間的には余り仔細(しさい)に報道されていないウルルグゥでの争いや、ウランジェシカの南北戦争にまで触れている。確かに馬鹿にはできないかもしれない。

「まだ真に迫っているとはいえないが……」

「可能性がなくはない、よね」

「ハーフハードギア。あれの改良型、もとい新兵器なんて本当にあったら――」

「あるわけないっ!」

 リオンが叫ぶ。俺も、クレスも、千影もリオンを見る。

 唇を噛み、抑え切れない想いを、感情をギリギリの一線で抑えているような、今にも泣き喚きそうな顔。

 やれやれ、といった調子で千影が首を振る。

「いいか。貴様の両親は、踏み込んではならない領域までいった。だから、罰せられた」

「……他人の頭の中を探れるはずがないでしょう。どうして、決め付けで殺人なんて!」

「起きてからでは遅いからだ。そして、アルメリアならば平和的に運用できる」

「本当に、平和目的なんですか。何か、別の目的があるんじゃないですか」

「どういう意味か、は……まぁ、聞くまい。だがな、対抗勢力は必要なんだよ」

「クラッドチルドレンだけで、十分じゃないですか」

 また千影とリオンの間で論争の火種がくすぶり、炎になりつつある。

 が、俺もクレスもリオンの側には立てない。

 人間が、どうしようもなく争い求める本質を否定できないから。

 ほぅ、とあからさまな溜息を吐く。

「いいか。この際はっきり言っておくが、この世界から争いを失くすことはできないよ」

「……だったら、平和ってなんですか」

「主観的な逃避空間、とでも言っておくか。見えず、知らない場所では地獄がある」

「その根幹を失くすのが至上目的で、殺人の肯定理由では?」

「人員は限られる。つまり、対処できる案件も限られる。死罰の執行、恐怖による抑制支配で

抑えられてはいる、がそれだけだ。今でも、私の知らぬところで事件は起きている」

「〈灰絶機関〉は神罰の代行者か何かですか」

「〈聖十二戒団〉みたいな口ぶりだな。アレこそ、神罰の名を語った無法者だがな」

「貴方たちは違うと? どの口がそんな戯言を吐くんです?」

「ま、まぁまぁまぁ」

 ヒートアップしていくリオンをなだめるクレス。

 俺は、まるで動じることなくリオンを見つめる千影の横顔を見ていた。

 全ての感情を取り払った、機械音声が紡ぐように千影が言葉を繋げる。

「平和である状態を、維持していくことが為政者の務めだ」

「アルメリア王の責務であって、〈灰絶機関〉の仕事ではないですよね?」

「そのアルメリア王直属の機関だということを忘れるな」

 そう。日露事変で〈灰絶機関〉を引き連れ、旧日本の腐った政府上層部を消したのはアルメリアの王であるハル・マリスク・アルメリア。ハルが行ってきたことは、民衆に望まれ願われた結果。

 平和という安心を与え、日々を豊かに過ごす環境を作り、昇華させてきた。

 平和な世界を作り出し、維持してきた当人が壊すことを考えるのだろうか。

 俺達が、平和のために使われる執行者の刃でないのならば、何のために存在しているのか。

 技術を回収してきたのは不穏な勢力を失くし、秩序を維持するためなのだろうか。

 できすぎている、何らかの裏がある。そう疑うことが間違っているのか。

 思考の檻に捕らわれている。

 堂々巡りの、出口の見えないトンネルを走り続けているような不安と焦燥に駆られる。

 千影が疲れたように首を鳴らす。

「貴様らが何を考えているのか分からんが、治安維持……ひいては〈灰絶機関〉の

活動に終わりはない。人間が生きて、存在する限りは仕事にあぶれることもない」

「人間がいる限り、欲望がある限り争いがなくならないから、ですか」

「可能性は必ず残る。新たな技術が生み出される度に、軍事転用を考える者が必ず出てくる。

売りつけて一儲けし、一生を遊んで暮らそうとする輩もいるだろう。ピアスディだったか。

アレの妄言が真実なのだとすれば、地球外からの侵略者もあるかもしれんな」

「……ないとは、言い切れませんよね」

「武器を捨てることはできない。有事の際に影で暗躍する汚れ役はいつの時代にでも

存在する。〈聖呪大戦〉で〈聖十二戒団〉は壊滅したが、新たな戦闘部隊が設立されて

いてもおかしくはない。一応、アルメリアも表向きは治安維持のための部隊があるからな」

 俺は返答を引き出されているかのように、つらつらと繋げることしかできない。

 終わりの見えない戦い。

 だが、呪いによって誰かは必ずクラッドチルドレンであることを強制される。

 この上なく、理不尽な呪縛だ。死という万物にある終わりを早められた上に、解放されたとしても一生消えない傷が魂に刻み込まれる。ただ、俺は疑問に思うことなどなかった。

 使われて潰されていくことに何も思うことはなかった。

 リオンに……久我 小百合の記憶を引きずり出されるまでは。

 クレスが低い声で告げる。

「普通の、日常で生きる人達は無関係に生きていく。闘争を誰かに一任して」

「押し付けられるのが俺達……か」

「亮は、望んで刃となっているはずだよね。悪を、灰色を殺し尽くすために」

「…………ああ」

 変わらない。変わりはしない。二度と、悲劇は生み出さない。

 たとえこの体がどうなろうとも、滅ぼすべきものを斬り屠って虚無へと押し込んでやる。

 ただ、迷いなく戦えるのは明確に敵と信じられるものがあるからだ。

 クレスとセラの関係を、人間と〈渇血の魔女〉の因果を断ずることはできない。

 終わりの幕引きは当人達の間にしかできない、と思う。

 改めてクレスを見ると、俺の表情から察したのか苦笑いを浮かべた。

「僕は、戦い続けるよ。最期の裁きを迎える瞬間まで」

「……俺は、お前の終わり方に納得はしないだろうがな」

「そうだねぇ。せめて、リオン嬢か遥かなる姫君、どちらを選ぶか知るまでは死ねないかな」

「なんで、その名前が出てくる」

「わ、私は……別に」

 真剣にクレスを心配して損した。

勝手にテンパっているリオンは放っておく。

 クレスの中では、恐らく答えが出ているのだろう。

 どちらが終わり、どちらが残るのかは対極の死神である彼らだけの選択権。

 俺と、リオンにとっても同じ。

 千影がわざとらしく咳き込む。

「話を、戻すぞ」

 緩んだ空気を引き締めるような固い声。

 俺が、〈死神〉が立つべきなのは戦場。守るべきなのは平和な日常。

 境界線はきちんと分けておかなければならない。

 俺が、俺の敵を屠り……いつか――

「新たな脅威が現れる可能性が、ほんの僅かでもある限り、戦いに終わりはない。

さらなる強大な外敵にも対応し得るために命を糧にする術式を選んだ。

平和を、当たり前の日常を守っていくために戦い続けなければならない」

 千影の言葉に嘘偽りはない。疑う余地もない。

 実の父親を悪と断じて殺害し、世界を渡り歩いて数多の戦乱を鎮めてきた。

 だからこそ、俺の目標であり生きる上での指針だ。

 恐らくセラにとっても唯一絶対であって、だからこそ付き従っている。

 たとえ永遠の平和が得られなくても、平和であり続けるために戦い続ける。

 常に、俺は戦場に立っていられる。自らを晒し続けていく。

 さらに千影が言葉を連ねる。

「誰が、何の目的で誘拐し人間を集めているのか。その始まりを調べるのは執行者で

ある〈死神〉の仕事ではない。バックアップする我らの領分。各々理解しているな?」

「……はい。俺は、師匠の刃ですから」

「その犠牲で多数が救えるのならば迷うことはありません」

「私は切り捨てる戦いなんて、したくないですけどね」

「三者三様、といったところだが支障が出なければ問題はない。最も優先するべきこと、

被害を最小限に抑えることができればな。被害の拡大を防ぐため、より迅速に対処する

ために今回は貴様ら以外にも特務部隊を編成し、活動範囲を広げていく」

 背中に冷たいものが流れていく。

「既にセラには衛星都市の一つを任せているが、貴様らにもそれぞれ特務部隊を

率いて残る三都市を担当してもらう。亮は東部、クレスは西部。そして南部だ」

「……それは非戦闘員を巻き込むことになるのでは?」

「貴様らならば上手くやれるだろう。セラには最初からつけていない。あれこそ、

単一にして万軍たる存在だからな。なんだ、能力の抑制が効かないわけでもあるまいし」

 守れないかもしれない。そんな弱気な言葉が頭に浮かぶ。

 デイブレイク・ワーカーとの戦闘で死にかけたのは揺るぎない事実だ。

 また繰り返してしまうかもしれない。仲間を犠牲にしてしまうかもしれない。

 千影が眉根をひそめて俺に問う。

「クラッドチルドレンが、呪いから解き放たれても有意性は失われない。国家を担える

能力が、常人よりも高い身体能力が備わっている。何を不安がる必要がある」

「……仮に、その機械化された兵隊と遭遇した時に守り切れるかどうか」

「待て。目的は誘拐の阻止と、可能ならば回収された者達がどこへ連れて行かれるかを

調べるだけでいい。戦闘し破壊するかどうかは、また別の話だ」

「ですが、そんなものが存在して衆目に晒されるだけで危険じゃないですか」

「拘るな。何故そこまで執着する。そこの貴様もだ」

 千影が俺とリオンを交互に見比べる。

 おかしい。何かがおかしい。

 クレスも困惑した表情で俺を見ている。

 が、一番理解できないのは俺自身だった。

「敵は、討つべきです。本当に機械化された兵団があるのならば、脅威になる」

「いいだろう。存在するのであれば、この目で拝みたいところだがな」

「未知の存在です。俺が、言えた義理でもないですが〈死神〉以外を投入するのは――」

「貴様は仲間を信じられないのか?」

 胸に突き刺さる言葉。心臓を握り潰されるような息苦しさ。

 だが、信じることと命を危険に晒すこととは別だ。

 〈灰絶機関〉にいる人間は元クラッドチルドレンだとしても帰るべき場所があって、守りたいものがあるはずだ。

 大事なものを持つ存在が、帰れない可能性をはらんではならない。

 帰らなければならないなら、一線を引かねばならないはず。

「多かれ少なかれ、覚悟はできているはずだ。貴様が他人の覚悟に口を出すのか」

「代わりに、敵は俺が受け持ちます。俺が万軍の働きをすれば、いいんでしょう?」

「…………亮、貴様は」

 頭痛を堪えるように千影が額を抑える。

「亮。敵を想像するな。作り上げるな。自らを死に追い込もうとするな」

「いや、俺は……死に急いでなど」

「貴様は何を探している。何を急いでいる。そこの娘に何か吹き込まれたのか?」

 ああ、うるさい。体の内側から響く音が、血が騒々しくざわめいている。

 何故。どうして。俺自身が聞きたい。

 返す言葉が見つからない。思考がまとまらない。

 上手く切り抜けられる方策も、道筋も見つからない。

 静寂が続く。

 大きな溜息を吐いて、千影が珍しく困ったような笑みを見せた。

「クレス、西部の捜索は任せた。貴様が思うように処置しろ」

「了解しました。東部の方は?」

「亮とハーネット、貴様らが担当しろ。南部は紅狼に回らせる」

「大丈夫、ですか?」

「問題ない」

 断じた時には笑みが消えていた。

 現実へ舞い戻ったリオンと視線が重なる。

「半端者二人で一人分だろう。できるなら機械化された兵隊とやらを引っ張って来い。

で出元が割れれば作り出している阿呆を潰せる。貴様らもそれで満足だろう?」

「両親の技術が、兵器に転用されているとしたら、許せないですね」

「ならば、壊せるな?」

 千影の問いにリオンは静かに頷いた。

 壊すのか、回収するのかどちらなのだろう。

 どちらにせよ、事件を生み出す根源は見つけ出さないといけない。

 平和を乱す存在は排除しなければならない。

 悪を、灰色を破壊する信念は変わらない。

「亮も、いいな。またデイブレイク・ワーカーの時みたく早まるなよ」

「……分かり、ました」

 境界が歪んでいく。俺自身の認識が揺らぐ。

 過剰なまでに犠牲を否定するリオンの信念が伝染している。

 俺は、崩れ落ちる自我を支えるように俯き黙るだけだった。

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