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灰色の境界  作者: 宵時
第三章「争いを生むものを廃絶し、恒久和平を実現する」「貴様に世界は救えない」
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3-6 齟齬理解

 放課後の保健室。二人きりの場所。変な部分を刺激し、意識させるような空間。

 刃助なら喜びながらも遥姫一筋だ、などと叫びそうだが俺はそんな気分には到底なれなかった。

 この手で掴みかけたものが、また手に入らず幻となって消えていく。

 来々木 亮にとって、リオン・ハーネット・ブルクという人間はさらに不可解な存在となっていた。

 リオンはベッドで横になって、顔を隠すように布団を引っ張りあげている。

 何故顔を背けているのか分からない、がベリアルにまつわる話は引き出しておく必要がある。

 頭で考えて、利用しているみたいだな、と思うがなりふり構っていられない。

 クレスではないが、真実に近づくためにある程度の強引さは必要だ。

 随分と喋る必要のないことを吐いてしまった。今では後悔しかない。

「その……すまない」

「何に対してよ」

 くぐもった声にはまだ棘がある。多分、こういうところが刃助にからかわれる部分なのだろう。

 色恋沙汰に全く興味がない、と言い切れば余計な誤解を生みそうだが、優先順位から考えればかなり下位になる。元よりクラッドチルドレンの呪いから解放されることを望まない俺にとっては、特に。

 必死に思考を回転させる。下手な物言いはアウトコース一直線。

 なるべくリオンの心情を探って、伺って言葉を選ばねばならない。

「……覚悟を、試すようなことを言ってしまって、悪かった」

「なんていうか、ね。一応私とアンタって、一緒に死にかけた仲だし?」

「デイブレイク・ワーカー戦は……確かに、軽率だった」

 あの精神攻撃は予想外だった、なんて口が裂けても言えない。

 戦いにおいて情報は重要な武器になる。

 今から蒸し返して判断がどうの、と言う気はないがあの瞬間では攻め込むのが最善だと思えた。

 嫌な言い方をすればリオンから、四人の〈死神〉がアルメリアに集まると聞かされていて、僅かながらクレスの介入を期待していたとも言えなくはない。無論、当人の前で言えば博打にすらならない、と言われるだろうが。

「もしかして、ちょっとでもクレスが助けに来てくれることを期待していたとか?」

「い……や、そんなことはっ」

「嘘吐くの下手だよね、亮って」

「……くっ」

 見通されている。こんなところも、小百合に似て嫌だった。

 小百合に似た人間が存在している点ではなく、リオンを小百合と比べてしまっていることが不快だった。

 失った者を、追い続けている女々しい存在が。

 死んだ者は還らない。誰かに宿ったりもしない。その魂が囚われていない限り。

「亮は、さ。今でも好き、なの……?」

「……大切な、存在だ」

「大切なものって、優先順位をつけられちゃうよね」

「何が言いたいんだ」

 分からない。先代の〈蒼の死神〉も掴みどころのない変人だった。

 思想から行動から何もかもがあやふやで、だからこそ予測できない部分は面白かった。

 が、全ては過去の話。不可解なものほど恐ろしいものはない。

「例えばさ、亮にとっては刃助も姫も大切な、失いたくないものなんでしょ?」

「ああ。二人とも、守るべき大切な日常だ」

「そうじゃなくって!」

 大声をあげ、リオンが布団を跳ね除けて起き上がる。

 俺と視線が合ったが、瞬間的に目を逸らされてしまった。

 分からない。〈死神〉の引継ぎが行われているならば当然、奴の思想や意思や身体能力は受け継がれているはず。奴も近接戦闘が得意だったし、リオンの動きも非常に似通っていた。少し粗はあったが、まだ取り込んだ刻印が馴染んでいないのだろう。

 流動性と水の性質を持つ〈蒼〉も上手く出ている。奴の持っていた体術を完全に自分のものにすれば十分単体でも機能する〈死神〉となり得るはずだ。

 犠牲を生み出さない、殺人を行わないという思想は邪魔以外の何物でもないが……。

「アンタも、他の人達も絶対おかしいよ! なんで、そんなに達観っていうか」

「罪の意識を明確に持っているかどうか、じゃないか」

「誰だってやり直せる機会があるでしょ! だから……」

「それを許さず未来に起き得る事件を、犠牲を未然に防ぐための執行者が俺達だが」

「た、確かにそういう人もいるかもしれないけれどッ」

「だから、私情では動かない。刃となって、悪を断ち切る」

「うぅ……」

 言葉が見つからず、押し黙るリオン。

 そんな矛盾なんて、最初から理解している。

 罪人が罪人を裁く構図。また善悪の議論を交わす気もない。

 クラッドチルドレンは、自分勝手とも言える悪意の根絶を目指すために、一生を世界の調和のために使い潰す。

〈灰絶機関〉に参加した瞬間から、日常は失われたはずだった。

 ただ大切なものは手から離れすぎてしまうと、どうでもよくなってしまう。

 忘れてしまう。だから、千影の意図も理解できる。

 大切な〝平和〟の価値を噛み締めるためにも、日常に籍を置く。

 例え偽りだとしても、口の中で味わい転がすことで改めて自分の立場を認識できる。

 どこまでいってもリオンは日常側の、何も知らなかった頃の思想を引きずっていると言える。

 あくまで表向きに、俺の見立てでは……だが。

 視線を彷徨わせていたリオンが、ようやく反撃の糸口を見つけ出したらしい。

 床に足を下ろして、ベッドに腰をかける。俺と向き合う形で座った。

「悪の定義って、更生し得ない存在……でしょ。軍需産業国はどうなるのよ」

「ウランジェシカのことか? 仮にもお前の母国だろうに」

「……やってた運用テストが、別のことに使われているとしたら」

「使うだろうな。使われる技術に意思はなくても、人間にはあるんだから」

「なら、ウランジェシカも潰すべきなんじゃないの」

「アルメリア王国とウランジェシカ帝国で全面戦争でもやれと?」

「そんなこと言ってないでしょ!」

「同じだよ。どちらにせよ侵略する準備なんてしていれば執行対象だろうが、な」

 リオンが過剰に人殺しを忌み嫌うのは、自分が同じ場所へ()ちたくないからだろう。

 当初の目的は分からなかったが、リオンの口から両親の死の真相を知るために内部から探っていることだと分かった。仮に知れたところで、どうにもできないかもしれない。

 そう考えるとやり切れないものがあった。

 まだ、明確にぶつけるべき相手が存在し、ぶつけた俺の方がマシかもしれない。

 いや、やはり今の状態でいい。知ることができていない、中間地点が一番いい。

 突き止めて、晴らしたとしてもあるのは深く暗い穴の存在を魂に刻むだけだから。

 リオンが肩を震わせながら俯いている。言葉にするべきか否か迷っているのだろう。

 激情をぶちまけたところで、どうにもならない。

 灰色を根絶させることを目指す〈灰絶機関〉も神の目など持っていない。

 今この瞬間もどこかで犯罪が起きて、誰かが奪われ損なわれ失われる。

 だが、知らない俺達にはどうしようもない。

 起きてしまったことを、失くしたものを取り返すことはできない。

 だから、未来を見据えるしかないのに。

 流石に、話を本筋に戻しておくべきか。

「リオン。俺が疑問を持っているのはそこだ」

「そこって、どこのことよ」

「そう睨むなよ。ベリアル・ロスクロフトの発表したクローニング技術、同じグループにいた

お前の両親であるコッペリア・マタオート・ブルクとフランツ・ブラッドレイ・ブルクは

研究と成果を引き継いだ。禁忌とされる〝人間〟を造る道を選んでしまった」

「アンタは……ッ!」

「待てって。人間を造るのは国際協定で禁じられている。理由くらい、分かるだろ」

「パパも、ママも兵器なんて作る気はなかった。ただ、叶えられない人の願いを叶えるためだった。

事故で失った、大切な人に会いたいとか、憧れの選手に会いたいとか、永遠の一瞬を得るために!」

「……確かに、願われることだろうな」

 叶えられない願いと、叶えてはいけない願いは別物だ。

 失われたものともう一度向き合いたい気持ちは、恐らく誰にでもあるものだろう。

 リオンが言ったように、失われた人間ともう一度会うことができれば、最期の言葉を交わすことができれば尊い瞬間を演出できるだろう。その価値は、俺には理解し難いものだが。

「だが、死者が蘇生を願わなかった場合は、どうするんだ」

「そんなことは、ないよ。誰だって生きたい、生きていたい……」

「リオン、それは生者の身勝手な理論だ」

「……死にたい、って願う人よりは圧倒的に多いはずよ」

「かも、な。それでも蘇生を望まない者は必ず存在する」

 誰だって、死ぬことは怖い。普通は、そう思うだろう。

 世の権力者が不死を求めたか、過去の資料を漁れば枚挙にいとまがない。

 錬金術、薬などの学術的な延長線にある魔法に近い科学から、人肉を食したり処女の生き血を啜るなど猟奇的なものまで存在する。人間と〈渇血の魔女(ワルクシード)〉の対立も、そのひとつに数えられる。

 魔術に特化したイズガルト連邦にも可能性はあるかもしれない。

 ただ、真に誰にとっても望まれることなのだろうか。

「否定はしない。だが、俺は人間を造ることを肯定はしない」

「亮、だって……サユリに会いたいんじゃないの?」

「お前は両親に会いたいのか? 会って何を話すんだ」

「質問に、質問で返さないで」

 リオンが、消え入るようなか細い声で吐き出す。

 奴の記憶を、〈死神〉を受け継いでいるのならば、こんな反応は見せないはず。

 どうにもリオンと俺との認識には行き違いがあるように思えてならない。

 最初に相対した時に口にした言葉も牽制のつもりだった。

 〈死神〉は取り込まれた魂の記憶や技術を全て受け継ぐ。

 より強く、より確実に悪を滅ぼす完全な執行者となることを目的としているはず。

 奴の思念が残っているのならば、復讐を目的としていることを念頭に置くべきだ。

 〈聖呪大戦〉において先代の、初代の〈蒼の死神〉を殺害したのは俺自身。

 故にリオンの中には俺に殺された記憶があるはず。だからこそ邂逅時の戦闘はかなり気を使った。

 敵か味方か、見極める必要があった。

 今となっては単純に割り切れなくなってしまった、〈黒の死神〉と〈白の死神〉との関係になるのか。

 本来の意味としての〝対極の死神〟であるかどうか。

 〈死神〉の刻印はてっきり死する存在から直接受け継ぐものだと思い込んでいたが、間接的に思念の同調から受け継いだセラとクレスのケース。さらには殺害された先代〈蒼の死神〉が四年半以上も経過してからリオンを所持者に選んだことから、いくつかの方法があると捉える方が自然か。

 〈死神〉の力そのものに近づくべきか、それとも直接問いただすべきか。

 悩んだ末に、口を開く。

「お前の、両親は……恐らく誰かを生き返らせるために研究を続けていた。ベリアルと

いう最先端を走り続けていた存在を蘇らせる、という願いがあったかもしれない」

「ねぇ……亮。死んだ人を生き返らせたい願いは、そんなに悪いことなの?」

「俺には死者の願いなんて分からない。あるのは、生きていた時に遺された言葉だけ」


――生きて。必ず……


 俺の中には、確かに小百合が遺してくれた言葉がある。

 奴が俺とクラッドチルドレンに吐いた濃密な毒も刻み込まれている。

 だが、それ以上は知らない。死者が死んだ後に何を考えているかなど、知りようがない。

 俺はこの世界にいて、小百合はこの世界にはいないのだから。

「死者の願い、なんてものは生者の願望なんだよ。妄想と言ってもいい」

「……パパと、ママの死を嘲笑(わら)うの?」

「違う」

 明確に否定する。分からないものは、分からない。

 生きている人間同士ですら完全な意思疎通などできないのに、死者の感情が理解できるはずがない。

 死者の言葉など、生きる者の身勝手な願望に他ならないのだ。

 こうあって欲しい。そう願っているはずだ。

 どちらにせよ押し付けの願いである事実は変わらない。

 俺は端末を操作し、リオンの両親……コッペリアとフランツのデータを呼び出す。

 画面がリオンに見えるように手を突き出した。

「フランツ氏は自律回路の改良、より人間に近しい存在を目指した。近年では駆動系の

制御や各種の感知システムで使われているわけだ。対してコッペリア氏は人間と機械の

融合、真の意味での人機一体を目指した。これは、もう言わなくても分かるよな」

「もしかして、忠国の半機半人システムが……」

「そう。ベリアル氏は、資料では十五年ほど前に事故で亡くなったとされているが、もし

これが人為的なもので技術獲得のため、兵器への運用を望む者達が仕掛けたのであれば」

「パパとママが、技術を守るためにウランジェシカを出た……?」

「ああ。お前はずっとウランジェシカにいたのか?」

「ううん。私は、ベリアルさんのところに預けられていて、そこにハルさん……アルメリアの

王様もいて、ウランジェシカの女帝もいた。それで事件があって、離れ離れになって」

「どんな、事件だ」

「……くぅ。頭、痛くて、ちょっと思い出せない、かな」

 苦痛に表情を歪め、頭を抑えるリオン。思い出すことを体が拒否しているのか。

 よほどのトラウマになり得る出来事を目の当たりにしたのか。

 無理に思い出させるよりも、情報を固めていった方がいいかもしれない。

「〈灰絶機関〉は、師匠が世界に存在する灰色を絶滅させるために作り上げた。組織が大きく

なるにつれ、資金も必要になり出資者を募って、最終的にはアルメリア王直属に……」

「ロスシアの軍部に手を出したのは、クラッドチルドレンの戦闘力を利用した兵士を作り出そうとしたからだよね」

「ああ。だから人間を作り出すことは禁じられている。人権のない兵士を生み出さないためにも許されないことだ」

「機械で強化して、人間の弱い部分を補うハーフハードギアも、同じだよね」

「即席の兵士を作り出す観点ではな。それらを吸収し、かつアルメリアに持ち込んで――」

 嫌な汗が噴き出してきた。いくつか、気になる点がある。

 妙な焦燥感に追い討ちをかけるように端末が独りでに鳴り始めた。

 リオンが驚いたように目を丸くする。けたたましいサイレンが保健室に鳴り響く。

「緊急時の情報一斉送信だ。地震速報が代表的なんだが……」

 口にしながら携帯の端末を操作していく。先日からアルメリア国内各地で失踪者及び誘拐者が出ており、極力単独での行動は慎むべきだ、といった注意喚起が記されている。

「近頃誘拐事件が多発しているらしい」

「……私や、アンタは問題ないんじゃないの」

「一応お前は病み上がりだろ」

「大丈夫、だって言ってるでしょ」

 自分で大丈夫大丈夫と言う奴ほど危ないんだが、とは思うが言葉にはしない。

 ロスシアで生み出された人為的にクラッドチルドレンに近い力を引き出す〝灰化薬〟と忠国で主戦力とされかけた人的資源に物を言わせるハーフハードギア。

 どちらにも共通するのは、検体や素材として多数の人間を必要とすること。

「まさか、な」

「何だっていうのよ」

「こっちの話だ」

 確証はない。なんとなく嫌な予感がするだけ。

 ベリアルのクローニング技術。軍事転用されれば、様々な点で非人道的な使われ方をする。

 仮にベリアル・ロスクロフトという人間が、平和的利用を主とする思想を持つのであれば。

 事故死ではなくウランジェシカ軍部による技術の奪取が目的なのだとすれば。

 ベリアルが下部組織に重要な情報を与えず、代用品として生み出されたものが灰化薬やハーフハードギアなのだとすれば。ウルルグゥで起きたレアメタルを巡る抗争の裏側には最低最悪の現実が隠れている。

 箱庭実験のように、忠国とロスシアの兵隊を使い、ウルルグゥを主戦場とした巨大な実験場……そして全ての技術が集まったアルメリアで、またも行われようとしている。

 兵器としての人間を生み出す、禁断の技術が動き始めている。


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