3-4 heart to heart
世の中には、知っていることよりも知らないことの方が圧倒的に多い。
知らないものを欲し求める感情。もっと多くを、もっと広い分野を、深く入り込んでいく。
それこそ、突き進める研究以外の何物も認識されないまでに。
相変わらず両親は私を気にかけることはなく、自らの欲求に支配されていた。
ベリアルとハルは一線を引いていたが、ブリズは色々なことを教えてくれた。
私は知りたいことを、知りたいと願う気持ちのままに正直に言葉でブリズに伝えて。
ブリズは私の望むままに、欲する情報を教えてくれた。
普通の生育環境では教わることのない様々を、より濃密で豊潤な甘き香りと底深い味をおなかいっぱいになるまで与えられ、蓄積してきたはずだった。実の両親から愛情を与えられない代わりに。
だが、よく覚えていない。何故だか、頭の中にある引き出しに鍵がかかっている。
何にロックされているのか、何が障害なのか、分からない。
声が鳴り響く。
「何故、教えたんだ。彼女をも引きずり込むつもりかっ」
「知りたがっているんだからぁ、構わないでしょー。選ぶのは彼女自身なんだしぃ」
「選ばせるように、仕向けているとも取れますが」
「見解の違いって奴でしょー。ありのままを伝えてあげただけよ」
「……何を意味するのか、分からないほど馬鹿でもないでしょう」
「何よぉ、そんなに怒ることなんてないでしょ」
「貴女は無くしすぎている。人間として持ちうるべき感情を」
「要らないの。そんなもの、塵箱に叩き込んでやったわ」
言い争っている。同じ男性の下で働く、二人の女性が睨み合って。
言葉で殴打し、斬り合い、もみ合い、せめぎあってどちらも譲らない。
「いずれ知ってしまうこと。早いか遅いだけよぉ」
「せめて、耐えうる精神性を持たなければ……」
「だって、おかしいじゃない。力があって、使える情報があって、何が困るのよー」
「技術は意志を持たない。だからこそ選ばなければならない」
「使えるモノは使うべきよぉ。最先端技術も使われなければゴミ同然」
「早すぎる。ベリアルさんにも言われたでしょうっ!」
「目の前に金塊が転がっているのに、拾わないで帰るっていうのぉ?」
「その金塊を巡って、数多の血が流れることくらい予測できることでしょう!」
苛烈さを増していく。だが、どちらも引き下がらない。
鋭さを増した言葉は剣戟の雨を降らせて、聴覚を麻痺させていく。
意味などとうに失われ、伝えられることなく言葉そのものだけが叩き込まれる。
まるで誰かに伝えるために、教えるために、引き継がせるために記録するようにプログラムされた機械のように幼い私は二人の女性の間でコトバという音をぶつけられていた。
「同じことよぉ。どうせ、いつかは公表されて利権を巡った戦争が起きるわ」
「だから、使わず別の方策を用いて辿り着くべきなんです」
「意味分かんない。同じ結末に辿り着くのに、遠回りしてどんな意味があるのよぉ」
「ベリアルさんが、否定した。選ばなかった。ヒトの尊厳に関わる、と」
「またその話ぃ? 生まれてもない存在に何かを選べる権利なんてないよねぇ」
「意志を汲むべきです。貴女だって、勝手に自分のデータを利用されれば不快でしょう?」
「別にぃ? 未来を切り拓けるなら構わない。人間が求め、人間らしく生きるために」
「貴女の理論は、常識を破壊する。造られた体を用意して、移り渡るなど――」
あれ。聞こえない。ノイズが混じっている。
――オン。おいっ!
誰だ。うるさい。やかましい。今は、聞きたくない。
あなたの声なんて、私の内側から一番痛い部分を引きずり出す音なんて。
破裂音が響く。爆音が轟く。
慌しく駆け込んでくる足音、ドアをぶち破る騒々しい音。
重く冷たい、命を奪うためだけに造られた兵器が持ち上げられる鉄音。
「裏切ったな……よくも、こんなっ!」
「違うっ! 知らない。何も、こんな状況って」
「黙れっ! 貴女も同じものを抱いていたと、思っていたのに」
「気持ちに、嘘はないのよぉ……でも」
「言い訳なんて、聞きたくない」
硬い音が鳴る。一つ、二つ、三つ、四つと連続して。
人殺しの道具が火を噴き、撃ち出された銃弾が空を切る。
鋼の右腕が受けて払って、それでも傷を負ってむき出しの機械部分が晒された。
私は、幼いワタシはただただ見ているだけ。
たくさんの、同じ軍服を着た男達の後ろで女性に抱きかかえられていた。
ワタシを守っているはずが、ワタシを抱きしめる腕は小刻みに震えている。
「やめてっ……こんなの、望んでいない!」
「ブリズ。私は、貴女を許さない」
「ちが……待って、撃たないで、駄目ぇぇぇぇぇっ」
懇願も、悲痛な絶叫も無視され打ち消されるように砲火は死を噴出した。
――大丈夫か、リオンっ!
まただ。今度ははっきりと、聞こえてしまった。
私を呼ぶ声。私自身を呼ぶ言葉。私の中にいるワタシではなく、この空間で見守るだけしかできない弱く幼いワタシでもなく、リオン・ハーネット・ブルクを呼んでいる。
揺さぶられる。眠り籠に抱かれるような優しさはなく、焦慮によって突き動かされた覚醒への導きに従う。
何より、いい加減うるさかった。
「なんなのよ、もうっ!」
跳ね起きると、額が固いモノに当たった。痛い。小さく呻く。
まだはっきりとしない視界が、おぼろげに輪郭を捉える。
私と同じように額を押さえて悶絶している黒髪の青年が、茶褐色の鋭い目で睨んできた。
「うなされている姫を起こしたと思ったら頭突きとはな」
「眠り姫起こすならもっとドラマティックにしなさいよ」
「キスでもすればよかったか?」
「ばっ……」
何故恥ずかしがらなければならないのだろう。思い出した。ぼう、と熱っぽさを感じていたところを、この仕返ししてやったぞと悪戯小学生のような笑顔を見せる亮に保健室まで運ばれてきたのだ。
辺りを見渡すが、担当の保険医はいないらしい。
下を見る。ベッドの上、白い布団と少し乱れたシーツと、タオル。
右手で取ると少し生温かった。左手を自分の額に当ててみる。
まだ少し熱っぽい。何らかの、別の要因による発熱ではなく。
カーテンの隙間から橙色の光が差し込んでいた。
「その、ずっと看ていてくれた、の?」
「まぁな」
「文化祭、ちゃんと参加しなきゃ」
「お前も、だろ。それに、どうせ刃助が連絡を入れてくれる」
上体を起こしたまま、ベッドの上で会話を交わす。
無言でタオルを差し出すと、亮も無言で受け取って空いているベッドのへりにかける。
亮は手近な椅子を持って、少しベッドから離れた位置で座った。
まだ痛むのか、眉間に皺を寄せてから亮が端末をベッドの上に放り投げる。
受け取って画面を見ると既にポップアップされたメールにはアクションが得意な者、ファンタジーに造詣の深い者、役者を目指している者などが集まって刃助が編集役として台本をまとめる、とあった。
本当にまともなものが出来上がるのだろうか。
少なくとも一人で勝手に書かせるよりは、より理想に近いものができるかもしれないが。
追伸に「リオン嬢をしっかり看病するように。くれぐれも手を出すなよ」と余計な文章と共に満面の笑みを見せる刃助の写真が添付されていた。思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「別に、刃助に言われたから看ていたわけじゃない」
「何よ。アンタ、本当に手を出すとか……」
「二人きりだ。誤魔化しも茶化すのもなし」
やけに神妙な面持ちで、亮が私をじっと見つめる。
言葉はなくとも言わんとすることが見えてきた。
違う。亮がまだいた時点で、覚悟は決まっていた。
「何か、喋っちゃってた?」
「ハル、ブリズ……二王の名前は興味深いな」
「そっか」
寝言か何かで漏れ出ていたか。
思考を巡らせる。幼少期の私は、両親と離れ離れで過ごしていた。
代わりに家族の役割を果たしていたベリアルとハル、そしてブリズ。
かたやアルメリアの、もう一方はウランジェシカのトップに立つ存在。
遠く高く、とても手の届かない場所にいる存在なのに、こんなにも近かったのか。
「私と、王達の関係性が知りたいの?」
「気になるところではある、が俺の聞きたいことは別のところだ」
「言ってみて。答えるかどうかは別だけど」
出方を伺う。私の本来の目的は、知られてはいけない。
亮は言葉の上では〈灰絶機関〉のあり方に疑問を抱いていたが、それが千影への反目に直結するわけではない。行動指針も、理念も一致しているし何より殺人に躊躇していない。
両親を死に追いやった真実を、ひいては下手人であり主導者でもある千影に対する、冷たい感情は見せてはいけない。見せては私が殺され……いや、その可能性はないか。だって、亮は――
「〈蒼の死神〉に関して、だ。お前は、どこまで知っている?」
「どういう意味よ」
「俺は、直接〈紅〉を得た。俺の目の前で先代の神坂 八千翔は俺に刻み込んで、果てた」
「私の場合は、言った通りよ。千影さんから、直接刻まれた」
「過程じゃなく〝何を伝えられたのか〟聞いているんだ」
何を伝えられたのか。
あの時、亮は前任者である先代の〈蒼の死神〉を知っているような素振りを見せていた。
ならば私の中にその人物が持っていた技能や身体能力が受け継がれているかどうか知りたがっているのか。
仮にそうだとすれば、何故なのか。
慎重にいかねばならない。私だって、情報を引き出したいのだから。
言葉を選んでいく。
「受け継がれた情報なら、格闘術と〈蒼〉が示す意味、後は……力と情報の使い方、かな」
「その割には余り上手くないようだが」
「茶化さないんじゃなかったの?」
「すまん、つい」
本心が漏れた、ということだろうか。
ここで反発してしまえば思う壺だろう。
「もしかして先代の〈蒼の死神〉とも知り合いなの?」
「……まぁ、な」
「随分と曖昧ね。何かあったの?」
「あったさ。色々と、な」
それきり口を噤む亮。余程話したくないことなのだろうか。
クレスとセラ、人間と〈渇血の魔女〉との闘争と同時期に切り結ばれていた戦い。
〈聖十二戒団〉との戦闘で多くのメンバーを失った〈灰絶機関〉……その損失は誰かから奪った罪に対する罰なのだろうか。
返す言葉が、繋げる言葉が見つからない。
「知らないなら、いい。なら、続きだ。お前は一体、何を見てきた」
「何って……覚えてないよ。三歳くらいの話だし」
「本当に、何も覚えていないのか? 断片すら跡形もなく、か」
直刀のように鋭い質問。果たして、答えてしまっていいのか。
正しい回答を、知りうる情報を提供していいのだろうか。
確認しなければならない。
「その前に、一つ。あの言葉の意味は、何なの」
「あの言葉?」
「とぼけない約束よね。疑問を抱えているのはお前だけじゃない、って言ったこと」
「ああ」
そんなことか、と軽いことのように言って亮が口元を右手で隠す。
何かを考えているのか、考えていることを悟られないようにするためか。
亮は瞼を閉じ、意を決するように一度頷いてから茶褐色の両目で私を見つめる。
「〈灰絶機関〉と〈聖十二戒団〉の違いは、有用な存在を取り込むか排斥するか、だ」
「聞いた。千影さんは積極的に取り入れていく、って」
「そう。ウルルグゥでのレアメタル採掘権を巡って起きた忠国とロスシアの戦争も、
早期終結への介入だと言っていたが実質的には技術の吸収だ。旧日本の腐敗した
権力構造を破壊し、技術を平和的な形で提供している点は素晴らしいと思う。
ただ、力は方向性が変われば瞬間的に凶器と化す。人間の意志に左右されてしまう」
「……分かっている」
一言だけ返せた。内心、動揺を隠せているだろうか。
〈灰絶機関〉の目的は世界に散在する灰色、即ち裁かれぬ罪に罰を与えること。
ひいては死刑執行によって、恐怖による犯罪抑制を行うこと。
それでも、アルメリアでは犯罪が起きて、執行されている。
「人間は欲望を持つ。師匠の言う通り、欲するものがあり、そのために生きていくのが
目的を持つ、人間として普遍的なあり方。ならば、俺はどうなんだ」
「亮は……罪を、許さないんでしょ」
「ああ。行き過ぎた欲求は罪だ。不当な理由で他者の権利を奪うものを駆逐する」
「……やめる気は、ないのね。奪うことで、誰かが悲しむことになったとしても」
「同じ議論を繰り返す気はない。一人の犠牲で未来の涙を防げるならば」
結論は変わらない、ということ。
可能性から導かれる未来など、真実であるかどうかなんて誰にも分からない。
それでも放逐できないのは亮自身が両親の命を奪われたことに起因するのだろう。
亮が本当に罪そのものを憎むのならば、疑念を抱くのも理解できる。
〈灰絶機関〉ですら力の方向性を誤ればただの殺戮集団と化すのだから。
「私も繰り返す気はないし、蒸し返す気もないから。なら、亮は〈灰絶機関〉が
何か別の目的で技術や人員を吸収しているのだとしたら、どうするの?」
「罪を破壊する。俺の基準は変わらない。もし、何らかの目的を持っていて、人類に
有効な方策であっても、多数の被害を生み出すのであれば、許される道理はない」
真っ直ぐな答え。亮らしい返しに私はさらなる一石を投じる。
「ねぇ、もし……もし、だよ? 自律思考型の機械を、完全に人間に似せて作り上げたら
罪になると思う? 例えば、人間の代わりに作業させることは、悪いことなのかな」
「使い方次第、としか言えないな。アルメリアを走り回る自律稼動式の
掃除機も銃火器を装備すればあっという間に殺人機械へと早代わりする」
「で、でも造り手には、元々考えた人に罪はない、よね?」
「……意図せず、使われたって? 難しいな」
「人間が人間らしく生きるために、ね。人間ができることは、機械で代替させよう、
って。代わりにやらせて、もっと自由な時間を作ろうって。そのために――」
「造り上げられたものでも、戦争をやりたい人間からすれば立派な兵器に転用できる」
真っ二つに切り裂かれる。私の言葉も、抱えていた想いも止まってしまう。
何故こんなにも口走らせてしまったのだろう。後悔してももう遅い。
飛び出した言葉が口の中に腹の中に戻ることはなく、私自身が私を追い詰める。
私を見つめる茶褐色の瞳から、目を逸らしてしまう。
「そういえば、ウランジェシカ帝国で武具の試験テストをしていた、と言っていたな。
お前の〈水神の聖具〉も経験から引き出された力なのだと」
「そ、そうよ。でも技術的な部分は……」
「いや、知っているはずだ。お前の言葉で思い出したよ。
ベリアル……ベリアル・ロスクロフト。クローニング技術の第一人者だ。
世界で最初にクローンを生み出し、医学界に革命的な変化をもたらした男」
「そう、なの?」
「お前自身が覚えていない、という可能性はあるだろうな。それでも両親は別だろう。
確かにリストに上がっていたよ。人間を創造する、禁忌に手を染めた者として処断された」
亮は全く動じることなく、淡々と確認するように告げた。
それは罪なのだ、と言葉の重さが心情を物語っていた。同時に、私の心も。
「情報回路の小型化に貢献し、情報の蓄積によって人間に近い思考回路を持つ機械人形を
作り出そうとしていた。が、思考演算プログラムに使ったものが不味かったな」
「……言わないで」
「兵器転用の意志がなかったとしても、十分に危ない。人間が人間たらしめる機関を
使って、人間を作り出すなんて踏み込んではいけない領域にまで行ってしまった」
「それ以上、パパとママを侮辱しないでっ!」
叫んでしまった。感情のままに、突き動かされるままに。
結局、上手い具合に誘導されてしまった。
亮は続ける。私の心の動きなんて気にせずに、暴き立てていく。
「正直、難しい話だな。人は動物を殺すことは何とも思わないが、殺人には嫌悪感を示す」
「どういう、意味よ」
「動物の屠殺は生きるため、プラスの欲求だ。だが、殺人はどんな理由が
あっても他者の人生を終わらせてしまう。同時に〝自らがそうして終わる〟ことを
想像して嫌悪する。または、いつか自分が知る者が奪われてしまうと恐怖する」
「マイナスに作用する欲求、ってこと?」
「欲求、というより手段と言った方が分かりやすいか。自前で栄養が作れない以上、
足りないものは他生物から補わなければならない。殺人も、今自分に足りないものを
手っ取り早く調達するための手段だ。考えうる限り最悪の決断ではあるがな」
「よくも、そんな言い方ができるものね」
「だが、突き詰めればそうなる。普通は、リスクが高すぎて選ばないがな」
「リスクの問題じゃない。私は、絶対にそんな選択肢は取らない」
「だろうな。それでも、お前は限りなく危険な賭けに出た。自分の欲求に従って、な。
お前が〈灰絶機関〉に加入した本当の目的は、両親の死の真相を知るためじゃないか」
「………………くっ」
唇を噛む。否定することは、できない。
肯定することもできなかったが、長い沈黙そのものが認めてしまっている証。
決壊していく。確かに亮は、同じ疑念を抱いていた。何かがおかしい、と。
〈灰絶機関〉が動く裏側に何か別の意図があるのではないか、と。
私の頭の中の引き出しに封じられた、知っているけれども知ることのできない記憶。
ハルとブリズが切り結び、打ち鳴らした言葉の雨がどこに降り注いだのか。
多分、二人の間で何かが音を立てて崩れ去ってしまった。今の、私と亮のように。
「そう、よ。私はパパとママが、なんで殺されなきゃ、ならなかったのかを――」
「知って、お前はどうするんだ。師匠を、命じたアルメリア王を殺すのか」
まるで、心臓を鷲掴みにされたような息苦しさに咳き込む。
考えないようにしていたこと。触れないようにしていたもの。
散々、口では言っていた。憎まず殺さず許せざるものなんて、ありはしないと。
絶対に命を奪わない方策で戦っていくのだと。
言葉にするのは簡単で、実行に移すのは余りに難しかった。
できなかった。結局、私は見ていることしかできなかったから。
あっさりと、大切なものを失ったはずの、同質の存在に暴かれてしまった。
抱く信念と、行動目的が決して相容れない関係であることを。
「……亮、だって、恨んでいるんでしょ? お父さんが殺されたこと、お母さんの死を!」
「お前、どこでそれを」
「理不尽だよね。でも、同じ復讐だよ……願っちゃ悪いの? パパとママが、
なんで殺されなきゃならなかったのか……殺されることなんて、していない。
ただ、欲求が行き過ぎてしまっただけで、殺されるまでのことなんてしていないっ!
亮だって同じでしょ? 私と同じものを奪われたから〈灰絶機関〉にいるんでしょ?」
「俺が……同じ?」
「そうよ! 同じ大事なものを失っているのに、なんで分かってくれないの?」
もう、止まらなかった。叫んで、腹の底から吐き出してしまった。
亮が目を丸くしているのはあっけに取られたからか。
それとも、一方的に糾弾していた自らを振り返っているのか。
分かってくれる。そんな、淡く幼い同意の欲求。
だが亮の言葉は、私の予想の外側にあるものだった。
「お前は、大きな勘違いをしている。それも、酷い……な」
「何が、違うって言うのよ」
「俺は両親の死に、何も感じていない。あれが、あんなものがどうなろうか、知らん」
「嘘よ……一番大切なもの、でしょ? たった一人の父で母で――」
「肉親が大切とは限らない。少なくとも俺にとっては、な」
笑う。そんなものは大事じゃない。簡単に切り捨てられるものだ、と。
自虐に満ちた笑みが語っていた。
「大切なものなど、とうの昔に失っていたよ」
「何を……」
一瞬だけ迷うように、考え込むように亮が私から視線を逸らす。
が、すぐに向き直る。避けられない、立ち向かわねばならない、そんな不屈の意志を瞳の奥に秘めて告げる。
「目の前で奪われ、息絶えていくのを看取ることしか、できなかった」
「もしかして」
最初に出会った時に口にしていたこと。事あるごとに突っかかってきた理由。
近すぎるほど迫って、かと思えば怯えたように飛びのく。
まるで磁力に導かれて吸い付き、反発するように。
私の脳裏に移り込む。私じゃないワタシの姿が。
聞きたくない。聞いてしまえば、何かが崩れてしまう……でも。
「俺の中の一番は、奪われた。お前によく似た、いつも元気で前向きで、底抜けに
明るく眩しい笑顔を魅せた、ひと。久我 小百合という太陽を、亡くした」




