2-15 リピート・ワーズ
エグザスと共有化した感覚が、余さず戦場に漂う五感を伝えてくる。
火薬の焼け焦げた悪臭、濃密に匂い立ち鼻の内側の粘膜を刺激する鉄の香り。
触感はない……が、〈失われし血晶〉が生み出した風の刃がもたらす結果は眼前に曝け出されている。
様々な箇所で横に両断された人間達の体が血と臓物を撒き散らした。
ぼたり、どさりと乱雑に散らかって大地を赤黒く汚していく。
『おい! どうした、貴様らっ! 状況を知らせろ! 忌々しい化け物は殺したのかっ』
小型の無線機から音が漏れ出ている。
口角から唾を飛ばし、喚き散らす脂ぎった豚面が見えそうな下品な声だった。
怒鳴り散らしてストレスを与え、その癖自らでは思考すらしない愚鈍で腐った典型的な責任転嫁型の上司。家柄や裏取引で得た穢れた椅子でふんぞり返る愚図の極み。
目を逸らしたくなる光景、胃の中身を全て撒き散らす悪辣な感覚はより冷たいものに抑え込まれてしまった。
人間に対する底知れない憎悪と憤怒が魂を赤黒く染めていく。
『ええい、役立たず共めっ! こんな体たらくだから得体の知れん餓鬼に――』
原始的な鳴き声をあげていた機械があっけないほど小さな破壊音を残して潰れた。
エグザスは見下すように砕けた無線機を視界に収めて、乗せた足をぐりぐりと動かし地面を抉る。殆どを土の中に埋葬するまで足は動いた。
肌がざわめく。新たな来訪者を告げる警告のサイン。
視線が動く。
森の中から足を踏み出し、こちらへ歩いて来る四人の少年少女を両目で捉える。
「ほら、やっぱりこうなった。無能なあの豚もついでに屠殺した方がいいだろ」
「後回しでいい。今は任務が先だ」
まだあどけなさの残る、それでいて遠慮のない表情で毒を吐いたのは赤い髪に青っぽい黒の瞳を輝かせる少年。対して静かに簡潔に言葉を紡いだのはほぼ絶滅したはずであった東洋系の精悍な顔立ちの少年。
「イージェスの方が現状を良く理解していますね。頭を使わない愚か者と違って」
「あぁ? 誰がオロカだって?」
「すぐに喧嘩腰になる単細胞のことですよ」
「てめぇ、一番日が浅い癖に……」
「あら、最初からいれば強くなれるのですか? 爆発することしか能がないのに」
赤髪の少年が敵意剥き出しにして言葉を叩きつける少女。
少しだけエグザスの精神が揺らぐ。暗雲に立ち込めた空が両断され、一筋の光が差し込むような暖かさ。が、より強い憎悪が暗く黒く染め上げていく。
空気を打ち震わし、感じさせる微弱な魔力の波長が伝えている。
きりりと鋭く、蒼い右目に東方に多い淡褐色の左目を持つ虹彩異色症の少女。長い藍色の髪をさらりと流し、半ば楽しんでいるようにも見える言い争いを見せている。
が、その裏側で抱えているものが垣間見えた。肌に教える感覚が私達と同じ起源を有する存在だと悟らせる。
恐らく、エグザスも同じものを感じて警戒を緩めたのだろう。
四人だけしかいないと思っていた〈渇血の魔女〉に連なる血脈。
だが、純粋な〈渇血の魔女〉から離れてしまった、人と交わり生まれた存在。
喜びを悲しみが同時に襲い掛かり、怒りで塗り潰される。人と交わっただけでなく、人間の側に立ち、相対するモノとして立つ彼女に悪意を抱く。
「止めるんだ、アリエル。オルトニアも時と場合を選んで」
口論から取っ組み合いの喧嘩にまで発展しそうな二人を止めた少年。
紫のメッシュがかった銀色の髪に、透き通るような蒼の双眸には慈愛が込められている。
が、エグザスの警戒度が増した。
触覚を通して伝わってくる。そうでなくとも、見えた。
体を包み込むように展開された碧緑のオーラ……目覚めた人間が持ちうる異能である魔力。可視化されるほど強力な力を持つ存在は稀有だ。
エグザスが銀髪蒼眼の少年だけを睨む。
「……お前、魔滅者だな」
「クレッシェンド・アーク・レジェンド、近しい人にはクレス、と呼ばれています」
「わざわざ家名までつけてもらってありがとよ。で、魔滅者様が何の用だ?」
静かに返答した少年、クレスは瞼を閉じ右腕を掲げ、貴族のように礼儀正しくお辞儀をした。より不信感が濃くなっていく。
腰に携えた直刀、目に見えて強い魔力と同じ色合いを持つ鞘から感じられる脅威。
傍に控える少年少女も鍛えられてはいるようだが、クレスの比ではない。もしかしたら、エグザスと同等かそれ以上の……焦燥感に駆られる心情が伝わってくる。
恐らくエグザス当人はぶつけられる魔力にあてられて気付いていない。
私が繋がる、感覚の共有について。が、オルトニアと呼ばれた少女がこちらを見ている。否、エグザスではなくそこから繋がっている私を。
「女ァ、何を見てやがるっ!」
少女の視線を敵意と取ったか、それとも気迫を見せるためかエグザスが語気荒く叫ぶ。
はっ、としてオルトニアが小さく首を振る。クレスがエグザスの視線を遮るようにオルトニアの前に立った。
「待ってください。僕達に、争う意志はありません」
「はァ? ざけんなよ。こんだけ圧迫感のある魔力ぶつけて、そこのゴミけしかけておきながら敵意がないだァ? なら何しにきやがったんだよっ!」
「さる人物から、この先にウランジェシカ帝国が統括する研究施設があると聞きました」
「それがどうしたっ!」
ダメだ、エグザスの苛立ちが伝わってきて気持ち悪い。
潜在的な畏怖を憤怒で塗り潰そうとしている。
つと、我に返った。どうして、私はこうも冷静にエグザスの心情を分析していられるのだろう。今、私は……本体はどうなっていたか。
そうだ、危機を伝えようとしていたのだ。
エグザスならばすぐに受け取ってくれると、そう思って精神のパスを繋げたはずなのに。
――可能性があるとすれば、別の道があるのだとすれば。
何を、私は考えているのだろう。
別の選択肢などない。追われて狩られてセカイから排斥されてここまで来てしまった。
ハインリヒが私を差し出したように、もう手段など選んでいられない。
種族として滅んでしまう前に、何とか打開策を。
そう、私が生贄となって実験材料にされたのだとしても、携わるストラという悪意の塊のような人間に争いの道具として扱われることになろうとも、人間の世界に与える被害など知ったことではない。
これまで繰り返されてきた戦いの連鎖は、きっと種族として滅びるまで続く。
――本当にヒトと〈渇血の魔女〉は分かり合えないのか。
耳の傍で鳴っている雑音が煩い。
今更、引き返せるか。もう戻れないではないか。
何故私は考えてしまうのか。あそこに、クレスの傍に立つ虹彩異色症の少女を、オルトニアという私達に否定されたはずの存在を。
リヴェンナは同族殺しの汚名を着せられながらも、〈渇血の魔女〉という種族の誇りを胸に戦って殺されたのだろう。
だが、ヒトと混じり始めたのは選択肢の一つとして捉えたからではないのか。
所詮ヒトと同じ繁殖方法で生まれいづる私達の未来を見据えて、先んじて行動していたのではないか。その残り香が、忘れ形見が彼女ではないのか。
ヒトと〈渇血の魔女〉の間に立ち、人間の傍に立って私達を説得しに来た少女。
彼らは架け橋になってくれるのではないか。
「かの施設は、様々な亜人を用いて特異性を研究し、人間の革新のために利用していると聞きます。それは、多種族の尊厳を廃する冒涜であり、異常なことです。そんな存在を、人と亜人との友好を妨げるような研究を行う者達を許すわけにはいきません」
「……人間が、人間を罰するっていうのかよ」
「ええ」
静かながら確かな意志のこもった声が響く。
エグザスの問いにも即座に返してきた。もしかしたら……本物かもしれない。
「僕達が引く境界線はただ一つです。数多くの、今を生きる者達にとって害悪となりうるか、そうでないか。現在だけでなく未来に影響を及ぼし、新たなる悪の芽になるかどうか」
「ご立派なモンだなぁ。それで、贖罪のつもりかよ、あァ?」
再びエグザスが内から湧き上がる激情を言葉にして吐き出す。
どう言い換えようとも、人間が〈渇血の魔女〉に対して行ってきた苛烈な排斥行為は変わらない過去として深く強く爪痕を私達の魂に残している。
人間が故人を惜しんで死肉や骨を食らうようにして、私達が吸収した同胞の血晶が慟哭をあげているのだ。許さない、恨み続けてやると。
エグザスも心の底で哭いている。
人間を憐れんでやることなんてない。贖うことさえ許さない。
目には目を、歯には歯を、同胞の死には敵対者の命で代償を支払わせる。
もう、その構図は出来上がってしまっていて、今更変えることはできないのだ。
多分クレスは分かっている。理解していながら、それでも声をあげて問い質す。
「許してくれ、というのは虫のいい話かもしれません。ですが、憎しみの連鎖を続けても被害者を生み続けるだけです! だから、お互いに手を取り合って別の方法を探しましょう。一緒に、どうすれば人間と貴方達〈渇血の魔女〉が繋がれるかと」
オルトニアがクレスに近づいて、その手を取り指を絡めた。
仲睦まじい姿を見せ付けるように、こうして分かり合えると示すように。
「…………ざけんな」
低い声でエグザスが呟く。
逆効果だ。私は、噴火寸前の活火山のように震えるエグザスの意識の中で、耳を塞いでいたかった。精神のパスを切り離したかった。
「そうして、テメェらが笑顔で近づいて、何度差し出した手を叩き落としたと思ってやがるんだ! 信用して、望みを託した俺達の同胞が背後から銀の短刀で刺されたと! 硫酸並みに酷い効果のある聖水を浴びせられっ! 法儀礼済みの鎖で縛り上げられ太陽で焼かれたと思ってやがるんだっ! 信じられるかよ。何度、どれだけ裏切られたかッ!」
エグザスの肉体、両手に魔力の渦が迸る。
熱を帯びて右手に風を呼ぶ緑色の輝きを、左手に水を招く蒼の煌きを魅せて叫ぶ。
「いつも、裏切ってきたのは〝人間〟だろうがああァァァァッ!」
「それでも、話し合えば――」
「ならッ! 示せ。今すぐ、人間と〈渇血の魔女〉が共存できる方法を、どんな人間にも異種族にも理解し納得させられる方法を差し出して実践しろよっ!」
「そ、れは」
クレスが圧倒され、うろたえている。
〈渇血の魔女〉の持つ固有術式〈失われし血晶〉ではなく、掲げた理想を真正面からぶち抜いて打ち砕く、拳のように固められた強烈な意思を前に言葉を重ねられずにいた。
傍に立つ少年少女も動かない。
「知っているならなんで実践しなかったんだよ。なんで俺達を救おうとしなかったんだよ! テメェらが人間やら他の下等な連中を助けている間に、俺達は追い立てられ狩られて失っていったんだぞッ! 救えたなら、何故動かなかったんだよォォォッ!」
「違う。僕達は決して貴方達を見ていなかったわけじゃ――」
「黙れ、偽善者」
ばさり、とクレスの言葉を断ち切ってエグザスが両腕で虚空を叩く。
波紋を生んで空間が歪み、同胞の血が生み出す力が魔力を練り上げ術式を完成させる。
特別な儀式も、長く遠い呪文も要らぬ魔法を。
「慟哭のマテリアル、解き放て……凍てつく嵐、抉り砕け、フローゼス・ストームッ!」
蓄積された魔力が一気に解放される。
風が吹き荒れると同時に急激に周囲の温度が下がり、大気中の水分が凍結してゆく。
生まれた氷が空気の圧力で叩き砕かれて破片となった。氷の破片を巻き込み、膨張していく旋風が意思を持って襲いかかる。
呆然と、魂を抜かれたように立ち尽くすクレスへと。
硬い壁を引っかくような破砕音が響く。白い煙が立ち上り、視界を埋め尽くしてしまった。深く立ち込める白い闇の先に黒い影が動く。
遺体を確認しているわけではないが、確かに敵へと命中した手応えはあった。
肉を裂き、骨まで浸透して凍結させ割り砕く殲滅の嵐。
赤く輝く両腕を掲げながらエグザスが叫ぶ。
「人間は、俺達の敵だ! 今更下手に出たところで過去が覆せるかよォっ!」
全てを殺し尽くす。敵対するもの、歯向かうもの、相容れぬ存在全てを滅する。
晴れていく水蒸気のカーテンを前に勝利を確信していたエグザスの精神が揺らぐ。
「な、んで」
「……魔術は、貴方だけに許された理ではありませんよ」
「ああ、そうだった。混ざりモンがいたんだっけなァ」
忌々しそうに魂を歪めて、舌打ちするエグザス。
オルトニアが両腕を振る。交差させた二振りの剣は蒼と紅の輝きを刀身に宿していた。
放たれた氷の嵐はかき消され、首筋を抜ける爽やかな風へと生まれ変わっている。
かつて幾度となく私達と対峙する人間を見てきた。ただの人間と違って、私達の環境に深い造詣があり、当たり前の常識を裏返す法則を操る者達。
いつも追い立ててくるのはオルトニアのような強力な武具を持つ魔滅者だった。
クレスの前に立ったオルトニアが言葉を紡ぐ。
「隊長、彼の精神には対話の道なんて見えません。戦うしか、ないのです」
「ケッ、紛いモノの癖に一人前に感覚共有しやがるのかよ。ただ一度無力化できたからって、調子に乗ってんじゃねぇぞ……メスガキが」
「……エピタフ、アリエル、それにイージェスも。隊長を連れて奥へ向かってください」
「無視してんじゃねぇぞコラァッ!」
憤怒の咆哮と共に、エグザスが凍てつく風の刃を放つ。
今度は私の……いや、共有している視覚からはっきりと確認できた。
オルトニアが同じ姿形の、二振りの剣を手に前へと出る。普通の人間からは考えられないほどの魔力波長を生み出し、両の拳へと集めて刀身へと流していく。
刃から分散されていく波動が大気を震わし、氷結した水分へと作用して分子レベルまで砕いた。固形物から流動する水の形態を通り越して水蒸気へ戻される。
もうもうと立ち込める水蒸気を割り裂いて、エグザスが一歩前へと踏み出す。
刀と刀を打ち合わせたような硬い音が鳴った。
最初のフローゼス・ストームとは違い、無効化されることを想定に入れた上での、硬化させた腕による貫手まで止められエグザスの心に焦りが生まれる。
が、防がれたのは刃ではなく同じく硬化が施され鈍く黒い輝きを放つ獣の腕だった。
「俺が、引き受ける」
告げたのは、クレスに随伴していた少年少女の四人目。
エグザスの前に現れてからこれまで、無残な警官隊の死骸を見ても、アリエルとオルトニアの諍いにも、魂から叫びをあげるエグザスにも、呆然とするクレスにも関与せず傍観者に徹していた少年。
鋭い黒瞳に野獣の毛皮のようなぼさぼさの茶髪。
魔術か、それとも亜人の異能か掲げた右腕は黒く硬化し、五指には凶悪な爪が伸びる。
エグザスが睨む。自らの一撃を止めた少年を、敵と認識して。
「テメェも……混ざりモンか。気持ち悪ぃ、獣臭い亜人が」
「頂点に立ったつもりで狩られまくっている阿呆がほざくか」
「なん、だって?」
また感情が赤く塗り潰されていく。
奇襲を防がれた驚愕も、未知の力に対する焦りも忘れて種族にまつわる口ぶりに激昂させられる。余りに短絡的で、余りに分かりやすい気質が露呈していた。
流れ込んでくる感情が痛みとなって脳髄に響く。
情動に任せた魔力の流れが渦巻いて抜き身の刃のように、世界に溢れ出す。
「貴様らの滅亡は必然だ。他の領域を侵しすぎた。〈人狼〉が追い立てられたように、な」
「鼻の良さと俊敏さ、ちょろっと力強いだけのゴミが」
「そのゴミに止められたお前はなんだ?」
挑発すると共に少年が硬化させた黒い腕を右上に振りかぶる。
視線はマグマのように魔力を燃やすエグザスから離さず、口元は微笑む。
「オルトニア、隊長を連れて先へ行け。イージェスと馬鹿も邪魔だ。一緒に死んで来い」
「……エピタフ、貴方は――」
「隊長は使い物にならない。情報じゃ後、最低でも二人は強大な魔力を持つ魔物が、〈渇血の魔女〉がいる。話をするにしろ、戦うにしろ無効化能力は要るだろうが」
「こんのォッ!」
怒りに任せてエグザスが手刀を放つ。
が、簡単に少年エピタフは黒い腕で受けて弾いた。
度重なる、エグザスの認識すれば〝下等な存在〟である弱者からの予想外の抵抗に苛立ちは募り平静さを欠く。
まさに相手側の思う壺。
私がそうなって、ストラに捕らえられたように怒りに身を任せている。
鉄と鉄を打ち鳴らし、剣戟のように続けざまに放っては打ち返され、受け流されエグザスは地面に転がった。
エピタフは追撃を出すわけでもなく、告げる。
「さっさと行け。潰したら追いかけてやるから」
「エピタフ、お前――」
「俺の勝手だ。隊長は許さないかもしれないが、俺はただ闘うための道具に過ぎない。それに、オルトニア。奴の精神は憎悪と憤怒の煉獄が燃え盛っている。だろう?」
「…………ええ」
アリエルは軽口を挟むこともできずに押し黙り、オルトニアは短く肯定するだけ。
その見解はあっている。オルトニア、彼女も私と同じく感覚を共有化する力を持つのだろう。いや、それ以上にエグザスが読みやすいだけか。
言葉だけだが、彼らの判断は限りなく正解に近いように思える。
目の前で人間と半分人間の〈渇血の魔女〉が手を取り合ったところで、永遠平和の象徴にはならないし根拠も何もない。
私達の根幹には長年虐げられ続けた事実があり、失った同胞が体内で叫ぶ。
許そう、とは思えないかもしれない。例え、結果的にどちらかが滅ぶまで続く憎しみと戦いの連鎖を断ち切れないとしてもエグザスは戦うことを辞めないだろう。
それが彼の存在意義であり、証明。
行き場のない怒りを爆発させ、ぶつける理由を探し続けているだけ。
エグザスがゆっくりと起き上がり、クレス達四人を視界に捉える。
「行かせて、たまるかよッ」
「通らせるさ。それが今の俺にできる仕事、だ」
「やらせねぇって言っているだろォがっ!」
――風の守り、響き震わせ、柔らかく優しくたおやかに
そんな、声が聞こえた気がする。エグザスの放った拳は見えない壁に阻まれた。
「早く、行け。ここに留まっているだけじゃ、何も解決できない」
「分かった。エピタフ、待っていますから」
「ああ」
先へ先へと促す。オルトニアは頷き、再会の契りを残す。
エピタフは短く答えるだけで、エグザスからは視線を外さない。
「……死ぬなよ」
アリエルが小声で呟いた。答えはない、が繋がっている。
未だに自分を取り戻せていないクレスを連れて、アリエルとイージェスも奥へと向かう。
彼らが到達すれば、私はストラの手から逃れられるかもしれない。
そんな僅かな願い。ハインリヒが決断したように、種の存続のために手段を選ばない。
また貫けず、驚きを隠せずにエグザスが歯軋りする。
エピタフはまた笑った。エグザスを誘い、釘付けにするように。
「さて、始めるか。〝俺たち〟をただの亜人だと思うなよ」
雄々しく告げてエピタフはもう片腕も硬化させ、刀のように眼前で打ち鳴らした。




