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灰色の境界  作者: 宵時
第二章「君には、僕を殺す権利がある」「死はいつも貴方のすぐ隣に」
23/141

2-6 紅に染まる蒼穹の下、光と闇の交差する場所で

 午前の授業が終わり、昼休み開始を告げる電子音声の鐘が教室内に鳴り響く。

 俺は自分の席で朝方確保しておいた購買パンを展開しつつ、端末を操作する。

 メールの受信画面を開いてげんなりとした。

 一覧には普段なら挨拶すらしない女子生徒からのラブコールがズラリと並ぶ。大きく嘆息する。

 と、優しく肩に手が置かれた。横目で主を確認すると、刃助が満面の笑みを浮かべている。

「なんだなんだ、ラブメールもらって溜息なんて何様のつもりだモテ亮さんよ」

「そんな甘いもんかどうかは件名で察してくれよ」

「どれどれ……」

 刃助が購買の紙袋を無造作に床に置いて画面を覗き込む。

 並ぶメールの数に「すげぇ」と素直すぎる感嘆の声を漏らして見せろとせがんで来た。

 適当に一つ、二つと開いてポップアップさせる。

 全くいい迷惑だ。リオンの時といい、人間という生き物は都合よく態度を変えてくる。

 教師の一言が余計だったのはいうまでもない。

 だが、もっと言えば恐らく関係性を喋ったであろうクレス自身が全ての元凶といえる。

 絶対に、あの優男はこの状況を楽しんでいる。

「やー、でも大人気じゃないか」

「要らんわ。お前な、月城の連絡先教えてくださいとか、家を教えてくださいとか

あまつさえラブレター渡してだとかサインくれだとか頼まれたらどうするんだよ」

「そんなもの全て断るに決まってるだろう! かの遥かなる歌姫がお困りに……

いや、そもそも危険となりうるものを排除するのが我らの役目なればだな――」

 くどくどと語り始めたが無視しておく。

 〝我ら〟の中には多分俺も勝手に加えられ、騎士団序列に参陣しているのだろう。

 刃助や遥姫は別として、知り合いだからと普段接点のない連中まで頼られるのは面倒だ。

 俺達は日常の中にいても、境界線の外側にいる人間だ。仮に取り次いだところで男女の関係性などやんわりと断るだろうことが予測される以上は無責任に投げるわけにもいかない。

 無意味に板ばさみみたいな無用の配慮をしている俺自身の思考が不快だった。

「なんで、叶わないと分かってて望むんだろうな」

 ぽつりと呟いた俺の両肩をガッシリと掴んで、刃助が真正面から睨んでくる。

「今、なんて言った? 亮」

「何って……叶わない願いを望むだけ無駄だな、ってな」

「そんなわけない。叶おうが、叶うまいが願わねば始まらんのだよ」

「……宝くじ、買わねば絶対に当たらない」

「まさしく。分かっておるではないか」

 うんうんと頷きながら刃助は大仰に俺の両肩を叩く。

 妙に力が入っていて結構痛い。地雷を踏んだのだろうか。

「痛い、痛いっての」

「おお、すまんすまん。これからのことで気合を入れてたのでな!」

「俺に闘魂注入してどうするんだよ」

「亮、お前も普通に楽しめばいいのさ。最後なんだからな」

「まぁ……」

 午後は通常授業ではなく文化祭の準備に使われる。

 最後。どちらにせよ、これで終わるなら少しぐらい楽しんでもいいだろう。

「そう、だな」

「浮かない顔をするな。また姫が心配される」

「…………ああ」

 ほんの少し怒気のこもった刃助の声に、俺は苦笑いを浮かべつつ答えた。

 気を張っても仕方ない。仕事は仕事、学校生活は学校生活。

 せめて、刃助や遥姫といるつかの間の日常は大切にしたい。

 きっと、守るためにこの体を血にまみれさせることができるから。


――それは、理由付けに過ぎないのでは? 獣の本性を覆い隠すための、


 まただ。僅かに痛む左胸を押さえる、が今度は他に要因があるかもしれない。

 隣のクラスにはクレスが、そして遠目に購買部から戻ってきたリオンの姿を捉える。

 リオンはそのまま数人の女子生徒と机を囲み、サンドイッチを片手に談笑し始めたので恐らくシロ。

 そもそも、こんな回りくどく囁くような奴じゃない。ならばクレスが……?

「む、どうした。どこか悪いのか。脳か」

「お前ほどじゃないよ」

「またまたぁ、冗談キツいぜ亮さんよ」

 かんらかんらと笑いながら刃助が俺の背中を叩く。

 いや、もう気のせいだと思おう。今は、考えたくない。

「ところでだ、今度の文化祭何をやりたい?」

「去年は……お化け屋敷だったか」

「定番中の定番、ではなく和洋入り混じりでやったな! 見事な落ち武者ぶりだったぞ」

「ほっとけ」

 半ば強制的に変装させられ、参加させられふて腐れながらやっていたのが逆に良かったらしい。

 ちょっと当時の記憶は塵箱に叩き込んでハンマーで粉砕してやりたい。

 焼きそばパンをもぐもぐしながら手を叩く刃助を睨んでやる。

「はむ……んぐ。いやいや、褒め言葉だぞ?」

「まぁ、いいよ。もう。で、今年は人脈を生かしてメイド喫茶でもやるか?」

「まさか、亮さんの口からそんなワードが飛び出てくるとは……明日は槍の雨か」

 やかましいわ。

 俗っぽいことをいうと逆に穴に落ちてしまう日らしい。

 メイド喫茶という単語を聞きつけて他の男子生徒が集まってきた。

 密かにいくつかの女子グループもこちらを見ている。

「いやぁ、でもメイド喫茶だと普通だろ。こうコスプレ喫茶だとかキャバクラ喫茶とか!

客の要望通りの服装でにこやかに接待っ! 追加料金でストリップショ……ぷげらっ」

 刃助の性欲全開発言は遮られ、次々と弁当箱やら水筒が飛来してくる。

 男子生徒諸君は感嘆の声をあげるも防御と回避行動に移り、俺もチーズパンをかじりながら首を軽く動かしてキャラプリントの弁当箱の蓋を避けた。続いて飛んできたフォークは空いた手でキャッチ。

「バッカじゃないの!」

「変態! 分かってたけどっ」

「でも執事喫茶とかなら……うん」

「来々木君とクレッシェンド様の……うふ、うふふふ」

 憤慨した女子生徒の声に混じって、よからぬ黄色い声もあがっていたが聞こえなかったことにしておこう。

 リオンは馬鹿馬鹿しそうに呆れ顔で俺を見ていた。キャッチしたフォーフをひらひらさせてやる。

 全く俺の責任はないので鼻で笑ってやった。フォークは机に転がしておく。

 これだけモノを投げつけられまくっているが反撃しない辺り、こいつらは紳士というか変態同盟というか……。

 刃助が降参を示すように両手をあげる。

「分かった! 分かったから戦闘停止っ! 和睦を!」

 さんざ女子生徒から罵詈雑言を一身に受け、ようやく一方的な投擲攻撃は収まった。

 とぼとぼと男子生徒が教室内を徘徊して、女子生徒が投げた弁当箱やら水筒やらを拾い集めている。

 荒く何度か呼吸を繰り返し、鼻血を拭いながら刃助が口を開く。

「ま、全くジョークの通じぬ奴らよ……」

 折角鎮火したのに……またボヤ程度に巻き起こった怒りの火を察してか刃助が手を振って取り(つくろ)い、慇懃(いんぎん)な振る舞いで腹の前に手をあて一礼する。

「あれだ……そう。今年は皆でいい感じの作品を作ってみないか」

「何? 演劇でもやろうっていうの?」

「そうさ! 皆で一大エンターテイメントを築こうじゃぁないか!」

 高らかに宣言された言葉に教室内がざわめき始めた。

 誰が主役をやるのか、ヒロインは誰なのか。

 シナリオ、演出、音響……決めなければならないことがたくさんある。

「全部皆で決めていこうではないかっ!」

 大仰に宣言すると、男子生徒も女子生徒も数秒前のやり取りなど忘れたかのように内容を膨らませていく。

 いや、これまでのやり取りを含めて〝普通〟なのか。

 小さく笑う。嘲笑(ちょうしょう)ではなく賞賛と畏敬の念を込めて。刃助が持つ人を引き寄せる力。

 その素質は俺では絶対に持ち得ない、得られないものだった。




 昼休みのノリを引き継いで、午後の時間は文化祭の準備で盛り上がった。

 結局、今年は模擬店ではなく演劇を行うことになり、配役も大よそ固まった。

 脚本についてはまだ誰が総括するか決まっていないものの、文芸部所属や有志から候補を募って書き連ねる方向で動いている。大枠が決まったところで授業が終わり、各々の役割を持って動き始めた。

「しかし、主役が亮……ね」

 放課後、俺の隣を歩く青年の声に視線を向ける。

 紫のメッシュがかった白銀の髪、整った顔立ちに抜けるようなスカイブルーの瞳が笑顔を形作っていた。

 俺は小さく息を吐く。

「いい迷惑、だ」

「話では月城さん、がヒロイン役だって? 丁度いいじゃないのかな」

「何が丁度いいんだよ、クレス」

 渦中の人であるクレッシェンド・アーク・レジェンドは本当に楽しそうに笑う。

 今の状況を、普遍的で何の不可解さもない日常生活のありのままを受け入れている。

 彼は彼なりに前向きに〝表向き普通の高校生を装う〟ことを受け入れている。

 授業が終わるや否や、演劇に使えそうな服を探す名目でアウトレットモールに繰り出したリオンのように。

 それはいいとして、クレスはまだ任務に就いていたはずだ。

「で、何で阿藤学園に?」

「亮がどんな日常生活を送っているのか気になって、ね」

 さらりと何でもないように茶化してくるクレスを前に、俺は担いだバッグを揺らしてやる。

 かすかに鍔鳴りが響くも、そ知らぬ顔でクレスは口を開く。

「いや、何せ誰かさんのせいで残された人らの処理が大変で大変で」

「それはそれは、お手を(わずら)わせて申し訳ありませんな〈白の死神〉殿」

「いえいえ、半ば予想の範疇でしたから〈紅の死神〉さん」

 歩きながらも視線は交差させ、互いに互いの瞳を睨みつける。

 火花を散らし爆発しそうな雰囲気だが、やらかしたことは事実だ。

 怒ったところで過去は変わらない。馬鹿馬鹿しくなって瞼を閉じる、と同時に固いモノに向こう脛をぶつけた。

「いっ……」

「前後不覚、って言うんだっけ?」

「思い切り、意味、違うから、なっ!」

 歯を食いしばって激痛に耐えつつ、苦笑いを浮かべてやる。

 蹴躓(けつまず)いたのは市街の清掃を担当する小型の自律駆動掃除機。バケツをひっくり返したような形で二本のアームを持ち、三眼のカメラアイで異物を補足し回収するプログラムが組まれている。

 俺に蹴飛ばされ、くるくると回転した後にカメラアイを紅く明滅させ、危機管理を怠ったことに対する忠告を電子音声で叫び、また別のゴミを探しにタイル張りの歩道を走っていく。

「あれがアルメリアの誇る自律思考型の機械、だね」

「ああ。あんなの、街中にいっぱいあるぞ。学校にも標準配備されてるからな」

「機銃でも仕込めば立派な殺人兵器だよね」

 さらりと笑顔で怖いことを言う。

 事実、その手の軍事転用……もとい実戦投入はなされているだろうが、あくまで名目は治安維持でありテロリスト殲滅に活用されているとなれば必要な技術だといえる。

 人的資源は気楽に物品交換、とはいかず何かと手間がかかるからだ。

 既に人が人として戦地に向かう時代は終焉を迎え、主戦場には機械が立ち並ぶ。

 人間はその操者として配置や展開を思案する。卓を囲んでボードゲームに興じるように。

 時代が変われば兵器も変わり、その運用方法も変わってくるもの。

 各地で起こる戦争は大よそ始まる前に終わっている。

 むしろ、勝てるからこそ仕掛けるのだ。埋めようのない差をひっくり返す要因など、それこそ〈灰絶機関(アッシュ・ゴースト)〉のような人の身でありながら軽くそれを超越した超常的存在でしかなし得ない。

「だからこそ、俺達がいるんだよ」

「その通り、だね」

 変わらず笑みのまま告げて、クレスは物珍しそうに辺りを見回す。

 担任の教師に言われた通り、俺はアルメリア国内の案内を任され実行している。

 実際には普段歩いているところを普段通りに歩いているに過ぎない。

 最初は阿藤学園の、主に女子の面々がついて来ていたがクレスがやんわりと二人きりで歩きたい、と笑顔で告げると女子生徒が皆うっとりと頬を赤らめて帰っていった。魅了の魔術でも習得しているんじゃないかと思う。

「何か変なこと考えてない?」

「いや、この世界で唯一〝魔術〟を謳い生活しているイズガルトならあり得るな、と」

「魅了なんて男夢魔(インキュバス)じゃないんだから……」

 クレスは心外な、と表情で不満を訴えるも俺は小さく首を振ってやる。

 機械文明、特に軍需産業を含む工学製品に秀でたウランジェシカ。今や滅びた忠国やロスシアから吸収、昇華させたらしい数多の最先端技術を駆使した国作りとシステム周りで技巧大国として君臨するアルメリア。

 一方でクレスの出身国であるイズガルトは有機栽培による農業を主産業とし、関連して医療技術においても世界の先頭を走る。根幹にあるのは自然との調和、自己の深層意識への呼びかけ。

 条理にかなわぬ法則をもって世界と対話し、あらざる力を統べる能力……魔術を操る。

「イズガルトだと機械文明は半分くらいしか入っていないんだろ」

「そうだね。国民の半数以上は純粋なイズガルト人で、多くは機械文明と

いうもの自体に偏見を持っているから。争いを呼び起こす悪魔の道具だと、ね」

「……まぁ、間違ってはいないな」

 正しくもないが。それでも少数は機械文明を利用価値のあるものだと捉え、かいつまんで活用していると聞く。

「例えばライトとか、ガス火力だとかは全部魔術で補えるからね。火を起こし、

光を照らし水をろ過して変換し、植物を成長・変異させれば事足りるから」

「調和と言いつつ、植物の構造をいじくるのはいいのか?」

「再調整、という奴だよ」

 物は言いようだな、と心底思う。酷く主観的な見方ではあるが、品種改良も植物が移り変わる世界気候に耐え得るように〝強化し手助けしている〟と捉えれば協調と言っていいかもしれない。

「例えば……」

 小さくクレスが何事かを告げる。恐らくイズガルトにおける魔術言語だろうが、余りに早くて聞き取れなかった。

 と、クレスが立てた人差し指に親指大の光球が出現、淡い輝きを放ち出す。

「こんな具合に出したり」

 また一言、告げると光球が指先から離れてふよふよと空中を漂っていく。

 やがて街灯に当たると急に夜でもないのに光量が上がり、必要以上に周囲に光を与える。

 街灯の制御機能が異常反応と捉えたらしく、警告音が鳴り響く。

 慌てた様子のクレスが指を鳴らすと、街灯が放つ光は元通り大人しめの光量へ戻った。

「危ない危ない、管理された世界で遊ぶのも一苦労だね」

「そりゃいきなり割り込まれたらな……ハッキングされてるようなもんだぞ」

「ごめんごめん」

 悪びれた様子もなく頬をかきながら微笑むクレス。

 周囲では何事かと一時注目を浴びたが、誤作動と認識されたようで軽く流された。

 ふっ、と息を吐く。正直警察沙汰になったところで、それほど恐ろしくもないが面倒ではある。

 これ以上厄介事が増えるのは御免だ。

「クレス、魔法の威力は十分に分かったよ」

「そう? もっと色々できるけどね。四大属性とアレンジ加えれば機械に

できることの殆どは魔術でもできる。持ち歩かないで済む分、便利だよ」

「魔術だと魔力切れが付きまとうだろ」

「確かにそうだけど……僕の潜在魔力量は並大抵じゃないよ?」

「イズガルト屈指の〝魔滅者〟様だからな」

 それほどでも、なんて言いながら照れるような仕草をするクレス。

 まるで反省の色が見えない……。こんな魔法使いばかりではないだろうが。

 イズガルトは機械文明を排斥しているわけではないが、中には強く導入の反対を叫ぶ勢力もあるらしい。

 もっとも、クレスが機械文明に対して微妙な反応を示しているのは別の理由があるわけだが。

 街中の歩道を歩き、ビル郡を抜けてまた住宅街へと入る。

 商店街のアーケード、店先の看板。どれも、何時見ても変わらぬ景色。

 外観を維持し、清潔な空間を保つためにホログラフィによる景観保護システムが働いている。

 覆い隠して、なかったことにする。できないと分かっていながら取り繕う。

 そんなところは旧政権と同じだと思えた。が、それも不用意に不平不満を生まないための方策だという。

「見た目だけを誤魔化す、か」

 ぽつりとクレスが告げた。どこか遠くを、ここではないどこかを見つめる瞳で空を見上げる。

 空だけは謙遜なくありのままを、染み渡る血のような茜色を晒していた。

「亮……君は何を迷っているの?」

「なんだ、いきなり」

 歩みは止めずに、向かう先は町から外れた、表舞台から離れた場所。それこそ隠され失われたとされる空間。

 どうあっても作られたルールから外れてはみ出して裏側の世界を渡り歩く者達の巣窟。即ち、廃棄区画。

 喧騒から離れ、やけに静まり返った空間に足を踏み入れる。

「俺は迷ってなんか、いない」

「……ここが、アルメリアの暗部ってやつかな」

「ああ」

 短く答えた。野ざらしになり、壁が崩れ落ちたままの建造物。

 もう開発計画が進むこともない忘れられた鉄筋だけの骨組み家屋。

 まともに残った壁面にも卑猥な言葉やら、前時代的な倒錯した難読漢字が並べ立てられ少なくとも常人からすれば美観とは言い難い荒廃風景。全てを見せる必要がある。そう思ったからこそ連れて来た。

 たむろする不良を、麻薬の密売人を、武器商人を、違法労働者による斡旋所を、不法滞在者の徒党を。

 数々の無法者を確認し、葬ってきた死者の怨嗟が渦巻く場所。

 もっとも、そんなオカルトなど信じちゃいないが。

「人は繰り返す。だから、新たな犠牲を防ぐためには根幹を断たねばならない」

「そう。強すぎる力も、権限も、傲慢や憤怒といった感情さえ精神を汚染する」

「深みにはまれば戻れず、別世界の悦楽は忘れ難い。求めて境界を越えてしまう」

「分かっているなら、どうしてそんなに不安げな顔をするのかな?」

 読まれている。

 単純に俺が分かりやすいのか、それとも〈死神〉同士だからこその精神感応か。

 俺は人を殺すことに躊躇しない。悪だと分かっているモノを野放しにすることはできない。

 実際に悲劇は繰り返され、不当な擁護によって新たな犠牲者が生まれるのを数多く見てきた。

 この世界にある人の作った法律は、性善説によって成り立っている。

 何らかの要因があるから、何らかの事情があるから歪んでしまった。

 本当は正しく清く美しい魂を持っているはずだ。だから――

「……俺はアルメリア王国、その成り立ちに疑問を持っているだけだ」

「〈灰絶機関〉が、千影さんが間違っていると?」

「違う」

 いや、どうなのだろうか。

 俺は千影を、師匠を、自らを地獄から救い上げた者を疑うのか。

 きちり、と奥歯を噛み搾り出すように告げる。

「おかしいとは、思わないのか。実質的にアルメリアは、〈灰絶機関〉は失われゆくものを全て吸収して

この国に持ち込んだ。レアメタルも、世界最先端の機械文明も独り占めにした。明らかにできすぎている」

 心の奥で抱えていたものを吐き出す。

 坂敷邸で話を聞いた時から思っていた疑問を。

 クレスは驚いたように目を見開いたが、すぐにまた笑みを浮かべた。

 優しく柔らかい笑みではなく、まるで永遠の別れを告げるような悲しげな瞳で。

「亮。例え、そうだとしても僕達のやることは変わらないんじゃないかな」

「俺達は悪を根源から滅する。だが、滅する側だからとして正しいとは言えない」

「それでも、技術を放逐すれば、兵器をそのまま捨て置けば、レアメタルの

権利を握らねば新たな戦いが起きる。回収したからこそ、未然に防げた」

 ぞくり、と悪寒が全身を襲う。

 左胸の刻印が疼くと同時に、ほのかに光る白い刻印も見えた。

 クレスが学生服の胸元をはだけてネックレスを外す。

 三日月と、十字架を象った意匠の銀細工。小さく呟くと、銀装飾が形を変えた。

 (きら)びやかな十字剣と流麗な姿をとる緩やかに反った曲刀へ。

 静かな音色を奏でて、それぞれの剣が鞘から引き抜かれる。

「君は、分かっていない。その不安定さが新たな悲劇を生み出す」

 戦闘態勢を取り、クレスは厳然たる口調で言い放った。

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