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灰色の境界  作者: 宵時
第一章「だから、俺は殺す」「それでも、私は殺さない」
16/141

1-12 狂気のただ中へ

 殺して終わらせるのではなく、別の方法で悲劇を止める。

 何か問題が起きる前に破滅へと導くもの、即ち〝Dth(ディース)〟を消失させてしまえばいい。

 いかに強力な作用をもたらそうとも現物があってこそ。

 デイブレイク・ワーカーが他者の人生を狂わせる麻薬を、武器を売り(さば)こうとも現物さえ無くしてしまえば、被害者が生み出されることもない。やりたいことが、指針が決まっても私には手段がなかった。

 まだアルメリアには来たばかりで地形把握も乏しく、かといって強大な情報源を持っているわけでもない。

 〝仕事〟を行う上では圧倒的に不利だった。

「それでも、決めたんだから……私に、力があるならば」

 坂敷 晴明(はるあき)は力を持つものは相応の責務があると語った。

 もう何度同じことを繰り返されたか。結局、どれだけ逃げても現実は変わらない。

 私にはクラッドチルドレン、二十歳の誕生日に必ず絶命する呪いが宿っている。

 さらにはクラッドチルドレンでも数少ない、特異な力を持つと言われる〈死神〉の刻印もある。

 望もうと望むまいと、力に振り回されるよりは正しく操らねばならない。

 どれだけ人を傷つけたくないと願っても、そうしなければ助けられないならば非情にならねば。

 幸いにも私の蒼き印は癒しと防御に向いている。

「でも力があるだけじゃ、前に進めない」

 情報を待つ、なんて歯がゆい真似は嫌がった。

 調査によって確実性を増した上で(のぞ)めば、あっという間に片はつくだろう。

 それが鏖殺(おうさつ)による終わりでも、説得による終わりでも一つの結末に至ることはできる。

 ふっ、と息を吐く。

 決意を示し、晴明や亮と別れた後、私は緑化地区の坂敷邸に来ていた。

 威勢のいい声が耳に入ってくる。ここまで来たものの、どうするべきか迷っていた。

 単刀直入に問い詰めて今、判明している情報だけでも聞き出すか、あるいは――

「何やってるんだ?」

「ひゃっ」

 急に声をかけられて肩が跳ね上がった。

 すぐ傍にショルダーバッグと細長い黒の布袋を持った青年が立っている。

 黒髪に鋭い茶褐色の瞳。小首を傾げていぶかしむように私を見るのは来々(くるるぎ) 亮。

 〈紅の死神〉にして恐らく最古参と思われる戦士。

 その信念も、願いもきっと私とは交わりあうことのない、平行線で隔てられた関係の。

「あの、ね。情報を……」

「出ていない。が、目星はついている」

「えっ?」

 淡々とした物言いに思わず問い返すも、答えずに亮はバッグを担ぎ直し、布袋を手に歩き始める。

 かちゃり、と小さく鍔と鞘の当たる音が響く。

 そのまま立ち尽くしたままの私をよそに、しばらく亮は歩いて、立ち止まり振り返る。

「なんだ? お前もデイブレイク・ワーカーを止めるんじゃないのか?」

「も、勿論っ」

「なら手伝ってくれ。お前の変幻自在の武具、〈水神の聖具(オルロ・マテリアライズ)〉は

戦力になる。多対一になる可能性もあるからな。色々な武器を出せるんだろ?」

「ええ……まぁ、ね」

 薄ら寒い感覚に襲われた。そう、彼は自分を道具だと看做(みな)している。

 〈灰絶機関(アッシュ・ゴースト)〉が掲げる〝灰色を絶滅させること〟法律で裁けない悪を殺人という方法によって罰を与えるための刃。私の感情の揺らぎに気づいたのか、気づいていないのか声調を変えずに亮が続ける。

「お前がどう思っていようが、連中はれっきとした犯罪組織だ。敵対者、特に

今やアルメリアの暗部、罪を罪で裁く殺人者と相対すれば問答無用で殺しに来るぞ」

「…………分かってる」

「覚悟したんだろう? これから生まれる可能性のある被害者を救うために連中を殺すと」

 首を振る。承諾はしない。してやらないし、そのつもりもない。

「まぁ、いい。死んでも知らんぞ」

「いいよ。誰かを殺して繋ぐ命なんて――」

 どくん、と脈打つ。どこか遠くで聞こえるような、近くで聞こえたような水音。

 波紋を生み出し、広げて反響して染み込んでいく。

 言葉の意味を改めて脳髄の回路が分解し、噛み砕いて出力する。

「私は、否定してるわけじゃ……」

「いい。言い争っている時間も惜しい」

「あっ」

 取り合わずに亮はまた歩き始めた。

 早いペースで、アスファルトで固められた坂を下りていく。

 このまま行けば市街地に入る。手がかりとは市内にあるのか。

 それとも言っていた路地裏のごろつきにでも当たるのだろうか。

 黙々と歩いていくのを追いかけて、坂道を歩く。

 特に準備はしていないが、能力に必要な媒介は途中でいくらでも補給できる。

 亮が導いて、結果的に誰かが救われるのならば今はただ従おう。

 複雑な思惑を胸に私は後を追っていく。




 やはり、市街地に入った。ビルやアパートメントの立ち並ぶ区画から、アーケードを掲げた商店街を抜けて人気の少ない裏道へと入っていく。遠くでサイレンが鳴り響くも、周囲に変わった様子はない。

 街に変化があるとすれば、やけに人通りが少ないことくらいか。

 空は青紫に染まり、夕日は沈みかけて夜が近づいているものの、まだ町全体が静まり返るには早い。

「お前は、誰も殺さず別の選択肢をとるんだよな」

「何よ、急に」

「なら……」

 気づけば、道を歩くのは私と亮だけ。だが、濃密な気配を感じる。

 人にして人ならざる肉体が、クラッドチルドレンの超常的な感覚が教えてくれた。

 既にこの場は包囲されているのだ、と。

 両側にはコンクリートの塀がそびえる。

 路地はアスファルトによる舗装がところどころはげていた。

 道は入り組んでいるが、向かう先の分かれ道には人影。

 振り返ると来た道からも一人、反対側の向かう先にも一人。

「ああいう連中に対して、お前はどうするんだ?」

 亮が問う。私達の前に現れたのは男性ばかりで、全員が全員俗世から離れた異様な(かお)をしていた。

 もっと簡潔にいえば、奇抜で不可思議なファッション。

 背中合わせになり、亮へ言葉を投げ返す。

「あれは、異常って取っていいの?」

「お前の目にはアレが正常な人間の生み出す化粧だとでも?」

「いや、でも……」

 口ごもる。正面からのそり、のそりとゾンビのように這い寄る男は白いシャツに薄い青のジーンズ。

 ただし、上下とも妙な斑模様に彩られている。

 赤黒く、そして唇から赤い液体が滴っている。私の脳裏は、思考回路は認めたくない。

 アレが人の体を駆け巡る熱いものだと識別したくない。

「血だよ。認めろ。お前の眼球が捉えている映像を」

「……っ」

 胃の中から駆け上がってくるものを抑える。

 何故、と脳裏に浮かび同時に理由などとうに理解している自分がいた。

 裏道で繰り広げられる闘争がただの殴り合いであれば、ここまで酷いことにはならない。

 顔面を殴って怪我を負い、返り血が飛んでもせいぜい点々と染みを残すくらいだ。

 異質なのはどこにも出血した痕跡がなく、それでいて口内を歯茎まで真っ赤に染まった姿。

 加えて口を広げて歯を見せ、血混じりの涎が溢れているにも関わらず拭き取ることもせず、啜り上げることもなくありのままを見せつけている。

 異常を通り越して狂気に染まっているとしか言いようの無い姿だった。

「ああも、変えてしまうもの、なの?」

「変えてしまうから禁じられる。そして、禁じられても使うものは使う」

 真っ直ぐでいて低い返答。既に声音から〝殺す〟覚悟が伺える。

 目の前の、唇からだらしなく血とよく分からない肉片をこぼしながら男が迫り来る。

 亮と向き合う男達もやはり、そうした異常者らしかった。

「俺は、()く」

 どさり、と重い音が響いて背中合わせから、離れていく。

 疾駆する亮は、恐らく布袋に納めた獲物を、黒鞘の日本刀を抜いている。

 私は……私はどうあるべきか。

 視線を落とす、と足元に転がるペットボトル。中身はミネラルウォーター。

「全く、準備がいいことで、ね!」

 決めたはずだった。だから、踏み潰す勢いでペットボトルを足蹴にし、中空へ飛ばす。

 綺麗に舞い上がったペットボトルの口はひしゃげて中身が漏れた。

「〈水神の聖具(オルロ・マテリアライズ)〉っ!」

 宣言する。撒かれた水が振動し、イメージに従って形を持つ。

 生み出したのは刃、ではなく両腕を覆う手甲。あくまで殺すのではなく、確保を目的とした武装で挑む。

 とりあえず、これで噛まれて終わりな展開は避けられる。

 そんなオカルティックな現象へ置き換えている自分に思わず苦笑い、と同時に走り出す。

「あ、う……がああぁぁぁぁっ」

 接近と同時に咆哮する血まみれの男。

 裏道は人がようやく二人すれ違うことのできる程度の広さ。

 避ける、は可能だが流してしまえば背後にいる亮に突っ込むことになる。

 ならば、ここで止めるしかない。殺させないために。

()ッ」

 裂帛(れっぱく)の気合と共に手甲で覆った右手を前へ。

 突き出した拳は、突撃してきた男の顎へ命中。

 放った勢いと反発する衝撃の返しが全て男へ伝わっていく。

「げばっ……」

(セイ)ッ!」

 のけぞり、重力に引かれて落ちてきた体へ(たた)み掛けるように左拳を鳩尾(みぞおち)へ叩き込む。

 倒れられず、起き上がることもできない痛烈な連打に男は腹部を抑えながら倒れて行く。

「がはっ、げほっ、ごほっ……」

 男が咳き込み、空気に押し出されて小さな物体が飛び出す。

 溶け残ったカプセルらしき破片。中身は流石に残っていないが、異常性からほぼ間違いはないだろう。

 装甲したまま、苦しげに息を吐く男の顎に触れる。

「あなたは、どこで手に入れたの?」

「う……あぁ……」

「〝Dth〟をどこで手に入れたのかって聞いてるの?」

「あぅ、うが、ごぉ……」

 会話にならない。背後で凄絶(せいぜつ)な断末魔が響く。

 なおも這って(すが)りつこうとする男を足から引き剥がして振り返ると、亮が日本刀を手に私を見ていた。

 日本刀は(おびただ)しい量の鮮血にまみれ、殺人の様相をまざまざと見せつけている。

 視線を落とせば、地に伏した男は一切の反応を見せず、ただ血を流し続けて赤い泉を作っていた。

「どう、して」

「生かす理由があるか? ぶっちぎり違法なドラッグを躊躇なく食らうクズを」

「でも例えば他の仲間を割り出すとか、Dthの在り処を吐かせるとか」

「一人いれば十分だ」

 冷徹に、淡々と言葉を繋ぎ並べて意味ある文章へと変換するだけ。

 答えて亮は血を滴らせたままの刀を手に歩み寄る。

 地面を這い寄って、まだ私の足を捉えようとする男の手を踏みつけた。

「ぎぐ、がぁぁぁっ」

「助かる術はないな。薬物中毒の末路だ」

 ぞぶり、と耳に痛い音。止める暇すらなく刀身は男の背中から心臓を貫いていた。

 男が最後の力を振り絞るように手をあげ、すぐに落ちる。

「……どうするつもりなの?」

「最初から目星はついている。後は、お前が耐えられるかどうか」

「私はッ」

 続けるべき言葉を考えるが、うまく浮かばない。論理としては理解している。

 Dth、もとい麻薬に類するドラッグの存在は許せないし、そうした悪意を撒き散らすものも許容できない。

 ただ、全てを滅ぼすことだけを是としなくてもいい。

 殺してしまえば、そこで終わってしまう。

 償われることはなく、教訓とされることもなく連鎖は断たれたように見えて別の場所からまた姿を現す。

 そう理解していてもなお、悪を根源から滅ぼし尽くすことを正しいと断ずるのか。

 じっと、亮の黒い瞳が私を見つめる。

「どちらかを、選ばなければいけない。〝今〟を選ぶのか〝未来〟に繋ぐのか」

「罪を抱くものを殺して、殺して……その先に何があるの?」

「……放逐することで、新たな犠牲者が出てしまうのならば断罪する。たとえ、どれほどの

犠牲者を出そうとも救えるものの方が多い。だから、今から根本を潰すんじゃないか」

 根源を断ち切ることは、終わりのない戦いに身を投じるようなもの。

 いや、分かっていないはずがない。理解しているからこそ賛同して戦地に赴き、敵となるものを(ほふ)り血を浴びて、それでも振り払って前へ進んでいく。そうして敵と選択されるものは、果たして本当に敵なのか。

 記憶が蘇る。かつて〈灰絶機関〉によって殺された両親のことを。

「まだ、迷っているのか?」

 心を読んだように亮が問う。私は、小さく首を振る。否定する。

「迷ってなんか、いない。私だってデイブレイク・ワーカーなんて許せない」

「……これから見るものを見ても、同じ言葉が聞けることを願う」

「それって、どういう……」

 答えず亮は歩き出す。軽く腕を振るって日本刀に付着した血を払って鞘に戻した。

 そのまま鞘を持って駆け出す。

 私も後を追う。置き去りにする彼らを見ないように一気に走り、飛び越えていく。

 現実から目を背けることではないのか。自身の罪を正当だと置き換える行為なのではないか。

 脳裏に巡る言葉を打ち消し、切り裂いて思考の外へと放り出す。

 一度決めたことを反故にはできない。前へ進む。ただ、ひたすらに。

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