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灰色の境界  作者: 宵時
第一章「だから、俺は殺す」「それでも、私は殺さない」
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1-8 〝ワタシ〟という名の現象

 翌日、私は平静を装って登校し、笑顔ですれ違う阿藤学園のクラスメイトと挨拶を交わす。

 アルメリア人の学生はフランクかつユニークで、とにかく話題に事欠かない。

 放映されたドラマ、流行の歌手について。漫画やゲームなどのサブカルチャーなものや、新たに王が提示する法案。そして〈灰絶機関(アッシュ・ゴースト)〉の噂。

「昨日のドラマ見たー?」

「見た見た。こう後ろからビシっと縛り上げて、ピンってね」

「ホント、カッコいいよねー」

「あーあ、口うるさいセンコーとかやっちゃってくれないかなぁ」

「ダメでしょ。あいつらはあいつらで自分が正しいと思ってるんだろうし」

「えー、なんだよ。センコーの味方すんのかよ」

「そういうわけじゃないけどさ」

 振られる話題におざなりに答えながらも、耳から入る情報は聞き逃さない。

 〈灰絶機関〉という存在は一般の高校生にとって物語で語られる勧善懲悪的なものだと思われているようだ。

 自分の席に着く。揺れ動く感情に区切りをつけるように、小さく息を吐いた。

 悪を討つ、という認識は間違っていない。だが間違っている。

 悪だと断じたとして、排除することを肯定するのが正しいと言えるのだろうか。

 どうしても私には負の連鎖が続いていくようにしか思えなかった。

 例え、執行する人間が限られた、二十年しか生きられないという時限つきの命を持つ者達に限られるとしても。

「ハーネット様?」

「え、っと。ごめん、ちょっと考え事を」

「ご、ごめんなさいっ」

 席の隣に立つ少女が、慌てて取り繕うように手を振るのに苦笑する。

「気にしないで。後、できれば名前で呼んで欲しいかな」

「そ、そんな恐れ多い……」

「うーん」

 どうにも、アルメリア人の間には下の名前で呼び合うのは親しい間柄に限られる、という風習があるらしい。

 ともすれば乗り込んで最初に亮を呼び捨てにしたのはマズかったのだ。

 お陰でどうにも周りから距離を置かれているというか、令嬢のように扱われている節がある。

 重工業を中心とする兵器大国、ウランジェシカの出身というのもあるか。

 不本意ではあるが、これもある意味では愉しみ方次第かもしれない。

「とりあえず、さま、っていうのは困るかな」

「ではお姉様で」

「それもちょっと……」

 今度は体裁関係なく本気で苦笑いを浮かべてしまう。サブカルチャーの中でも特に込み入ったアルメリズム的な文化は喜怒哀楽混沌に満ち満ちたものだが、私にはユリやらバラといった概念は少し理解に苦しい。

「でもぉ、リオンさんって素敵ですよ」

「あの仕事人みたいに凛として」

「あ、有難う」

 喜んでいいのかどうかは微妙だが。

 多分これから相手にしていくのは、物語で描かれるような極端なものだけではないはず。

 時には判断に迷う事象もあるだろう。

 大切なものを奪われた武力をもってして、誰かの大切なものを奪うのか。

 否、決めたはずだ。覚悟したはずだ。真相には辿り着くために。

 坂敷 千影という人間に近付き、取り入るには信用されなければならない。

 即ち、成果が求められる。

「あっ、そういえば昨日も出たらしいよ。〈灰絶機関〉」

「ニュースやってたよね。麻薬だったっけ」

「そそ。やっぱり悪いことはできないもんだね」

 悪には相応の報いを。死を生んだものには死による罰を。

 悪意を撒き散らすものにはより凄惨なる終わりを。

 亮がやったと聞いた、バイヤー殺しの一件だ。

「本当に、そうなのかな」

「えっ」

 ぽつりと呟きが漏れる。私は小さくかぶりを振って笑う。

「ううん、何でもない。気にしないで」

「そう? あ、さっきの続きだけどリオンさんは何か格闘技やってる?」

「アルメリア式とは違うけれど、向こうで受け流しの技法はやったかな」

「やっぱり。何か、こうオーラが出ていると思ったんだ」

「オーラ?」

「なんて言えばいいのかな。むむ、こいつ出来るぞ、みたいな」

 アルメリアの格言か何かだろうか。

 反応に困っていると、周りに集まっていた人垣を掻き分けて大柄な男子生徒が歩み出た。

 勢いがつきすぎて少し前のめりになっている。

 筋骨隆々といった体躯は大人と謙遜なく、筋肉を見せ付けるようにシャツの裾を捲り上げていた。

 確か名前は、

「計継 刃助君、だっけ」

「おお、覚えていて頂けるとは恐悦至極。アイドルたるもの、風格から違いますからな!」

 そう言って大仰に笑う刃助はまたちょっと異質に見える。

 亮と共に学校生活を送る希少な友人だと聞いていたが、むしろ納得したかもしれない。

「転入生相手にも馬鹿やってやるなよ」

 刃助のともすれば校則違反ではないかと思う頭へ手刀が吸い込まれる。

 呆れ半分微笑半分といった具合の表情を浮かべ、亮が立っていた。

 にわかに周囲の生徒達がざわめく。

「俺、彼女と亮が緑化区画に行くのを見たぜ」

「私も見たよー。とはいっても坂敷さんとこに入るのを、だけど」

「あぁ、僕の弟も門下生だから。そういえば刃助と来々木もだっけ?」

「なぁんだ、じゃあ町の案内をしていたっていうのはホントなんだ」

「てっきり来々木君は影でこっそりやっちゃう人だと思ってたけど」

 どんな印象なのだろう。

 また後で亮に評価が下げられただとか、変な噂が立つとか言われるかもしれない。

「そんな横暴、俺達バカップル撲滅委員会が動き出さないわけがないだろう……」

「献身っぷりじゃ月城さんも怪しいと思うけどネ」

 ぼそっと周りの誰かがこぼした言葉に、全員が一斉に一人の少女を見る。

 亜麻色の長い髪を弄りながら、いつ切り込むか機を伺っていた遥姫(ようき)は急に注目されて、驚いたように目を(しばた)かせて、否定するように両手を前に出して振った。

「そ、そんな関係じゃない、の。ただ亮君って危なっかしいから」

「放っておけない、と?」

「ほぅほぅ、詳しく話を聞きたいですなぁ」

 困ったように笑う遥姫に視線が集まり始めたところで、電子音のチャイムが鳴り響いた。

 引き戸を開いて入ってきた教師が手を叩き、着席を促していく。口々に文句を垂れ流しながら生徒達は各々の座席へと戻っていった。ようやく経路が開いたところで亮も動き、椅子を引いて座る。

「随分人気のようだな、お嬢様」

「やめてよ、そういう言い方」

「ほら、笑顔笑顔」

「亮こそ、有名人みたいじゃない」

「ああ、誰かさんのお陰で、な」

 おあいこというところだろうか。

 心なしか、前を向いた亮の横顔には掛け値なしの、自然な笑顔がにじみ出ているように見えた。

 卑屈になる必要はない。精神が沈めば、心を折っては全てが絶望の淵に叩き込まれてしまう。

 それは、もう生きているなんて言えない。

 人がヒトとして生きていくためには、何が何でも前に向かねばならない。

 亮にもきっとそう思える何かがあるはずだ。あるからこそ、こうして学校に通っている。

 決して師匠である千影の命だけで動いているわけではないだろう。

 これらが全部、私の願望だったとしても、どうしてか〝そうあって欲しい〟という喉の奥から叫ぶ渇きのようなものは消えなかった。まるで山彦のように、いつまでもいつまでも頭の中で反響し続ける。

 私じゃない、ワタシの意識が浮かび上がり空間を持つ。

「ハーネット、大丈夫かー?」

「あ、はいっ!」

 教師の呼びかけに答える。向き合っていかねばならない。

 誰とも知らぬ、されども見てしまった映像で泣きじゃくる少年の正体を。

 恐らくそれが、もっとも早く〝自分〟を取り戻す道だと思うから。




 午前の授業をこなした辺りで、ようやく精神状態もいつも通りになってきた。

 アルメリアでは三年次にカレッジに入るための統一試験を模した検定を行うのが慣わしらしい。

 元々勉強は嫌いではなかったので苦手意識はないが、彼らは違うようだ。

「あー、模擬試験めんどくせぇよ。サボろうぜ」

「サボるってお前、端末からの記録提出型なのにどうするんだよ。スルーか?」

「分かってるよ。でも面倒なものは面倒なんだよ」

「卒業後は家業継ぐんだっけ? 羨ましい限りだよ」

「四六時中やかましくこき使われるんだぜ?」

「うへー」

 そんな会話が聞こえてくる。微笑ましいというか、普通の人間らしいというか。

 いけない。私自身もその〝普通〟にいるべき人間なのだ。決してなりたくて〈死神〉なったわけでもない。

 必要だと定めたとしても、やはり別の選択肢を探すことを忘れない。

 ウランジェシカでの生活を思い返していると、控えめに肩を叩かれた。

「リオンさん、その……昼食一緒に、どうですか」

 おずおずとした調子で聞いてきたのは先刻、私をお姉様と呼んだ女子生徒だ。

 小動物気質とでも言うべきか、くりっとした丸い目に線は細くも整った顔立ちで実に可愛らしい。

 穏やか、というより気弱とでも言うべき振る舞いも相俟って、からかいたい気持ちに狩られる。

「ええ、喜んで。色々聞かせてくれると嬉しいかな」

「わ、私の話なんてそんなに面白くは……」

「謙遜しないで。私にとってアルメリアの全部が新しいから」

 笑顔で応じた。

 もう無理に言い回しや態度を改めさせるのは辞めておこう。

 ゆっくりと、彼女なりのよさを見つけてあげればいい。

 などと、つい昔のことを思い出してしまう。

 花が咲いたような笑顔を浮かべた女子生徒は、友人らしい女子生徒何人かも誘って机を囲む。

 皆が弁当を持ち寄っているのに、私は午前中の間に買った購買パンで、どうにも申し訳ない気持ちになる。

「リオンさんは一人暮らし?」

「ええ、今のところは」

「ということは近く同棲とか?」

「だ、誰と?」

「またまたとぼけちゃってぇ」

 小首を傾げてみるも、思考の糸を辿ればそもそも私自身が撒いたタネだった。

 色々と亮から情報を引き出すために派手にやったことが別方向に影響している。

「いや、深い意味はない、のよ?」

「何も聞いてませんけどぉ」

「ほら、ウランジェシカだと普通のことだから!」

「誰も来々木君との仲を聞きたい、なんて言ってないよ?」

 じっ、と女子生徒達から期待を込めた視線を一手に引き受けてしまう。

 恐らく引きつっているだろう、自分の表情を努めて笑顔に戻しつつ、ならばとこの機会を最大限に利用する。

 雰囲気として亮はあまり他者を近づけたがらない印象を受けた。

 私に対する最初の対応も、千影のところに案内した時もどこか壁を作っているように。

 まるであえて大切なものを作らないようにしている風に思えた。

「逆に聞きたいんだけど、あなた達は亮をどう思ってるの?」

「どう、って……」

「ちょっと、とっつき難いよね」

「そうそう。怖い、っていうか人を寄せ付けないオーラ的なものがあるよね」

 ぽつりぽつり、と容赦ない言葉が飛び交う。

 当人は昼休みが始まると早々に複数の男子生徒に追いかけられて教室から退散している。

 教室に残っている生徒達はそれぞれグループで机を囲み、談笑しながら昼食をとっていた。

 他グループがこちらを気にしている様子はない。

 いつも通りの、繰り返されている会話だということか。

「孤高の存在、って感じなのかな」

「かも。遥姫ちゃんと計継君が色々世話焼いてるけど」

「それも何か、唐突だったよね。無理矢理感あるっていうか、

計継君が引っぱたいたから暴力的っていてば乱暴なやり方だったし」

「でもお陰で雰囲気はよくなったよね」

「うん。こう、本当に冷たい彫像が座っている感じだったから」

「なるほど」

 一通り聞いて脳内に書き留めておく。

 ぶっきらぼう、というべきやり取りや雰囲気は元々のものらしい。

 自分の殻に閉じこもった状態、といったところか。

 一目で中々面白い子だとは思っていたが、計継 刃助という青年にも興味が沸く。

「だってね。来々木君、両親を交通事故で失ってから親戚をたらい回しにされたらしくて」

「えー、それって本当だったの?」

「多分。先生が前に言ってた」

「誰も要らない。構わないでくれ、近付かないでくれって感じだよね」

「そぉだね。自分ひとりで全部できる、みたいな」

 本当に表裏のない女子生徒達の言い回しに小さく笑うも、いくつか頷ける部分はあった。

 孤高なるもの。共生を拒むもの。まさしく言葉通り亮は他者との接触を、ともすれば学校生活そのものを疎んじて生活していたのかもしれない。起因するのは、やはり〝殺人者であるが故に咎人(とがびと)である〟ことか。

 ツナサンドをかじり、租借していく。飲み込んで別の問いを投げる。

「その、きっかけについて教えて欲しいな」

「ふむふむ、やっぱり気になるところですかにゃー?」

「今なら言える。来々木君、ちょっとカッコいいと思ってた」

「えっと、アンタってそんなタイプだったっけ?」

 控えめな女子生徒が尋ねられ頬を紅潮させた。

 振り払うように首を振って、問いかけた女子生徒へ宣告するように箸を持った手で差す。

「はーちゃんだって雰囲気変わった、みたいなこと言ってたじゃない」

「事実でしょ? リオンさんが来てまたちょっと柔らかくなったみたいだし」

「呼び捨てで、ね?」

「だったらあたしらもー」

 打ち解ける。これが普通で、当たり前の風景であるはずだ。

 どんなものを抱えていようが、当たり前のものを当たり前のように受け取れないことなんてない。

 いくらでも、自分など仮面で偽ることができるのだから。

 そんなことを胸中で告げている私自身を嘲笑う。

 結局、それ以上は情報が取れずに緩やかに休み時間は過ぎていった。

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