B1F-1 馬鹿がはしゃいで駄菓子食う
八鹿高の二学期初日はつつがなく終わった。適当にホームルームを切り抜け長いだけの掃除を終えた秀含む無数の生徒たちがが校舎からこぼれ落ちるように出てくる。
九月一日午前十一時五十二分。快晴である。
大気は熱く、緑は濃い。グラウンドの砂の白さは目に痛いほど眩しく、夏休みは終われども八鹿市はまだまだ夏だった。
「芹沢くん」
背後から聞き覚えのない声。校門を出る直前、自転車に跨ろうとした秀は首だけで振り向く。
倉永だった。
近い。
門の後ろに隠れていて全く気付かなかった。距離は数十センチ、太陽はほぼ真上に位置し、ずいぶん短くなった影を倉永の小さなローファーが踏んでいる。秀は倉永と向き合う。
「倉永さん?な、なに?」
初めて間近に見る倉永は遠目に見るのとずいぶん印象が違った。倫に絡まれたときのか弱い感じはなく凛とした雰囲気。
セミロングの毛先が風に揺れる。愛嬌のある丸くて大きい両目には何か決意のようなものが燃えていて、顔を赤くしてうつむいていたさっきまでとは別人のようだ。
「今から芹沢くんの家に行ってもいい?」
沈黙。秀の背後を帰宅する何人もの八鹿高生が通り過ぎていく。聞こえてくるくだらない会話が妙にはっきり頭に響く。夏休みの宿題が終わっていないこと。誰それと誰それが一緒に夏祭りに行ったこと。実は俺さ、あそこに肝試し行ってさ、あそこはマジでやばい、ほんとだぞ―――。
「おうちの中に入れてってことじゃないんだけど、だめ?」
さらに沈黙。脳みそが消化不良を起こし、頭がくらくらする。この子は何言ってんだ?倫が何か吹き込んだのか?息詰まる沈黙ののち秀は喉から絞り出すように言った。
「…なん、で?」
正直に言うと一瞬だけおいしい話だとも思った。が、さすがに怪しすぎる。
混乱した秀がほぼ初対面に等しい女の子が部屋に遊びに行っていいかなんてまさかそんな、週刊少年漫画誌のラブコメ枠じゃあるまいし、などと考えていると、しばらく何か考えていた倉永が意を決したように言った。
芹沢の葛藤を吹っ飛ばす一撃である。
「芹沢くんと仲良くしたいと思って」
冷静に考えればおかしい話である。しかし一介の(特に馬鹿な)男子高校生である秀は美少女から放たれたこの言葉に抵抗することはできなかった。
秀は心臓を震える右手で押さえた。撃ち抜かれた。決定打だった。
「う、うん。いいよ、来て来て!」
テンション急上昇、浮かれまくった秀は訪問を快諾し自転車を押しつつ倉永と並んで歩きだす。
秀はこの時点で倉永に対する設定を脳内で作り上げ、それに納得していた。倉永は病気か何かで学校に来れてなくて不安だったけど意を決してクラスで一番人のよさそうなこの俺に話しかけてみたんだきっとそうだ。
数十分後に直面する現実を考えると哀れな男であるが、同情の余地は無い。
「お菓子、食べる?果汁グミとえびせんがある」
「いいの?!ありがとう!そうそう、倉永さんって―――」
コンビニと郵便局の間の路地。有頂天な秀の背中を見送って、背広の外国人は再びガチャガチャの前に座り込みレバーを回す。