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序ノ二  どうしようもない遅刻魔とガチャガチャに熱中する中年男性

基本的に学生にとって9月1日という日付、または始業式という行事はあまりありがたいものではない。


が、逃れるすべを持つ者は当然いない。日本全国津々浦々どこにいようとこの甘美なる堕落の日々は終わり、学生は学校生活という戦場に帰らなければならないのだ。


芹沢秀もまた、この9月1日に戦場に帰るべき高校生の一人だった。


この日、秀は40日間の堕落の日々よりももっと大きなものを失うことになる。




「…」


現在時刻は9月1日午前8時27分24秒。3秒前に目覚めた秀はたった今見たデジタル式の目覚まし時計に表示された時刻を見なかったことにするかどうか悩んでいた。始業式が始まるのは8時30分である。


どうあがいても遅刻を免れないこの絶望的な状況を、秀は実に無感動な表情で受け入れた。学生生活という戦場の中で幾度も遅刻を繰り返してきたある種の大物であるがゆえに為せる態度であった。


「あぁ…もう…行きたくねえなー…」


本音だった。遅刻癖は天性のものだとあきらめているが、さすがに始業式という本来清々しいものであるはずの新生活始まりの日に寝坊というのは自分のことながらあきれてしまう。


結局秀はその後数分にわたってうじうじと悩み続け(反省はしていない)、のそのそだらだらと行動を開始したのは八鹿高で校長の訓辞が始まるまさにその瞬間だった。




9時15分。のんびりと支度を終えた秀はようやく家を出て自転車にまたがるところだった。このまま行けば学校に着くのは始業式が終わりみんなが体育館から教室に戻る時間のはずで、こっそり何食わぬ顔で教室に入ることができる。この辺、手慣れたものである。


八鹿高まで残り5分ほどの地点で秀がその路地に気が付いたのは偶然だろうか。コンビニと郵便局の間、普段は全く意識しない場所に伸びる細長い空間。その奥に背広を着た男がうずくまり、何かしている。


(ケガ人か、病人かな?)


何気なく路地を覗いた秀は、奇妙な光景を目にした。




うずくまっていた男は、路地の奥に置かれたガチャガチャを回していた。物言わぬその背中は妙に真剣な様子で緊張しており、男がレバーを回す音がやけに重く響く。


ガチャ、カタン。


男は落ちてきたカプセルを慎重な手つきで開けた。中の景品を国宝を扱うように摘み上げ、目の高さに掲げて眺めているようだ。


不意に男が振り向いた。秀は面食らい硬直する。中年にさしかかった男の実に満足げで無邪気な笑顔。どうやら男は外国人のようだった。


「当たった」


数メートル先の秀に突き出した掌には、家のミニチュアのようなものが乗っかっている。どこかで見た外装のようだが、それがどこで見たものなのか秀には思い出せない。


(なんだこいつ)


秀の率直な感想である。中年のおっさんがガチャガチャで当たったと喜んでいるのはかなり奇妙な光景だったし、路地の奥にガチャガチャのカプセル筐体が置いてあるのも違和感がある。ましてや朝っぱらから外国人がはしゃいでるのだからなおさらだ。


嬉々とした雰囲気で再度筐体に向かう外国人の男を尻目に秀は再び自転車のペダルを踏み出す。急がないとどさくさに紛れて教室に入るのが難しくなってくる。


秀は最後まで男の手にした家屋のミニチュアが自分の住む家と全く同じ形をしていたことに気が付かなかった。

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