第9話
東へ続く道は、ますます険しくなってきた。もはや、道ではなかった。動物でさえ、こんな道は通らないだろうと思われた。しかし、ムーはひるまず進んでいく。エタは、その強さに感心しながらついていった。
いきなり、ムーは立ち止まった。
「どうしたの?」
エタはムーの顔をのぞき込んだ。ムーは、急に咳き込んだかと思うと、ぶどう酒のような真っ赤なものを吐き出した。ごぼごぼと音をたて、ムーは真っ赤に鈍く光る液体を何度も吐いた。エタは、驚愕の目でそれを見た。その液体は、自分がいつも作る傷口からあふれるものと、瓜二つだった。
「ムー?」
エタが次に名前を呼んだときには、ムーはすでに倒れていた。息がなかった。身体中の毛が、かちこちに固まっていた。爪も牙も、はがれて地面に情けなく落ちていた。いやな臭いが立ち込めた。生き物が死ぬ臭いだった。エタは鼻を押さえた。急に、自分が生きているのか、不安になった。ポケットにしのばせていたナイフを取り出した。尖った刃を突きつけた。手首を、ムーが吐き出したのと同じ色をした液体が滴り落ちた。
「生きているのね」
エタはうなずいた。少しだけ安心した。けれど、もう東へ連れて行ってくれる案内役はいなくなった。ムーは、すでに半分以上の毛が抜け落ち、肉が乾いて剥がれ落ち、真っ白な粉になりつつあった。エタは、目の前にある事実が理解できなかった。どうしてムーは粉々になっていくのだろう。そのとき、ティナが言った言葉が頭をかすめた。
――急がないと、この世界は崩れ落ちてしまうの。 女王様だけじゃない。 私も、さっきのライオンも。 あの草原も、山も海も空も。 すべて消えてしまうの
エタは、少しばかり息が苦しくなるのを感じた。もう一度、ナイフを腕に突きつけた。また、赤いものがあふれ出す。身体中に熱い痛みが走る。
「まだ生きているわ」
ムーが向かおうとしたのは、ここを真っ直ぐのはずだった。エタは、唇をかみ締めると、その道を進んだ。弱音を吐いてはいられなかった。息がまた苦しくなった。そのたびに、エタはナイフで切りつけた。そうでなければ、自分が自分でいられなかった。自分が命を守れているのかも、この心臓が動いているのかも、何一つわからなかったのだ。