第8話
エタは、袋の中で動いているものが何か気になった。そっと、袋の紐を解いて、中をのぞいた。中で、緑色の光が輝いた。一瞬、その光に見とれていると、光は袋から勢いよく飛び出した。
狼かしら、いえ、狼にしては小さすぎるわ。うさぎかしら、いえ、うさぎにしては恐ろしい顔をしているわ。エタは心の中でつぶやいた。
その口は狼のように長く、口からのぞいた牙は鋭く、耳はうさぎのように長かった。目つきはあまりに凶暴だった。しかし、身体はとても小さかった。エタの両腕に、すっぽり収まってしまうくらいの大きさだった。
「おまえ、小人じゃないな」
その、狼のような、うさぎのような動物は、甲高い声で言った。
「小人はさっきどこかへ行ってしまったわ」
エタは、その動物があまりに小さく、甲高い声をしていたので、恐怖心がなくなっていた。そのおかげで、堂々と話をすることができた。
「あなたは、この世界と、もう一つ、別の世界があることを知っている?」
「別の世界?」
その動物は、さっきの小人のように目をまんまるくして言った。ああ、この子も何も知らないのだと、エタはがっかりした。もう、女王様の薬を見つけてあげるしか、帰る方法はないのだろうか。
「最近、この森がおかしいんだ」
その動物はささやく。森といっても、林に近かった。木々は丸裸だったから。
「俺の兄弟はどこかへ消えた。 いつもの住処にも誰もいない。 食べるものも底をついた。 このままじゃ俺たちは飢え死にしちまう」
「女王様が病気だから?」
「女王が?」
エタの言葉に、その動物は敏感に反応した。エタは、ティナに言われたことを、その動物に教えた。動物は、長い耳を揺らしながら、エタの言葉に聞き入った。
「そりゃまずい。 女王がいなけりゃ、俺たちは生きていけねえ」
「私が薬を見つけたら、きっと大丈夫。 …ティナもそう言ったわ」
小さな動物は、決心したように言った。
「俺が、東の果てへ案内してやる。 途中まででいいなら、連れて行ってやる」
「本当?」
エタが言うと、その動物はうなずいた。
「俺はムー。 おまえの名前は何だ?」
「私はエタっていうの」
「エタか」
ムーは、長い耳を前後にゆらゆらさせると、さっきの小人のように岩から滑り降りた。エタは、ゆっくり慎重に、岩から降りた。ムーは、緑色に輝く目をぱちぱちさせて、辺りを見回した。
「東はこっちだ」
エタは、ムーの後に従った。ムーは、うさぎのようなしっぽをしていた。不思議な生き物だと、エタは思った。こんな変わったものが、この世界にはまだまだあるのかしらと思った。
「さっきの小人は何なの?」
先頭に立つムーに、エタは尋ねた。ムーは振り返らずに言う。
「あいつ、弱虫のくせに俺をつかまえやがった。 この辺りじゃ食うものがなくなってきているからな。 あいつは俺を食うつもりだったんだ」
「ひどいわ」
「小人ってのは昔からずる賢い奴らだったんだ。 女王の世界でのうのうと暮らしながら、女王の知らないところで好き勝手に振る舞いやがる。 木だって平気で切っちまうし、鉄も宝石も好き勝手に取りやがる。 俺たちの住処を荒らすのもあいつらさ」
「人間みたいね」
「にんげん? 何だそれ。 小人の新しい仲間かい?」
この世界に人間という名前の生き物はいないのか。エタは思った。しかし、ムーに説明しようとしたところで、どう説明すればいいのか分からなかった。苦し紛れに、そうよ、とだけ言っておいた。ムーは無言で進んでいく。風がまた吹き寄せた。エタの赤毛がゆらゆら揺れた。




