第7話
どれくらい走ったか分からなかった。エタは、疲れきって座り込んだ。お腹も空いてしまった。あれだけの食事では、エタの胃袋は満足し切れなかった。
「東って、こっちでいいのかしら」
エタがつぶやくと、目の前の茂みががさがさと揺れた。風ではなかった。エタは目を見張った。何か、恐ろしいものが出て来るのかもしれない。もしかしたら、狼や熊かもしれない。エタの膝は震えだした。
がさっと音を立てて、茂みから小さな小人が出てきた。お母さんに読んでもらった、白雪姫に出て来るような、そんな小人だった。しかし、小人の茶色っぽい服は薄汚れていて、ひげも、想像していたのよりずっと短かった。ちょこんと、あごにぶら下がっているだけだった。
小人は、肩に重たそうな袋を担ぎ、でこぼこの道を慣れた様子でずんずん進んでいく。エタは、こっそりその後を追いかけた。小さな足で、小人はいとも簡単に歩いていく。大きな岩も、平気で登ってしまった。エタにはその大きな岩を登ることはできなかった。歩きすぎて、すっかり足が棒になっていた。
「待って!」
思わず叫んでしまった。岩のてっぺんから、小人がエタを見下ろした。
「お願い。 行かないで」
小人は、肩に担いでいた袋を下ろすと、エタを両手で引き上げてくれた。エタは息を切らして、何とか岩のてっぺんまでよじ登った。小人の担いでいた袋は、中で何かが動いている。エタは、袋にそっと触れた。小さな動物が動いているようだった。小人は、エタを不思議な目で見つめている。青い瞳の小人だった。
「私のいた元の世界に戻りたいの」
エタは言った。
「あなた、帰り道を教えてくれない?」
小人は、何も分からないというふうに、肩をすくめてから言った。
「お譲ちゃん、この世界は一つだけだ。 他の世界なんぞありゃせんよ」
「嘘よ。 私は確かにここに連れてこられたの。 ティナって子に連れてこられたの」
「ティナだって?」
小人は目をまんまるにした。青い瞳が大きくなった。外国のお人形さんみたいだと、エタは思った。小人は短いひげに触れながら言う。
「お譲ちゃん、ティナ様にお会いしたことがあるのかい?」
「ええ、そうよ」
ますます小人は目をまんまるにした。
「ティナ様は、女王様にお仕えしている者の中で、一番偉いお方だ。 お譲ちゃんみたいな子が、どうしてティナ様と?」
「分からないの。 早く私は自分の世界に戻りたいの」
「だから、この世界は一つだけだ。 お譲ちゃん、病気なのかい? そんなよく分からないことを…」
エタは、病気という言葉で、ティナに言われていたことを思い出した。
「私は、女王様の薬を取ってくるようにと言われて、この世界に来たの。 でも、もうたくさん。 こんな恐ろしい世界じゃ、私の方が女王様よりも早く死んでしまうわ」
「女王様が死んでしまう?」
小人は声をひっくり返した。
「お譲ちゃん、それはよくない! 今すぐその薬とやらを探すんだ!」
「あなたは? あなたは何もしないの?」
エタは小人の顔をのぞき込んだ。小人は首をぶんぶんと横に振った。
「わしにそんな無謀なこと、できるはずがなかろう!」
そう叫んで、小人は岩を滑り降り、どこかへ走り去っていった。エタは、あっけにとられてしまった。ぽつんと一人、岩の上に残されてしまった。小人は、担いでいた袋だけを、エタのもとに残していった。