第6話
「エタ」
耳元で声がした。
「起きなさい」
エタは、二度目の声でようやく目を覚ました。ティナが顔をのぞき込んでいる。身体を起こすなり、エタは辺りが変わっていることに気付いた。冷たい氷の壁の牢獄にいるはずだったのに。
「ここはどこ」
エタはつぶやいた。真っ暗な森の中にいた。牢獄ほどではないが、そこもやはり寒かった。湿った空気は相変わらずで、かすかに木々の香りがすることだけが唯一の救いだった。エタは、木々の匂いが好きだったから。しかし、木々はすべて丸裸だった。薄暗いのは、空が曇っているからだった。太陽の輝きなど一切なかった。
「この道を真っ直ぐいくのよ」
ティナは早口に言った。
「ここを抜けると、岩山があるわ。 その山も越えて、もっと真っ直ぐ行くの」
自分が女王様の薬を探しに行くのか。エタは絶望的な気持ちになった。それに、どうやってあの城の牢獄からここまで来たのだろうか。それも、自分が眠っている間に。
「お願い。 女王様はあともって2日か3日なの。 急いで」
ティナはそれだけ言い残すと、その場にうずくまってしまった。
「ティナ? ねえどうしたの」
「いいから行きなさい」
エタは、がくがく震えて、身動きが出来なくなった。ティナはどうしたというのだろう。うずくまったティナは、必死に顔をあげて、エタを見つめた。灰色の目は、もう生気すら感じられなかった。顔の表面から、頭蓋骨の形すら分かるように思われた。エタは、息を呑み、自分の行く先の道を見つめた。道というようなものではなかった。もしも自分が動物であれば、ようやく平気で通れるような、そんな荒れ果てた道だった。
「早く」
ティナはまた言った。声はすっかり枯れ、初めに会ったときの、鈴を振るわせたようなきれいな声ではなくなっていた。エタは、言われるがまま、自分の行くべき道を行った。途中、何度もティナの方を振り向いた。ティナは相変わらずうずくまったまま動こうとしない。エタは恐くなり、振り向こうともせずに走り出した。林の中の荒れた道を、何度もつまずきながら。今度振り向くときには、ティナはもしかしたら…。そんな考えが何度も頭を巡った。だから、振り向かなかった。
木々のうろが、人の顔に見えた。枝を揺らす音が、誰かに追いかけられる足音のように聞こえた。エタは叫びながら、その音をかき消そうとした。赤毛は、エタの腰で激しく波打った。風が何度もざあっと吹き寄せて、赤毛をいっそう乱暴に激しく揺らした。