第5話
石畳の道が、今度は古ぼけたレンガの道に変わった。ろうそくはなくなり、壁も天井も、あたり一面をいばらが取り囲んでいた。いばらは隙間なく、びっちりと辺りを取り囲んでいる。空気が埃っぽかった。エタは時折せきをした。
「あなたのいたあの草原が、この世界とあなたの世界をつなぐはしごのようなもの。 ちょうど、この世界の草原と、あの草原は対照的だったでしょう。 枯れ草の草原と、若草の草原。 灰色の空と、紺青の空。 女王様がお元気だったときは、この世界も鮮やかな色でむせかえるようだったの」
レンガの道が、ゴツゴツと鈍い音を立てた。さっきよりも、ティナの手は、より冷たく感じられた。ずっとエタと握り合っているのに、ますます冷たくなっているようだった。見ると、手も真っ青な色をしていた。この子も病気なのかしら、とエタは思った。
「急がないと、この世界は崩れ落ちてしまうの。 女王様だけじゃない。 私も、さっきのライオンも。 あの草原も、山も海も空も。 すべて消えてしまうの」
「できっこない」
エタは言った。目は恐怖で涙ぐんでいた。
「私は何もできないわ。 得意なものは何一つないのに。 お願い、早くもとの世界に帰して」
「この世界が崩れれば、あなたの世界だって危ういの」
ティナは静かに言い放ち、小さな牢獄の前で立ち止まった。鍵穴に無理やり指を突っ込み、ねじった。カチャリと音がして、扉が開く。抜き取った指は、さっきのように大きく真っ赤に腫れ上がっている。ティナはそんなことは気にも留めずに言った。
「ひと晩だけ、ここで休みなさい」
そして、エタを無理やりその中へ押し込んだ。牢獄の床は、固い岩でできていて、壁は冷たい氷だった。冷たく、湿った空気がその中を旋回している。エタは、くしゃみをした。寒かった。
「ねえ、もっと温かい部屋はないの? どうして私を閉じ込めるの?」
ティナは何も言わずに、牢獄から離れていった。鉄格子の間から、ティナの足音だけが響いている。その音も、しばらくして消えてしまった。エタは、部屋の隅にある小さなベッドに手を触れた。固くて、湿っていた。うすっぺらの毛布がかかっていた。毛布は、紙よりも頼りなく、ごわごわしていた。エタは泣きたくなった。
そのとき、氷の壁にある小さな窓から声がした。
「お食事です」
そして、小さなお盆が差し出された。お盆を持つ手は、真っ青だった。さっきのティナの手よりも、ずっと真っ青だった。エタはそれを黙ったまま受け取った。壁に手が触れて、冷たさが身体中を走った。エタは冷たい痛みを何とかこらえて、お盆を抱えた。見ると、お盆の上には、豆のスープと、小さなパン、それに、コップ一杯の水がのっていた。
「なあに? これ」
エタの言葉も聞かず、食事を運んできた手は、すぐに引っ込んでしまった。
エタは、仕方なく、そのお盆の上をじっと眺めた。豆のスープはすっかり冷え切って、湯気1つたっていない。パンはかちんこちんで、果たして噛み切れるだろうかというものだった。水の入ったコップは濁っていて、しっかり洗っていないように思われた。それでも、とてもお腹が空いていたから、文句を言いながらも、豆のスープを流し込み、噛んだか噛まないか分からないうちに、パンを水とスープで喉に押し込んだ。食べ終わると、いくらか身体は温まってきた。エタはそのままベッドに横になり、冷たさすら忘れて眠った。夢1つ見ないほど、エタは深く、深く眠った。