第3話
「起きろ」
耳元で、低いしわがれ声がした。エタはうっすらと目を開けた。
「早く」
目の前に、ライオンがいた。さっきのような、血走った目ではなかった。優しい、茶色い目をしていた。たてがみは垂れて、しなやかな黄金の輝きを放っていた。ライオンは、桃色の舌で、エタのほっぺたを舐めてくれた。エタは、横になったまま上を見上げた。天井があった。さっきの灰色の空ではなかった。立ち上がり、またくるりと辺りを見回すと、お城の中のようだった。丸い柱が両脇に並び、天井の両脇には、鮮やかな絵が描かれている。足元には真っ赤な絨毯。床はすべて、ぴかぴかに磨き上げられ、エタの顔を映した。エタは、自分の赤毛がぐちゃぐちゃになっているのに気付いた。
「くちゃくちゃだわ」
ライオンは首を傾げた。
「私の髪の毛のことよ」
エタは、腰まで伸びた赤毛を、手ぐしで整えようとした。しかし、お母さんのように上手く整えることができなかった。仕方なく、エタはあきらめて、髪の毛から手を離した。ライオンはそれを見ると、また低いしわがれ声で話し始めた。
「この先に女王様がいる。最期を皆で看取らねばならない」
「女王様?」
エタが思わず眉をしかめると、ライオンは気付いたようにつぶやいた。
「おまえ、この世界の者ではないな」
そして、牙をむきだし、また血走った恐ろしい目つきになった。たてがみがつんつんと立った。今にもエタに飛び掛りそうな勢いだった。地鳴りのような唸り声が、エタの身体をぶるぶるさせた。エタは、そのまま腰を抜かしてしまった。ライオンは、じわりじわりとエタの目の前に迫ってきた。
「やめなさい」
ライオンがエタに噛み付こうとした瞬間、天井の方から、鈴を振るわせたような声が聞こえた。ライオンはその声を聞くと、むき出しになっていた牙をしまい、たてがみを垂れさせた。血走った目は、さっきの茶色い優しい目に戻った。エタは頭の上を見上げた。そこに、真っ白なワンピースを着た女の子がいた。その女の子は、不思議なことに、宙に浮いていた。羽根もないのに、ふわふわと浮かんでいた。