第20話
カーテンをそっと開くと、そこに、女の子が横たわっていた。見覚えのある顔だった。確かに、毎朝鏡越しに眺めている顔に間違いなかった。
「私」
エタはつぶやいた。それは自分自身だった。長い赤毛は、この世界に来るときと同じようだった。そして、腕と脚に、ひどい傷がいくつもあった。エタが自分で切りつけた跡と同じ傷跡だった。エタは、目の前のものを信じきることが出来なかった。
――そうして自分を殺していくのさ
魔女の言葉が頭に浮かんだ。
「私は、私を殺していたの?」
問いかけても、誰も答えてくれない。そのとき、後ろの方で、何かが落ちる音がした。振り返るまでもなく、エタは後ろで何が起こっているのかわかった。振り返って見ると、鷹が横たわっている。羽根がすべて抜け落ちている。
「どうして? みんな死んじゃいやよ! 私も死にたくないの…生きたいのよ」
エタは、ポケットの中の小瓶を取り出した。鮮やかな赤い液体が波打っている。エタは、手が震えて、その小瓶を落としてしまった。小瓶は、パリンと頼りない音をたてて、砕け散った。赤い絨毯が、ますます赤く染まる気がした。エタは、そのままうずくまってしまった。息ができなかった。身体中が熱かった。不思議なことに、痛みはなかった。急に眠くなった。このまま目を閉じようかと思った。
――生きたいのか、死にたいのか。 自分で決めな
魔女の声が聞こえた。エタは、顔を無理やりあげて、叫んだ。
「生きるの」
そのとき、絨毯の上に溢れた小瓶の中の薬が、淡い桃色の光を放ち始めた。エタは、その光を見つめた。光は、桃色から濃いピンクに変わり、キュンキュンと音をたてて、城中を駆け巡った。ベッドの周りにも、ティナの周りにも、エタの周りにも、その光は飛び散った。
するどい閃光が取り巻き、エタは何も見えなくなった。
気付くと、エタは、若草色の草原に立っていた。草原の奥に、深い緑に染まった森と、まぶしいほどに白い雪をかぶった山々が連なっている。そして、その山の向こうに、紺青の空が輝いていた。山と空の向こうに、エメラルドのように輝く海が見えた。確かに、初めにティナに連れてこられた場所だった。
「ティナ?」
エタはつぶやいた。風が、ざぁっと吹き寄せた。黄金のライオンはやって来ない。代わりに、草木の甘い香りが鼻をついた。足元に、黄色や白や紫の花が咲いている。
「生きているわ」
エタはまたつぶやいた。そのとき、森の向こうから、大きなふくろうが飛んできた。真っ白なふくろうだった。ふくろうは、エタの頭の上で三回ほど回ると、大きな鳴き声を響かせて、どこかへ飛んでいった。
「生きているのね」
エタは、お腹いっぱいに空気を吸い込んだ。
「みんな、生きているのね」
そのとき、確かに、エタの耳には、ティナの声も、ライオンの声も、ムーの声も、男の子の声も、アランの声も、ユーラの声も、ユニコーンの声も、鷹の声も聞こえた。
「生きているわ」
エタは、そのまま若草色の草原に転がり、寝息を立て始めた。お腹はとても空いていたが、どうしてかいやな空腹感ではなかった。気持ちが良かった。生きていることを、心から実感できた。