第2話
しばらくして、エタは目を覚ました。身体を起こした。さっき流した赤い液体は、傷口に覆いかぶさるようにして固まっている。エタはそれにそっと触れた。
すると、周りの景色がいつもと違うことに気付いた。鮮やかな緑の原っぱも、可愛い黄色の花もない。暖かな日差しも、柔らかな風もすっかりなくなっている。変わりに残っているのは、枯れ草の草原と、その先に広がる枯れ木の林。林のずっと向こうにのぞくのは、ごつごつした岩山と、灰色の空。空には、ぽっかりと海が浮かんでいる。海はぎらぎらと白く光り、今にも山を襲い、林を沈め、エタのいる枯れ草の草原を埋め尽くすように見えた。
立ち上がり、くるりと周りを見渡した。見慣れぬ景色だけが広がる。風がざわざわ吹いて、エタの長い赤毛を掻き乱した。風が吹きぬけたあと、目の前を、黄金の光が通り過ぎた。ものすごいスピードでそれは目の前を駆け抜け、ずっと遠くへ消えてしまった。エタはその光の先をじっと見つめていた。また、風が吹きぬけた。さっきよりも強く、ごうごうと音をたてた。
「何かしら」
エタはつぶやいた。また、黄金の光がこちらに向かってくる。今度は、さっきよりもずっとゆっくりだった。エタはその光をじっと目で追った。光はだんだんとエタのところに近づいてくる。そして、目の前で光が止まったかと思うと、エタは目を疑った。黄金のライオンだった。
エタは声が出せなかった。ライオンの目は、あまりに大きく見開かれ、赤く血走り、たてがみはとげとげに立っていたからだ。牙はむき出しで、歯茎のピンクがやたらに濃く、鮮やかだった。
「何をしている」
ライオンは、うなりながら言った。エタは、喉まで声が出ているものの、それ以上何も出来なかった。恐怖感だけが、エタの思考を支配していた。ようやく11歳になろうかという少女に、このライオンの形相はあまりに恐ろしかった。
「早く来い。早くしないと亡くなってしまう」
ライオンは早口にそう言うと、無理やりエタを背中に乗せ、またさっきのような猛スピードで平原を駆け抜けた。
風があまりに強く顔に当たるので、エタは目を開けていられなかった。必死の思いでライオンのたてがみを握り、身体中を強張らせていた。黄金の塊は、草原を横切った。枯れ草がちぎれて飛び散った。エタは気を失ってしまった。