第16話
魔女の小屋を出て、浜辺に行くと、そこにさっきの潮を吹いていたくじらのような生き物がいた。魔女が言った。
「アラン、この娘を乗せていっておあげ」
アランと呼ばれた生き物は、返事をするかのように潮を噴き上げた。
「岩山のふもとの浜辺につくまで、死んだら承知しないよ」
アランはまた潮を吹いた。エタは、魔女の顔を見た。魔女はにやりと笑って言った。
「お聞き。 岩山のふもとに着いたら、今度は青いやぎがいるはずさ。 名前をユーラという。 あんたを乗せて、枯れた森の入り口まで運んでくれるはずさ」
エタは、小さな声でありがとうと言った。魔女は、また頭を撫でてくれた。そして、すぐにアランに乗るように言った。エタはうなずき、潮を吹くアランのもとへ向かった。
「アラン、よろしくね」
「早く乗りなさいな」
アランは地響きのような声をたてて、エタに三本の角を向けた。エタはそのうちの一本の角につかまり、何とかアランの背中に座った。魔女が浜辺でこちらを見ていた。エタはその姿に向かって手を振った。
アランが浜辺から遠ざかり始めた。エタは、魔女が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けた。
波が荒かった。エタは何度も水しぶきが顔に振りかかり、その度に息を止めなくてはならなかった。水は塩辛かった。水を飲み込みそうになっては、ぺっぺっと吐き出した。
「アラン、岩山まではどのくらいなの」
「そうさねえ、まだ半分くらいかねえ」
「急がないと女王様が死んでしまうの」
「それは私にもどうにもできないねえ。 何せこの世界は広いから。 娘さん、あんたが魔女の小島まで無事にやって来られただけでもありがたいのさ」
エタはうん、とうなずいた。自分は何と無力だろうと思った。腕の傷はまったく痛まなかった。手足の感覚がないように思われた。アランは潮を噴き噴き、岩山へ泳いだ。エタは、水平線の向こうに岩山が現れるのをじっと待った。
何時間泳いだだろうか。夕焼けが迫っていた。アランは声をあげた。
「もうすぐだよ。 娘さん」
エタは、顔をぐっと上げた。水平線の向こうに、ごつごつした岩山が現れた。夕日のせいで、かすかに赤く染まっていた。ふと、角を握っていた自分の手を見ると、夕焼けの色とは対照的に、ひどく青ざめていた。ちょうど、ティナの手のように。
「さあ、お行きなさいな。 あそこで青いやぎが待っているよ」
アランは崖の下まで来ると、エタに降りるように言った。崖のところに、青いやぎが待ち構えていた。空色のくれよんで塗りたくったように青いやぎだった。エタが降りようとして、角から手を離したとき、アランの角の表面がはぎ取れてしまった。はぎ取られた角の表面は、かりかりに干からびて、海の中へ落ちた。アランの残った角から、真っ赤な色が透けて見えた。アランは声色も何一つ変えずに言った。
「お気をつけて」
アランはエタが降りたのを確認すると、潮を噴き上げて、沖の方へ行ってしまった。そのとき、エタは、アランの頭から、角がぽろりと落ちる瞬間を目にした。
「死んでしまうのかしら」
エタはつぶやいた。すると、青いやぎがエタのそばに寄って来た。
「乗って」
やぎはエタを無理やり背中に乗せると、一気に断崖の絶壁を駆け上った。エタは目をつむった。あまりに速すぎて、目を開けていられなかった。