第13話
エタとふくろうが、ふわふわと海の上空を浮かんでいる一方で、水平線の奥では、夜が明けつつあった。
「魔女」
エタがそうつぶやくと、吸い寄せはますます強くなり、あっという間に島にたどりついてしまった。島は、木々の緑も花の色もなかった。モノクロの世界だった。
2人は乱暴に地面に叩きつけられた。エタは一瞬息が止まった。ふくろうは動かない。エタはその身体に手を伸ばした。冷たい。
「いやよ」
エタは首を振った。信じたくなかった。今まで空を一緒に来たのに。
「よく来たね」
後ろから声がした。エタはゆっくり振り返った。
「魔女」
「薬を取りにきたんだろう」
エタはうなずいた。魔女は、おとぎばなしに出てくるような魔女ではなかった。真っ黒な服ではなく、真っ白な服を着ていた。ちょうど、ティナと同じような、真っ白な服だった。
「あんたにゃやれないよ」
魔女は冷たく言い放った。
「どうして?」
「生きることを捨てたあんたにゃ、生きるための薬は渡せない」
「生きること?」
魔女は、横たわるふくろうの身体に触れた。ふくろうは、みるみるうちに羽根の柔らかさを取り戻し、その目をぱちりと開いた。そして、一声鳴くと、飛び上がって海の向こうへ消えていった。エタは、夢見心地でその一部始終を見ていた。
「あいつにゃ生きる意志がある。 でもあんたにゃそれがない」
魔女はエタの腕の傷に触れた。傷から、みるみるうちに真っ赤なものがあふれてくる。エタは、身体中の痛みを感じた。
「生きているわ」
エタがつぶやいたとき、魔女は大笑いした。
「生きているって? バカはおやめ。 そんな大量の体液を流して、よく能天気なことが言えるよ。 やはりあんたにゃ薬は渡せないね」
波が島に打ち寄せた。しぶきがエタにも魔女にも振りかかった。
「自分を傷つけて、笑顔すら失って、何が『生きている』だい。 生きる意志がないから、あたしの力でもあんたの傷を治せなかった。 ふくろうのオヤジは、生きる意志があったから、死んでもまた生き返ってふくろうに戻ったんだ」
魔女は、とても高い鼻をしていた。目はひどくくぼんでいた。真っ黒な爪で、エタの赤毛をくるくるといじった。
「自分で髪を切り落としたかい。 それであたしの気が済むと思ったら大間違いだよ」
「どういうこと?」
エタは尋ねた。魔女はまた大笑いをした。びりびりと、その声の振動がエタにも伝わった。
「相手をいたわる気持ちはあるみたいだね。 でもそれじゃダメだ」
魔女は、懐から小さな瓶を取り出した。
「これが女王の病気の薬だよ。 …欲しいかい?」
エタは勢いよくうなずいてみせた。しかし、魔女はまたにやりと笑った。とても冷たい笑みだった。エタは寒気を覚えた。
「自分をいたわる気持ちがないのなら、やれないね」
「自分を?」
魔女は薬の瓶を、また懐にしまった。真っ黒な爪で、自分の鼻先をいじりながら言った。
「この薬に、あと一つ加えなけりゃならんものがある」
「何?」
「人間の血さ」
エタは息を呑んだ。人間の血?
「それも、生きる希望に満ちた人間の、ね。 あんたは自分をいたわれないから、生きていく気持ちもない。 きっとこの場で死んでも、あんたにゃ後悔はないだろうねえ」
「自分をいたわるって?」
魔女は眉間にしわを寄せた。
「そんなこともわからないのかい。 この小娘が」
エタは小さくうなずいた。魔女は、エタの腕を無理やり引っ張ると、着いてくるようにあごで促した。エタは黙って、引っ張られるがままに歩いていった。