第11話
「どうしたのかね」
辺りがすっかり暗くなり、エタが東へ向かう途中で、しゃがれた声がした。エタは立ち止まり、辺り一面をぐるりと見回した。木のうろの中に、一匹の鳥がいた。真っ白な色をしたふくろうだった。
「女王の命が尽きようとしている。 そっちには何もありゃあせんよ」
「いいえ、きっと何かあるわ。 女王様の薬を探すの」
ふくろうは、大声で笑った。森じゅうにその声が響いた。木々の枝も、エタの長い赤毛も揺れた。
「あの魔女に頼むというのかい?」
「魔女?」
「あんな意地悪な女、ただで薬を渡すとは思えんが」
ふくろうはそう言って、エタの目の前に舞い降りた。エタの胸まである、大きなふくろうだった。目はぎょろぎょろして、何度も瞳が目の中を回った。
「その魔女が、薬を持っているの?」
「あの女に不可能はないからのう。 わしの右目を治したのもあの女じゃ」
ふくろうは右目をぐるぐる回した。左目と色が違っていた。左目は茶色の瞳。右目は青い瞳だった。エタはその瞳の色を見比べながら尋ねた。
「どこに行けば会えるの?」
「東の果ての海に、小さな小島が浮かんでおる。 その小島にある、これまた小さな小屋じゃ」
エタは、その小島まで連れて行ってと頼んだ。ふくろうはうなずいてくれなかった。
「わしの命はもう短い。 せめて、この森で死なせておくれ」
ふくろうがそう言ったとき、目の前に小さな男の子が現れた。ふくろうは、その男の子を見て、呆れたように言った。
「また来おったか。 おまえにやるものなど、もうないよ」
男の子は、頭がつるりと禿げていた。ところどころに、青白い線が浮き出ている。エタは身震いした。
「髪をおくれよ!」
「小僧、その手にあるのは何じゃ?」
「これだけじゃ足りないんだ」
男の子は、長い髪の毛の束を持っていた。馬の尻尾のようだった。かすかに、付け根の部分に赤いどろどろした液体が染み付いていた。
「あの馬の尾をちぎったか。 何とむごいことをする奴じゃ」
「女王がこの世界を捨てたんだ。 だから、僕も、パパもママも、みんな髪の毛が抜け落ちちゃったんだ」
エタは、女王様の存在が、いかに重要なのかを感じた。女王様の命が尽きようとしている。ただそれだけで、生き物の命はなくなり、この男の子も、その家族も、髪の毛を失った。きっと、死ぬのも時間の問題なのだろう。
「女王はもうだめじゃ。 じきにこの世界も消える」
ふくろうは皮肉を込めて言った。男の子は、勢いよくふくろうの尻尾にしがみついた。
「おまえの毛を抜いてやる。 そして、僕の頭に入れるんだ」
男の子はぐいぐいとふくろうの尻尾を引っ張った。ふくろうは痛みの声をあげた。森に、ふくろうの悲痛な鳴き声がこだました。エタはたまらず叫んだ。
「やめなさい!」
ふくろうも男の子も、エタの方を見た。エタは、自分の赤毛をゆらゆらさせて言った。
「私のをあげる。 だから、ふくろうさんに手を出さないで」
そう言って、ポケットからナイフを取り出し、赤毛の束を切った。ざくっと音をたて、地面に赤い長い毛がはらはら落ちた。男の子は嬉しそうに駆け寄り、その赤毛の束を受け取った。つやつやと光り、それは柔らかく波打った。
「もう行くのよ」
エタはかすれた声で男の子に言い聞かせた。男の子はうなずき、近くの茂みにもぐりこみ、姿を消した。ふくろうは、無残に髪の毛を切り落としたエタを見た。エタは、今にも泣き出しそうだった。
「どうして泣くのか」
「この赤毛、私のたった一つの自慢だったのよ」
ぼろぼろ涙を落とした。ふくろうは、目を地面にやった。真っ赤な毛が、ばらばらになって地面を覆っている。
「魔女の島へ連れて行ってやろう」
ふくろうは意を決したように言った。エタは目を見開いてふくろうを見た。
「本当に?」
「乗りなさい」
そう言って、ふくろうはエタに背を向けた。エタは、そっとその背中にしがみついた。ふわふわの羽根が、エタの身体に触れた。考える間もなく、エタは宙に舞い上がっていた。
ふくろうは、羽音を立てて、森から遠ざかった。下を見ると、森はすっかり枯れはてていた。木々の腐る音がした。ぱきぱきと、枝が落ちる音がした。エタは、短くなった赤毛を触った。そうしてまた泣いた。ふくろうは、エタが泣いているのに気付いていたが、何も言わなかった。