第1話
エタは、赤毛のきれいな少女だった。腰まで伸びた赤毛を、丁寧に編んで、三つ編みにしていた。勉強も、運動も、何一つ特別秀でたものがなかったエタにとって、唯一自慢できるものが、この赤毛だった。
「ねえ、お母さん。 私の髪の毛、きれい?」
エタは決まって毎朝お母さんに尋ねた。お母さんは、毎朝、エタの髪の毛を編むときに、静かに微笑んで言ったものだった。
「世界で一番きれいよ」
ある朝、エタのお母さんは言った。
「あなたの10歳の誕生日には、可愛らしい髪飾りを買ってあげるわ」
しかし、お母さんは、エタが10歳になる一週間ばかり前に、病気で死んでしまった。もともと身体が弱かったのだと、お父さんも、周りの人も言った。エタは、一滴の涙もこぼさなかった。お母さんの死に顔は、あまりにきれいだったから。髪はつややかで、ほっぺたは薔薇色だった。エタは、今すぐこの長い箱の中からお母さんが起き上がり、毎朝のように、エタの髪の毛をくしけずり、編んでくれるのだと信じていた。もちろん、そんなことは起こるはずもなく、お母さんは、土の下で、小さな生き物たちに食べられて、溶かされてしまった。
お母さんが土の中の住人になってから、エタは笑わなくなった。髪飾りを買う約束を忘れ、お母さんは遠い国へ旅行に行ってしまったのだと思った。やはり涙は出なかった。胸の中で、どろどろしたものが、ゆっくりと円を描いていた。
お母さんがいなくなり、1年がたった。エタは、もうすぐ11歳になるところだった。家から離れた林の中の小道を散歩していた。誰とも遊ばず、1人でこうしていることが好きだった。誰とも口を聞かなくていいし、自分の思うがままにできるからだ。
林を抜けると、大きな原っぱがある。そこには小さな黄色い花が咲いていて、春には蝶々が踊るのだ。エタは、原っぱに寝転んだ。柔らかな風が、エタの赤毛をゆらゆらさせた。編んでくれる人がいなくなってから、エタは、三つ編みにせず、いつも腰のところに髪の毛を垂らしていた。くしを入れてくれる人もいない。お父さんは、お母さんがいなくなってから、死に物狂いで働くようになった。エタは、1人ぼっちだと思った。自分が本当に生きているのか、分からなくなった。
ポケットから、小さなナイフを取り出した。エタは、最近、いつでもナイフを持ち歩いていた。そして時折、自分が生きているか分からなくなると、腕でも、足でも、どこかに傷を作る癖になっていた。赤いとろりとしたものが流れ出すと、痛みが身体中を突き抜けて、ようやく、エタは自分が生きていることを理解できるのだった。今も、エタは、自分の腕にナイフの尖った刃を当てた。真っ赤なものが流れ出す。エタは、それを見て、身体中の痛みを感じた。
「生きているわ」
エタはつぶやいた。赤い液体に手を触れた。確かに、自分の身体の一部だ。エタはもう一度つぶやいた。
「私はちゃんと生きているわ」
そして、眠りに落ちた。日差しが優しく、風が心地よかった。