表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

最後の誕生日

作者: ミオ
掲載日:2026/07/21

「今年の誕生日は、何がいい?」


夫にそう聞かれて、妻は少し考えた。


「うーん……家族でご飯食べられればいいかな」


離婚が決まっていた。


正確には、あと半年。


子どもの卒業を待って、その後に離婚する。


そういう約束だった。


妻は、離婚すること自体にはまだ現実感がなかった。


半年後の話だと思っていた。


だから、その日の誕生日も、いつもと同じように過ぎていくものだと思っていた。


夫が予約した店で、家族四人で食事をした。


子どもたちからプレゼントをもらい、夫からも小さな箱を渡された。


「ありがとう」


妻は笑った。


「来年も、またこうやって祝えたらいいね」


何気なく言った言葉だった。


夫は一瞬だけ黙った。


「……」


返事はない。

それから、いつものように笑った。


妻は気づかなかった。



夫は、その日を特別な日にしていた。


家族で祝う、妻の最後の誕生日。


来年の誕生日には、もう自分は夫ではない。


子どもたちが母親の誕生日を祝うことはあるかもしれない。


けれど、四人で食卓を囲み、夫として妻の誕生日を祝うことは、もう二度とない。


だから、店を選んだ。


だから、プレゼントを買った。


だから、写真も撮った。


妻は何も知らずに笑っていた。


「来年はどこ行こうか」


帰りの車の中で、妻が言った。


「誕生日。来年は旅行とかもいいよね」


夫はハンドルを握ったまま、前を見ていた。


「……」


返事はなかった。


妻は、来年の予定を考えていた。


夫は、最後の思い出を胸にしまっていた。


同じ車の中にいるのに、二人が見ている未来は、もう違っていた。


その夜、妻はもらったプレゼントを眺めながら眠った。


来年も、きっと祝ってもらえる。


来年も、家族で笑える。


そう思っていた。


一方、夫は一人で写真を見返していた。


今日の妻の笑顔。


子どもたちの笑顔。


そして、自分の笑顔。


写真の中では、まだ家族だった。


夫はスマートフォンの画面を消した。


「終わった」


小さく呟いた。


妻は、来年も続くと思っていた。


夫は、これが最後だと知っていた。


同じ誕生日を祝っていたのに。


妻にとっては、未来へ続く一日。


夫にとっては、過去になる一日だった。


そして半年後。


離婚届に名前を書いたとき、妻は初めて気づいた。


あの誕生日が、本当に最後だったのだと。


あの日、夫が少しだけ寂しそうに笑っていたことを。


「来年も出来たらいいね」と言ったとき、夫がすぐに答えなかったことを。


けれど、もう遅かった。


あの誕生日は、もう二度と戻ってこない。


妻が「来年も」と思っていたその日を、


夫は「最後」として、心の中にしまっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ