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名前も存在もない俺だけが、世界を書き換えられる件 ―観測されない男は、すべての記録を上書きする  作者: 空城ライド


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第9話 増えた対象

 増えた。


 その一言だけで、嫌な予感は十分だった。


「……複数、って」

 ミハイルの声が震える。

「何人いるんですか」


「数までは書いてない」

 俺は台帳を見たまま答える。

「だが、一人じゃない」


 さっきまでは“対象”だった。

 今は“対象群”だ。


 単純に、面倒が増えた。


「やめましょう」

 ミハイルが言う。

「これはもう、明らかに危ない方向です」


「もう遅い」

 俺は短く言った。


 台帳の文字は消えない。

 未処理のまま放置すれば、さっきと同じことになる。


 勝手に進む。


 しかも今回は、規模が違う。


「……じゃあ、全部やるんですか」

「全部は無理だ」


 即答だった。


「じゃあどうするんです」

「絞る」


 それしかない。


 すべてを処理するのは無理だ。

 なら、優先順位をつける。


「……基準は」

 ミハイルが聞く。


 少し考える。


「影響の大きさ」

「影響?」

「放置した場合、どれだけ広がるか」


 役所的な考え方だ。

 問題は、波及するものから潰す。


「……なるほど」

 ミハイルが頷く。

「じゃあ、まずは一番危ないやつから」


「そういうことだ」


 俺は台帳を閉じた。


「だが、その前に」


 視線を上げる。


 黒い外套の男。


 まだそこにいる。


「お前だ」

 俺は言った。


「俺か」

「そうだ」


 さっき改訂した対象。

 まだ完全に安定していない。


「まずは、お前を固定する」


 男は少しだけ目を細めた。


「優先順位か」

「そうだ」


「合理的だな」


 褒められているのかはわからない。


 だが、間違ってはいない。


「……固定って、どうやるんですか」

 ミハイルが聞く。


「さっきと同じだ」

「でも、さっきは“曖昧にした”だけですよね」


 その通りだ。


 だから今回は。


「もう一段、寄せる」


 ペンを取る。


 台帳ではない。

 現実の記録でもない。


 その中間。


 さっきよりも、深い場所へ。


「……来るぞ」


 男が小さく言った。


 ペン先を動かす。


 男の状態。


 曖昧だったそれを、少しだけ“固定”へ寄せる。


 その瞬間。


 負荷が来る。


「……っ」


 さっきより重い。


 明らかに。


 頭の奥がきしむ。


「無理するな」

 男の声が聞こえる。


「……黙ってろ」


 ペンを押し込む。


 意味を、定着させる。


 揺れていた状態が、少しずつ落ち着く。


 曖昧から、安定へ。


「……いける」


 あと少し。


 押し込む。


 その瞬間。


 視界が白く弾けた。


「っ――!」


 手が震える。


 ペンが落ちそうになる。


 だが、離さない。


 最後まで。


 押し込む。


 そして。


 ペンを離した。


 静寂。


「……どうだ」

 男が言う。


 俺はゆっくりと息を吐く。


「……固定した」


 男は目を閉じ、数秒だけ動かない。


 やがて、ゆっくりと目を開ける。


「……なるほど」


 その声は、さっきよりもはっきりしていた。


「揺れが消えた」


 成功だ。


 だが。


「……代償は」

 俺が聞く。


 男は少しだけ考えた。


「重くなった」


「何が」

「存在が」


 予想通りだ。


 軽い状態から、重い状態へ。


 曖昧から、確定へ。


 その分、自由度は下がる。


「……まあ、そうなるか」


 俺は頷いた。


 そのとき。


 ミハイルが、小さく声を上げた。


「……あれ」


「どうした」

「なんか……見えます」


「何が」

「その人」


 黒い外套の男を指す。


「さっきより、はっきり」


 男がミハイルを見る。


 その視線が、交差する。


「……認識されたか」

 男が言う。


「固定された分、観測しやすくなった」


 なるほど。


 曖昧な存在は見えにくい。

 固定されると、見えやすくなる。


「……つまり」

 ミハイルが言う。

「さっきより普通の人に近づいた?」


「そうだな」

 俺が答える。

「少なくとも、“いる”扱いにはなる」


「それは、いいことなんですか」


 少しだけ考える。


「状況次第だな」


 曖昧なままの方が安全な場合もある。


 だが今回は。


「少なくとも、今は必要だ」


 次に進むために。


 台帳を開く。


 新しい文字が、増えている。


 ――対象改訂:安定化成功。


 そして。


 その下。


 ――残対象:三件。


「……三件か」


 思ったより少ない。


 だが、楽観はできない。


「次は?」

 ミハイルが聞く。


「一番近いのからやる」


 台帳の文字を追う。


 対象の一つ。


 その場所。


 見覚えがある。


「……上の階だな」


 ついさっきまでいた場所。


 騒ぎがあった場所。


「またですか」

 ミハイルが顔をしかめる。


「効率がいい」

「精神的には最悪です」


 それもそうだ。


「……行くぞ」


 俺は立ち上がる。


 さっきより、体が重い。


 だが、動ける。


 階段へ向かう。


 その途中で。


 ふと、違和感が走る。


「……ん?」


「どうしました」

 ミハイルが聞く。


 俺は少しだけ立ち止まる。


 何かが、引っかかる。


 台帳ではない。


 もっと直接的な。


 視線。


「……誰かいるな」


 ミハイルが振り返る。


「え?」


 階段の上。


 薄暗い影の中に。


 人影があった。


「……あ」


 ミハイルが小さく声を上げる。


「女の人……?」


 確かに。


 人影は、女性だった。


 静かに立っている。


 こちらを見ている。


 逃げる様子も、隠れる様子もない。


「……誰だ」


 俺が言う。


 女は、少しだけ首を傾げた。


 そして。


「あなた」


 はっきりと、言った。


「アーカス、でしょ?」


 心臓が、一拍遅れた。


 ミハイルが振り向く。


「え?」


 だが。


 今度は違う。


 その女の視線は、ぶれない。


 最初から、最後まで。


 まっすぐに、俺を見ている。


「……どうして知ってる」


 俺が聞く。


 女は、少しだけ笑った。


「最初から、見えてるから」


 その一言で。


 空気が、変わった。


 これは。


 さっきまでとは、違う。


「やっと見つけた」


 女が言う。


「ずっと探してたんだよ」


 その言葉は。


 妙に重かった。


 そして。


 嫌な予感がした。


 これは。


 ただの“対象”じゃない。

読んでいただきありがとうございます。


 少しずつ処理していたはずの問題が、別の形で広がり始めました。

 そして、ついに“最初から見えている存在”が登場です。


 ここから一気に物語の質が変わります。

 続きが気になったら、ぜひブックマークや評価で応援してもらえると嬉しいです。

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