第10話 最初から見えている存在
「やっと見つけた」
女はそう言った。
軽い言い方だったが、その中身は軽くない。
“見つけた”という言葉には、前提がある。
探していた、という前提が。
「……誰だ」
俺はもう一度聞く。
女は階段を一段、降りてきた。
足音が妙に静かだ。
「名前、言った方がいい?」
「言わなくていい」
即答した。
どうせ覚えられない。
――そう思っていた。
「リゼ」
女は勝手に名乗った。
「リゼ・アーシュ」
そして。
「覚えてね」
笑う。
ミハイルが隣で固まっている。
「え、あの……」
「あなたも見えてるよ」
リゼは軽く言った。
「でも、ちょっとぼやけてる」
「ぼやけて……?」
ミハイルが戸惑う。
「観測が足りてないんだと思う」
リゼはあっさり言う。
その言い方は、慣れている。
“この現象”に。
「……どうして見える」
俺が聞く。
リゼは少しだけ考えてから、肩をすくめた。
「昔から」
「理由は」
「知らない」
軽い。
だが、嘘ではない顔だ。
「気づいたら見えてた」
「他にもいるのか」
「いないね」
即答だった。
「少なくとも、この建物には」
つまり。
例外。
「……便利だな」
「でしょ?」
軽く言う。
だが、その“便利”が何を意味するかは、まだわからない。
「……で、何の用だ」
俺は本題に戻す。
リゼは一歩近づいた。
視線が、ずっと外れない。
「仕事の話」
「どっちの?」
「あなたの」
少しだけ、背筋が冷える。
「……何を知ってる」
「だいたい」
曖昧な答え。
だが、外れてはいない。
「さっきのも見てたよ」
リゼは言う。
「上の階のやつ」
「……どこまで」
「全部」
ミハイルが息を呑む。
「死亡扱いにして、戻して」
リゼは指を折りながら言う。
「精度が上がって、対象が増えて」
そして。
「今、次の対象に行こうとしてる」
完全に把握している。
「……監視か」
「違うよ」
リゼは首を振る。
「観測」
その言葉は、あの男と同じだった。
「でも、あの人とは違う」
リゼは続ける。
「私は“記録する側”じゃない」
「じゃあ何だ」
「見てるだけ」
それだけ、と言う。
だが、それはそれで厄介だ。
「……で、何がしたい」
俺は言う。
リゼは少しだけ間を置いた。
「止めたい」
「何を」
「それ」
俺を指さす。
「その改訂」
ミハイルが小さく声を上げた。
「えっ」
「理由は」
俺は聞く。
「広がるから」
短い答えだった。
「今は軽微だけど」
「……軽微じゃない」
「そうだね」
リゼはあっさり認めた。
「だから、止めるべき」
「……無理だな」
俺は言った。
「もう始まってる」
台帳は止まらない。
対象は増える。
やらなければ、勝手に進む。
「知ってる」
リゼは頷いた。
「だから、やり方を変える」
「変える?」
「うん」
リゼは俺を見る。
「そのまま続けたら、あなた壊れるよ」
ミハイルがびくりとする。
「……壊れる?」
「負荷、見えてる」
リゼは言う。
「さっきから増えてる」
俺は少しだけ目を細めた。
自覚はある。
重くなっている。
確実に。
「だから?」
「分散する」
「分散?」
「そう」
リゼは軽く言った。
「一人でやらない」
その発想は、なかった。
「……できるのか」
「できる」
即答だった。
「観測を使う」
「観測で?」
「あなたが全部やるから重い」
リゼは言う。
「なら、他にも持たせればいい」
「誰に」
「例えば」
リゼがミハイルを見る。
「え、俺!?」
ミハイルが素っ頓狂な声を出す。
「無理です無理です無理です!」
「無理じゃないよ」
「いや絶対無理ですって!」
軽くやり取りしているが、内容は重い。
「……どうやる」
俺は聞く。
リゼは少しだけ考えてから言った。
「名前」
「名前?」
「そう」
リゼは頷く。
「さっき、覚えさせたでしょ」
アーカス。
ミハイルが覚えた。
「それが“接点”になる」
「……なるほど」
完全に理解はしていない。
だが、理屈は通っている気がする。
「観測は、繋がる」
リゼは言う。
「繋がれば、分けられる」
「……リスクは」
「あるよ」
あっさり言う。
「でも、今よりはマシ」
それも、たぶん事実だ。
俺は少しだけ考えた。
選択肢は三つ。
一人で続ける。
やめる(できない)。
分散する。
「……やるか」
小さく呟く。
ミハイルが振り向く。
「本気ですか」
「このままは無理だ」
「それはそうですけど……」
リゼが笑う。
「大丈夫だよ」
「どこがですか!」
「たぶん」
適当だ。
だが、不思議と嫌ではない。
「……どうすればいい」
俺は聞く。
リゼは一歩近づく。
「簡単」
そして。
「名前、もう一回言って」
ミハイルを見る。
「え?」
「アーカス」
その瞬間。
空気が、少しだけ歪んだ。
「……っ」
ミハイルが頭を押さえる。
「大丈夫か」
「ちょっと……痛いです」
リゼはそれを見て、頷く。
「繋がった」
「……何が」
「負荷」
軽く言う。
だが。
確かに。
さっきより軽い。
「……本当か」
俺は自分の感覚を確かめる。
重さが、分散されている。
完全ではないが、確かに。
「……なるほど」
これなら。
続けられる。
だが。
「……その分」
ミハイルを見る。
「お前に来るぞ」
「来てます!」
即答だった。
「でも……」
少しだけ笑う。
「さっきよりは、マシです」
その一言が、妙に重かった。
「……悪いな」
「今さらです」
軽く返す。
少しだけ、関係が変わった気がした。
そのとき。
台帳が、また震えた。
「……来たな」
開く。
文字が変わる。
――負荷分散:成立。
その下。
――次対象:更新。
「……更新?」
見た瞬間。
嫌な予感が走る。
名前。
場所。
そして。
その内容。
「……おい」
ミハイルが覗き込む。
「何ですか」
俺はゆっくりと言った。
「今度は……場所が違う」
「え?」
「この建物じゃない」
リゼが目を細める。
「……外?」
「たぶんな」
つまり。
範囲が広がった。
「……終わらないな」
誰に言うでもなく、呟く。
リゼが笑う。
「だから言ったでしょ」
「何を」
「広がるって」
その通りだった。
これは。
もう、止まらない。
読んでいただきありがとうございます。
ついに“協力”と“拡張”が始まりました。
一人ではなくなった代わりに、世界が広がり始めています。
ここから物語は一段スケールが上がります。
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