プリズン編第五章 自由と闇
■ 自由時間 ― セクターCの余白
セクターCに上がってから、自由時間はほんの少しだけ伸びた。
だが、その数十分は、俺たちにとっては金より重い。
中庭の端。
以前よりも看守の視線が散っている。
「時間、無駄にするな」
俺の一言で、四人は自然に距離を取りつつ、動き始めた。
■ ハウンド ― 土木作業の成果
俺はポケットの奥を確かめる。
冷たい金属の感触。
――超小型電動ドリル。
土木作業場で、壊れた木製家具の修理に使われていたものだ。
本来は廃棄予定だった。
「動くかどうか分からない」
そう言われて、
俺は“たまたま”持ち帰った。
自由時間の隙に、壁の影でスイッチを入れる。
……ウィィン。
音は小さい。
驚くほど小さい。
「……いけるな」
金属板、ボルト、錆びた固定具。
通気口、壁、床。
脱獄に必要な“最初の一穴”を開けるには、十分だ。
■ ファルコン ― 清掃が暴く境界
少し離れた場所で、
ファルコンが床を磨くふりをしながら、俺に近づく。
「ハウンド……見つけた」
声が震えているが、目は真剣だ。
「セクターCとBの境目に、
使われてないトイレがある」
「トイレ?」
「ああ。ボロボロで、誰も使わない。
配管も壊れてる」
俺は息を潜める。
「で、だ」
ファルコンは続けた。
「便器の裏。
……壁が空洞なんだ」
「空洞?」
「掃除中に音が違った。
しかも、奥に――」
言葉を選びながら、彼は言った。
「隠し通路みたいな空間がある」
セクターB。
警備が一気に薄くなる場所。
「繋がってる可能性は?」
「高い。
少なくとも、偶然じゃない」
俺は静かに頷いた。
■ フォックス ― ショップが運ぶ噂
フォックスはショップ担当だ。
自由時間中でも、軽食を買いに来る囚人と接触できる。
彼はパンを一つ齧りながら、俺たちのそばに来た。
「なあ……ちょっとヤバい話、聞いた」
「何だ」
フォックスの声が低くなる。
「セクターDでな、
暴動起こしたり、扇動したり、
脱獄を計画したり、
“しようとしただけ”でも――」
一瞬、間を置く。
「SHUにぶち込まれるらしい」
ファルコンが息を呑む。
「SHU……?」
「独房だ。
最大で5年、短くても3ヶ月」
俺の背中に、冷たいものが走る。
「中は何もねぇ。
ベッドなし。
床に直接寝るだけ」
「……地獄だな」
「しかも、ほぼ隔離。
人と話せない」
フォックスは唇を噛んだ。
「“考えた”だけで連れて行かれることもあるらしい」
――つまり。
「俺たちは、もう境界線の上だ」
俺が言うと、三人とも黙った。
■ シャドウ ― 影が掴む危険な噂
最後に、シャドウが口を開いた。
「俺からもある」
声はいつも通り、落ち着いている。
「衣類作業部屋の隣……
使われてない区画がある」
「倉庫か?」
「いや」
彼は首を振った。
「武器庫だ」
空気が一気に張り詰める。
「昔使われてたらしい。
今は封鎖扱いだが――」
シャドウは目を細める。
「まだ使える武器が残ってるかもしれないって噂だ」
「本当か?」
「確証はない。
だが、“誰も近づかない理由”はある」
俺は即座に言った。
「触るな」
シャドウがこちらを見る。
「今はまだだ。
武器は最終手段だ」
SHU。
独房。
五年。
「一歩間違えれば、計画はそこで終わる」
■ 共有 ― そして判断
自由時間の終わりを告げる合図が鳴る。
俺たちは、短く情報をまとめた。
超小型電動ドリル(静音・使用可能)
セクターCとBの境目のボロボロトイレ
そこにある隠し通路の可能性
SHUという“最悪の結末”
使われていない武器庫の噂
「出口は増えた」
俺は言った。
「だが、同時に地雷も増えた」
フォックスが拳を握る。
「じゃあ、どうする?」
「慎重に進む」
俺は断言した。
「音を立てない。
疑われない。
SHUには絶対に行かない」
ファルコンが静かに頷いた。
「まずは、トイレの通路だな」
「だな」
俺は夜の天井を見上げた。
自由が伸びるほど、
檻は巧妙になる。
だが――
脱獄の輪郭は、もうはっきり見えている。




