6話
たくさん眠った私は、窓から吹き抜けてくる心地の良い風を感じながら瞼をゆっくりと開けた。
いつベッドへと移動したのだろう。
そう思いながら瞼を開けると、太陽の光に反射して、大量の埃が空気中に舞っているのがキラキラと輝いて見えた。
―――――わぁ。太陽に反射して、綺麗。お星さまみたい。
寝ぼけながらそう思っていた私だけれど、次第に脳が覚醒していく。
「いやいやいや……これ、埃!? げほっ、げほっ、うぐっふ……」
思い切り埃を吸い込んでしまい、咳き込みながら体を起き上がらせる。
やばい。気管に入った。
咳が止まらずにしばらく悶絶していた私だが、こちらを見て欠伸をするリヤンの姿を見つけて、目を見開いた。
「お前よくこのゴミ溜めみたいな場所で、寝れるな。窓開けといてやったぞ」
「げほ……ううう……ありがとう」
この埃は酷い。
私は開いている窓の所に行くと、外の空気を思い切り吸って吐いてを繰り返した。
埃がすごすぎる。
私は、リヤンにも手伝ってもらって、部屋の窓という窓を全部開けて、テラスにとりあえず布団と枕と毛布とを外に干した。
小さな手足だとかなりの重労働であり、リヤンがいてよかった。
「昨日の今日で、こき使うじゃないか」
リヤンの愚痴を聞こえないふりをして私は毛布をパンパンと叩いてみた。
埃がキラキラと舞っていく。
こんな状況では、病気になってしまう。自分の部屋だけでもきれいにしなければとそう思った。
――――ぐぅぅぅ。
お腹が盛大になる音が響き渡り、私はお腹をポンっと叩くと言った。
「おなかちゅいた!」
「お前……ご令嬢だろ。一応……」
「そうらしいけど! でもそれはそれこれはこれ!」
ぽんぽこと私がお腹を叩いて見せると、リヤンが顔をひきつらせつつ言った。
「食事が運ばれていたぞ。……俺の知っている令嬢の行動じゃないがな」
「朝ごはん! やった! 今日は運ばれてくる日だったか。令嬢の行動ってわかんないから、それも覚えないとかなぁ」
発語が遅かった私は、令嬢らしい教育も受けさせてもらえなかった。
早々に見限られていた。
以前はそれが胸が苦しくなるほど悲しかった。自分が至らないせいだと泣いていた。
けれど今の私からしてみれば、三歳児で出来ないのなんて当たり前だし、三歳児を見限るってなんだ。
こちとら可能性の塊だぞ!
可能性無限大だわ! という気持ちである。
私はベッドから飛び降りると、短い手足を動かして、朝食を取に向かって歩き出した。
「なぁ、眷属ってなんだよ」
私の横を歩いてついてくるリヤンにそう尋ねられ私は少し悩む。
何と言ったらいいのだろう。
この世界には眷属という概念はないのだろう。
「うーん、何だろう。なんてちゅたえたらいいか、分かんない」
「わからないのかよ……」
「うん」
昔、霊能者の先生には家族のようなものだと教わった。ただ……自分の都合で家族にするのは相手に申し訳ない気がして、一度も眷属を持ったことはなかった。
私は長い廊下を歩きながら、埃の積もった階段を降り、扉の前まで進む。
大きな扉の横にある小窓から差し込まれた朝食を見つめた。
パンと水が置かれていた。
「わぁ! やったぁ。カビてないパンだ」
カビているパンだと、かびている部分をそぎ落とさないとお腹を壊してしまう。
けれどカビている部分を落としてしまうと、食べれる部分が少ししかなくなるのだ。
今日はパン一つまるまる食べられそうで、嬉しかった。
「嬉しい」
私は、その場に座るとパンにかじりついた。
「うぅぅ。むぅぅ。かめにゃい……」
一生懸命に、パンを歯で引きちぎろうとするけれど、固すぎて噛めない。
「嘘だろ……」
「ふぇ?」
リヤンを見上げると、憐れな物を見るかのような視線を向けられた。
「……パン、だけ……」
「ごちそう」
「水……」
「濁ってない!」
「その場で座って食べるのか……」
「椅子が高くて座れないし……床の方が、早いし」
リヤンの瞳が、明らかに私を憐れんでいる。
私はハッとして叫んだ。
「同情しゅるなら金をくれ!」
「……同情というか……金」
そこでリヤンはハッとした顔をする。
私は渾身の物まねが通用しなかったかと思いつつ悪戦苦闘しながらパンを歯で引きちぎろうとする。
「ふむむむむ」
「やめろ。待て。眷属ってのは分からんが……お前、マナー……はぁぁぁ。分かった。俺がお前を立派なレディに育ててやる」
立派なレディ? すでに私は立派なレディだと思うのですが、違いますか?
「ふへ? あ、えっと……別に、だいじょうぶ。リヤン。あのね、眷属嫌になったらとくしゅべもあるから……嫌だったら……言ってね。でも、喰われるのは嫌だから断固拒否しゅるけど」
素直にそう告げると、リヤンは少し考えこんだ後に言った。
「別に暇だしいい。まー。嫌になったら言うわ。そんでお前を喰う」
「喰ったら、嫌」
「はいはい。ちなみにだが、俺の姿は他人に見えるのか?」
「え? うん。私と霊力で繋がっているから、見ることができるお」
「見えるならばやりやすい。ほら、こんなゴミじゃないもの食べに行こうぜ」
ゴミ?
私は目の前のパンを見つめる。
「……でも、あたちここから出られない。鍵しまってるち……」
しょぼんとしなら扉を見ると、リヤンがニッと笑った。
「実体があるなら、俺がお前を担いで窓から外に出ればいいだろ」
「で、でも外にでれても、お金……ない」
貧乏が辛い。
前世では一食三百円で押さえられないかなってコンビニで菓子パンばっかり食べてたな。
飲み物つけるとそれでお金飛んで行っちゃうから……水道水で我慢してたな。
たまのご褒美に飲むジュースが格別美味しくてたまらなかった。
そんなことを思い出していると、リヤンがちょっと待ってろと言って姿を消した。
実体を持てるけれど、消すことも出来る。リヤンはすでにその感覚もマスターしているようで、驚いた。
「ほら、いいものもって来てやったぞ」
「え?」
顔をあげると、リヤンがにやにやと笑いながら小さな子袋を私の手のひらに乗せた。
なんだろうかと中を見ると、中には金貨が入っていた。
「わぁ! わぁ! 大金らぁぁぁ!」
私が驚いてそう言うと、金貨が袋からこぼれ、私は慌ててそれを拾って袋へと戻した。
「どどど、どうちたの!? これ!? 盗んじゃだめでちょ!」
するとリヤンは肩をすくめた。
「盗んでねぇよ。この屋敷にずっと置いてあったやつ。金庫にもめちゃくちゃ入っているぜ」
「えぇぇぇ……うそぉ。しゅごい」
この屋敷は、私が住んでいるし。
うん……うん。この三年、美味しい物とは無縁に生きて来たし……。
私はお金に向かって拝んだ。
「大切に使わせていただきましゅ」
「よし、決まりだな」
そう言うと、リヤンは私のことを抱き上げた。そしてぎょっとした顔で私を見る。
「お前……ちょっと軽すぎやしないか……」
「三歳でしゅから」
「……いや、お前どうみても栄養失調じゃないか」
まぁ……ほぼほぼ放置で生きてきたから。
「なんだろうか。この感情は」
「ふぇ?」
「美味しい物、食べようぜ」
可哀そうな物を見るかのような視線。私はそれにちょっとむっとしながらも、美味しい物という言葉に、よだれを拭いた。
「じゅるり。楽しみ」
リヤンは私を抱きかかえたまま歩き出した。




