39話
「今……何が」
エトワール殿下とルディウス殿下が呆然としている。
二人の瞳から、涙が一粒零れ落ちていく。
二人はそれを慌てて拭い、驚いたような顔を浮かべた。
「……メアリー姉様……」
「な、なんだ?」
エトワール殿下は、ロケットペンダントを拾いそれをぎゅっと抱きしめた。
「……メアリーお姉様が、助けてくれたのか」
「何を。人は死ねば天へ召される。傍にいるわけがない」
「……いいや……きっとそうだ」
ぎゅっとロケットペンダントを握り締めるエトワール殿下。
ルディウス殿下は唇を噛むと、小さく息をついてから姿勢を正した。
「それよりも、あの竜は?」
私達は母竜の方へと視線を向ける。
今、卵の周囲に集まって張り付いていた怨念の類の殻は全て消し去った。
残ったのはつるぴか卵だけ。
けれど。
「あの卵は、いちゅからあそこにあるのでしゅか?」
私がそう尋ねると、ルディウス殿下が答えた。
「王国の建国時からだから、二百年は、経つ」
「二百年……」
私は母竜の声を思い出す。
卵が孵るのは、百年。
それをもう、とうに過ぎてしまっている。
何より、あれだけの瘴気を放つ存在であったモノが、孵るわけはない。
『私の卵。さぁ。頑張って』
母竜の声が響く。
その声に、私の胸はぐっと押しつぶされそうだ。
だが、その瞬間、卵にヒビが入り始めた。
「……うしょ……卵が」
孵るのか? 竜の卵だから、特別製なのだろうか。
私達は固唾をのんでそれを見つめていた。
殻にひびが入り、そしてそれが広がっていく。
そして……まるで弾けるように卵が割れた。
「あ……」
割れた瞬間に、塵と成って、空気中に霧散していく。
母竜は、何もない空間をじっと見つめた。
「やはり。孵ることはなかったか……」
「そんな……」
ルディウス殿下とエトワール殿下の声が静かに聞こえた。
母竜は、じっと卵のあった場所を見つめ、そしてそれに歩み寄った。
私はその光景をじっと見つめていた。
キラキラとしたまばゆい光に包まれる、可愛らしい、生まれたばかりの小さな竜。
まるでおとぎ話のような、光景だった。
母竜は我が子の鼻先にすり寄り二人は寄り添った。
小竜が、こちらを見た。
『助けてくれてありがとう』
「……遅くなって、ごめんなたい」
そう伝えると、竜が、きゅるると可愛らしい鳴き声を立てた。
そして次の瞬間、小さな竜は母竜のお腹の中へと還っていく。
私はそれを見て、目を丸くした。
『我が子よ。お帰り』
初めて見るその光景に、驚きを隠せずにいると、母竜が言った。
『小さき者よ。こちらへおいで』
私は、母竜に呼ばれて、近くまで歩みよった。
母竜はこちらへと向き直り、私の前に顔を伸ばしてくると優しい声色で話しかけてくる。
『小さき者よ。そなたの名は?』
「あたちは……トトレットでしゅ」
『トトレット。そなたのおかげで、我が子が戻って来た。また百年かけてこの子を温め、そして百年かけてこの子がこの世界に生まれるのを待つとしよう』
嬉しそうに微笑む母竜に、私は尋ねた。
「あの、初めて、見るのでしゅが。竜の子は、光の向こうにはいかないのれしゅか?」
すると、母竜は楽しそうに笑い声をあげた。
『竜は卵を次代に引き継ぎ、天寿を全うしてから、光へと昇るの。それが竜の理』
人間とは、違うのだ。
さすが異世界。ファンタジー。
私はなるほどとうなずくと、竜が言った。
『そなたに免じて、この国を亡ぼすのはやめよう。我が子が戻って来なければ……その娘も殺し、亡ぼしていたがな! はっはっは』
み、ミーナ! 命拾いしたな!
竜は笑っているが、全然、笑い事ではない。
「あ、ありがとうございましゅ」
さすがに王国滅亡とかは避けたい。
そう思っていると、竜が、爪で自らの鱗を一枚剥がし、私に手渡した。
「これは? キラキラ。綺麗」
『おまもりだ』
「ふふふ。ありがとうございましゅ。大切にしましゅね」
太陽にかざしてみると、キラキラと虹色に反射して綺麗だ。
『トトレット。そなたは我が子の恩人。今後何かあれば、いつでも呼びなさい』
「ふぇ?」
呼ぶ?
いや、母竜さんには申し訳ないけれど、王国一瞬で亡ぼせる力のある貴方を、お呼びする何てこと絶対にしない。
私は苦笑いを浮かべた。
「へ、へへへ。えっと、ありがとうございましゅ」
竜は大きな翼をはためかせ、その場から飛び立つ。
『では、またな。トトレット』
「あい! また!」
私はそれを手を振って見送った。
「ばいばーい! ばいばーい!」
竜の姿が見えなくなるまで私は手を振った。
もう二度と会うことはないだろう。
一仕事終えたぜ。早く眠りたーいなんて思いながら後ろを振り返った瞬間、皆が私を見ていた。
「……あれれー。おかしいぞぉ。竜がとんでいっちゃったー」
私は、視線を反らして、口笛を吹くふりをしながら、自分は関係ありませんよーっていう様子でそう呟いてみた。
ルディウス殿下も、エトワール殿下は、残念な物をみるかのような視線でこちらを見ている。
「お前……」
「ココレット嬢……」
やめて。その目、やめてぇ。
ロード神父様は私をキラキラした瞳で見つめている。
「ココレット様」
その目はちょっと気持ち悪いからやめてほしい。
リヤンは……あ、これ楽しんでいるな。
笑ってやがる。
「お嬢様、お疲れ様でございます」
吹き出すのを我慢しているリヤンに、今すぐにでもパンチしたい気持ちが芽生えた。
こっちは満身創痍だぞ!
ちょっとは優しくしろい!




