38話
「エトワール! ミーナ嬢を黙らせろ! 竜を刺激するな!」
ルディウスの声が響き、エトワールはどうにか体を動かすと、ミーナの口を自らの手でふさいだ。
「静かに!」
ミーナはその時になってやっと竜がこちらを睨んでいることに気が付いたのだろう。
その恐ろしい瞳を見て悲鳴を上げた。
「きゃぁぁぁぁぁぁ。ばけものぉぉお。いやぁぁぁぁぁぁ」
「ミーナ嬢! 黙って!」
暴れ、塞ごうとしても上手く塞げない。
『許してはおけぬ。許してはおけぬ! あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ』
竜は地面を踏み鳴らし、その尾が卵の前にあった祈りの乙女の祭壇を粉々に吹き飛ばす。
「きゃあぁぁぁぁぁぁ……あ……」
その瞬間、ミーナは気を失い、エトワールは竜の方を見て固まった。
口から煙が溢れ、こちらを睨みつける瞳は殺気だっていた。
死ぬ……。
「エトワール!」
ルディウスが、エトワールを守るように前に出た。
「兄上!」
エトワールは駄目だと、兄上を傷つけないでくれと手を伸ばした。
竜がその牙を向けようと、大きく口を開いた時。
竜の鼻先を……ひらりと、蝶がかすめていく。
エトワールはそれを見て、スカートを翻し、微笑む姉の姿を、思い出した。
◆◇◆◇
「臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前、滅ちゃれやがれ!」
私が最後の力を込めてそう、叫んだ瞬間だった。
恐ろしい魔物達は一瞬で灰とかした。それと同時に、周囲にいたこちらを攻撃してきた悪霊達も光の向こうへと消えた。
「う……うへぇぇぇぇ……ち、ちぬ。ちぬ」
そして御神体の表面を覆っていた黒い瘴気が空中に霧散し、その美しい姿が現れ始める。
「だめ……もう、もう、指一本動かちたくない」
キラキラと輝くぴかぴかつるつる卵の登場だ。
「やった……これで……うへぇ、ちにそう……」
御神体……いや、卵に絡みつき、竜の子を苦しめていた増悪の殻がすべて浄化され、天へとキラキラと昇っていく。
その時だった。
「兄上!」
エトワール殿下の声が聞こえ、私がそちらへと視線を向けると竜がその牙を向け
ようとしていた。
ルディウス殿下がエトワール殿下を守ろうと背中にかばう。
私の瞳には、見えていた。
そんな二人を守るために竜の前に出たメアリー様の姿が。
蝶が、ひらりと舞っていく。
竜は、蝶を見つめ、それから卵の方へと視線を向け直す。
『卵が……』
「エトワール、ルディウス。さぁ、今よ。安全な所へ」
メアリー様が呟いた瞬間、二人はミーナを抱えてこちらへと走って来た。
「はぁ、はぁ、はぁ……どうして、竜がとまったんだ」
「なんだ。……突然、どうした」
エトワール殿下とルディウス殿下はそう呟き、竜の方へと視線を向ける。
メアリー様が、竜に一礼してから、こちらへと駆けてくるのが、私の瞳には、見えた。
「よかった。エトワールとルディウスが無事で」
私がメアリー様の方へと視線を向けるとエトワール殿下が、私の視線を追うように見る。
けれど……彼の瞳は、彼女を映すことはない。
「ココレット様、ありがとう」
コトンと、音がして、エトワール殿下が首から下げていたロケットペンダントが地面へと落ちる。
ロケットペンダントの中には、三人の姿があった。
メアリー様に抱きしめられる幼いルディウス殿下とエトワール殿下。
メアリー様は王国の第一王女。
ルディウス殿下とエトワール殿下のお姉様だ。
「エトワール……その、ペンダント」
池に投げ捨てたはずのものを持っていることに驚く、ルディウス殿下。
メアリー様へと視線を向けると、少し悲し気に二人を見つめている。
「ルディウスは、本当は優しい子なの。私がいなくなってから、泣くお母様とお父様をよく支えてくれたわ。弟のエトワールには少し厳しいけれどね」
二人の頭を優しく撫で、メアリー様が言葉を続けた。
「私の能力は、ほんの小さな、蝶の羽ばたき。きっかけにすぎない、ほんの小さなもの。けれど、貴方に出会って、その小さなきっかけが、波紋を呼び、運命が動き始めたわ」
嬉しそうに微笑み、メアリー様はルディウス殿下とエトワール殿下の頭を撫でる。
ルディウス殿下とエトワール殿下の目が見開かれた。
「……メアリー姉様……?」
「……姉上……」
二人はお互いにそう呟いていたことに、顔を見合わせた。
メアリー様はくすっと笑い声をたてた。
「ふふふ。ようやく傍にいたことに気が付いたのかしら」
寂しそうに、メアリー様が目を伏せる。
「ココレット様……私、力を使いすぎたみたい」
メアリー様の体は光に包まれ透けてしまう。
心残りのために、無理をしてここにずっととどまっていたのだろう。
けれど、竜という大きな存在の前に立ち、力を使った故に、もう……霊体が、持たないのだと思う。
「どうにか、しましゅから、だから、心配しないでくだしゃい」
私は拳をぎゅっと握りしめてそう言った。
するとそんな私のことをメアリー様はぎゅっと抱きしめた。
触れられている感触はなくとも、温かさが、伝わってくるような気がした。
「ありがとう。でも、貴方はまだまだ小さいの。だから、誰かを頼って。本当は、私も力になりたかったのだけれど……ごめんなさい」
「いいんでしゅ……」
「私ココレット様が大好きだわ。もっと色々とお話したかったなぁ」
可愛らしく微笑み、メアリー様は私から離れると、空を見上げながら呟いた。
「……家族には、私のことは内緒にしてね。やっと私が死んだことを乗り越えたの。前を向いていて、欲しいから……」
振り向き優しく微笑むメアリー様の瞳から涙が一滴零れ落ちる。
「あぁ……本当は、もっと長く、生きたかったな」
ポタリ、ポタリと、涙がこぼれ落ちていく。
「やりたいこと、たくさんあったの」
「あい」
「恋だってしてみたかったな」
「……あい」
「でも、でも貴女に出会えた」
私の手をぎゅっとメアリー様が握る。私はそれを握り返した。
「大丈夫れしゅ。あたち、てんしゃい祓い師でしゅから」
どんと胸を張ってそう言うと、メアリー様がうなずく。
「そうね。……光の向こうはどんなところかしら」
体が消えゆく中、不安そうにメアリー様の瞳が揺れた。
その時、光の先から可愛らしい猫の鳴き声が聞こえた。
メアリー様が少し驚いた表情で、光を見つめる。
「プリシラ?」
「……待ってくれているのだと思いましゅ」
「……プリシラが待っているから、そう悪いことばかりじゃないわね」
笑って、メアリー様が涙をぬぐうと光に包まれていく。
最後に、メアリー様はエトワール殿下とルディウス殿下の元へと向かうと、二人を抱き締めた。
離れがたそうに、しっかりと腕を回す。
「大好き。ずっと、ずぅーっと。大好きだよ」
メアリー様の笑顔は眩しい程に、綺麗だった。
光が、メアリー様を包み込み、キラキラと消えていく。
私は、手を伸ばし光を掴むけれど、手のひらには何も残らない。
もっとお話しがしてみたかった。
聞きたいこともあった。
私は手をぎゅっと握り、涙を袖で拭った。
「……さよなら」
小さく、私はそう呟く。
そんな私の背中を叩き、リヤンが言った。
「トト。ほら、頑張れ。お前、まだ竜の件、終わってないんだぞ」
「……ぁい……」
「頑張れ頑張れ」
「……あい」
背中をぽんぽんとされて、少し元気を回復する。
オカン、ありがとうよ。
私はリヤンに向かって小さく心の中でそう呟いた。
読者の皆様、いつも読んで下さりありがとうございます。
今回の話は、プロットの段階から決めていて、何度も何度も書き直し修正しながらたどり着いた大切に大切に温めていたお話でした。
ここまで読んでいただけて本当に嬉しいです。
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