36話
その時だった。
耳が劈くような、咆哮と共に、突風が吹き荒れる。
太陽の光が突然遮られ、翅による風圧で私は飛ばされそうになった。
「ふわぁぁぁぁ。とばしゃれる!」
傍に来ていたリヤンに首根っこを掴まれた。
「竜か」
空を見上げると、先ほどの母竜が来ており、私達の前へと降り立った。
四十五分はまだ経っていないはずだ。
教会の神父様達は悲鳴を上げて逃げ出した。
ベーレン司教様は、驚き、しりもちをついたと思うと、突風にそのまま地面に転がされてしまう。
まるでダルマだ。
めちゃくちゃ転がっていく。そのままどこか遠くへ転がってくれても問題ない。
そう思ったら、また翅の風圧で、こちらへと転がり戻って来た。
うそだろ。最初の位置に到着だ。
「うわぁぁっ」
「りゅ、竜だ!」
「逃げろ!」
お父様はミーナの元へと駆けた。
「ミーナ! ミーナ!」
「お父様!」
二人はぎゅっと抱き合っており、エトワール殿下はこちらへと駆けてきた。
「ココレット嬢! 大丈夫ですか?」
「ふぇ? は、はい。リヤンがいるので、大丈夫れしゅ」
リヤンのおかげで飛ばされずにはすんだ。
だが、ちょっと思うのだが、私の扱い雑過ぎないか? 首根っこって……。
そう思いジトッとした瞳でリヤンを見ると、リヤンはエトワール殿下が来たことが気に喰わないのかふんっと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
ベーレン司教様は、丸まり、ガタガタと震えている。
「だ……誰か! 誰か手を貸してくれ!」
だが周囲にはすでに誰もおらず、ベーレン神父様は這って逃げようとしている。
その時、ロード神父様が小さくうめき声を上げながら、起き上がると、周囲を見て、それからベーレン神父様を助け起こした。
「こちらへ」
「お前は……何故」
「さぁ! お早く!」
「あ、あぁ……」
竜は祭壇の先にある卵をじっと見つめていた。
ロード神父様は教会の入り口までベーレン神父様を運ぶと、そこからは他の神父様がベーレン神父様を神殿の中へと運んでいく。
「お前、何故」
「神が見ていらっしゃいますから」
「司教様! こちらへ!」
「あ、あぁ……」
ベーレン司教様も、教会の神父様は全員、神殿の中へと逃げてしまい、ロード神父様だけが、私の所へと戻って来た。
「ココレット様、申し訳ございません。用意したものが」
「あい。でも、ロード神父様のせいではありましぇん。……怪我は大丈夫でしゅか?」
怪我をしている様子だし、私がそう声をかけるとロード神父様は首を横に振って言った。
「私は、大丈夫です」
「よかった」
そう告げたのちに、私は竜の卵の方へと視線を向けた。
おそらく母竜はあそこで待つつもりなのだろう。
あと三十分もない……ここからどうするべきかと考えていると、エトワール殿下が口を開いた。
「何か、必要な物があるのですか? 教えてください」
この世界には、ないものだらけの中、ロード神父に集めてもらったそれっぽい道具。
私は深呼吸をする。
道具とは、ただの“物”であり、真に大事な物とは、“心”。
それにもとよりここは異世界だ。
「……御神体の前に、炎を炊きましゅ。炎を炊く道具、あと出来るだけ清らかな水と器、そして供物、果物や木の実や豆や茶を集めてください」
前世で使用していた道具はなく、異世界での理も違うだろう。
ならば、自分自身でそれを切り開いていく他ない。
幽霊悪霊魑魅魍魎。それらと対峙し、私は自分に合った方法をこれまでも模索してきた。
「あたちの道は、あたちが切り開く」
意気込みを強く言い、拳を掲げた瞬間、リヤンが指さした。
「じゃあ、あれはどうする?」
「ふぇ?」
リヤンが指さしたのは、卵から溢れ出始めた黒々とした瘴気。それらが漏れ出した瞬間、ごぽごぽと怪しげなモノが出現し始めた。
「な、なんだ!? 魔物か!」
ルディウス殿下とエトワール殿下が剣を引き抜き構えた。
他の騎士達も剣を引き抜き、身構える。
「皆にも、見えてりゅ!? え? リヤン! あれ何!?」
「魔物だな。瘴気に当てられて引き寄せられたんだろ」
「待って待って! 物理? 物理で攻撃してくりゅやつ?」
「あぁ。襲われたら痛いやつだ」
「うっそん! ひえぇぇぇ。あたち物理は無理よ! ファンタジーしゅぎる!」
予想外のことに私は悲鳴をあげたくなったのであった。




