35話
小声で、私はリヤンに尋ねた。
「この国で三刻って何分!?」
「四十五分くらいだな」
「うっひゃぁぁぁぁ。ダッシュじゃーん」
「ココレット嬢!」
ルディウス殿下とメアリー様が私に駆け寄ってくると言った。
「大丈夫か。竜はなんと言ったのだ!?」
「ココレット様は大丈夫?」
私はうなずくと、小さく息をついてから立ち上がり言った。
「竜は待ってくれると言いました。御神体が、竜の卵だったんれしゅ」
「な!?」
「まさか……」
私は二人が驚くのも無理はないと思いつつ、時間がないので急ぎ伝える。
「あたちは、やらなければならないことがありましゅ。そうしなきゃ、あと四十五分で王国滅亡でしゅ!」
ルディウス殿下は真剣なまなざしでこちらを見つめると言った。
「何をするのだ。必要な物は」
一切、今不必要なことは尋ねない。ルディウス殿下は、先ほどの状況を見て、私のしようとしていることを信じてくれている。
「必要な物は、ロード神父様に頼んでありしゅ! あたちを、御神体の所へ連れて行ってくだしゃい!」
「わかった」
ルディウス殿下の馬に私は乗せられると、矢のような速さで馬は駆けていく。
その後ろから騎士団もついてきた。
リヤンもすぐに馬を借り後ろからついてきてくれている。
急がなければ。
「終わったら、話を聞かせてもらうぞ」
「うっひゃ……うぇーっと……あい」
ルディウス殿下の言葉に、終わったら大変そうだなぁと思いつつも、私は目の前のことに集中するほかない。
下手すれば王国滅亡で、終わった後はこない。
今頃、ロード神父様が準備をしてくれているはずだ。
間に合うはずだ。
そう、思っていたのに。
御神体の前につき、私の目に入って来た光景は予想外のものであった。
「……何、これ……」
祭壇の上に、ミーナの姿があった。
「私から祈りの乙女の大役を奪おうなんて! 許さないんだから!」
地面にうずくまるロード神父様と、それを取り囲む教会の方々。
そして第二王子殿下であるエトワール殿下。
お父様の姿もあった。
そして……地面に無残にも転がり、壊れていた準備物。
果物や豆やお茶などのお供え物。
その絶望的な光景に、私の血の気は引いていった。
この国の儀式について、私には知識が足りない。
だが、八百万の神々のいる前世では、それぞれの宗教がいりまざりながらも、私のやるべきことは変わらなかった。
だから……ここでも、やるべきことはそう変わらないと思った。
儀式的なものは準備が九割。
……その九割が今、目の前でぐちゃぐちゃになり、地面に転がっていた。
「どうちて……」
「兄上! ココレット嬢!? どうして、ここへ?」
「エトワール、そなたは?」
「私は教会から祈りの乙女をとの申請があり、父上からの命で、こちらへと来たと
ころです。ただ……来てみれば、何かあった様子で……」
エトワール殿下の視線がロード神父様へと向かう。
私は馬からルディウス殿下に下ろしてもらうと、ロード神父に駆け寄ろうとした。
「ロード神父様! 大丈夫れしゅか!?」
だが、それを、他の教会の神父様達に阻まれる。
「うぉっ……ど、どいてくだちゃい」
「どくことはできませぬ」
「……どういうことだ。ベーレン司教殿。説明を求める」
ルディウス殿下の言葉に、他の神父様とは衣装の違う、偉そうな男性が現れ、恭しげにルディウス殿下に一礼した。
「第一王子にご挨拶申し上げます。ただいま、竜の知らせを聞き、祈りの乙女に平和をもたらしてもらうため、祈りを捧げるところでございました。ただ……神父が一人、邪魔をしてきたので、それを止めまで」
ロード神父様は、ミーナの祝福を止めようとしてくれたのか。
ミーナにもう一度祝福されたら今度こそ終わりである。
「ロード神父様、ロード神父様は無事なのれしゅか!?」
私はそう尋ねたが、ベーレン司教様は笑顔で私を無視する。
ルディウス殿下は眉間にしわを寄せると言った。
「……その神父は大丈夫なのか」
「はい。意識は失っておりますが。こんなゴミを運び込み、何をするつもりだったのか」
「……ココレット。これは?」
ルディウス殿下に尋ねられ、私は答えた。
「ロード神父様に集めていただいた、必要な、ものれしゅ……どうしまそう。これじゃあ……」
私が戸惑っていた時、ミーナが声を上げた。
「司教様! 私はもう祈りを捧げてもよろしいでしょうか」
「えぇ。かまいません」
私は慌てて叫んだ。
「だ、だめでしゅ!」
私の言葉に、エトワール殿下が祭壇に駆けあがると、ミーナの腕をつかみ、止めた。
「ミーナ嬢、少しお待ちください」
「え? で、でも……」
「ミーナ嬢。さぁ、こちらへ」
「は、はい」
エトワール殿下がミーナを引き留め、私にウィンクした。
状況が分からない状態なのにもかかわらず、エトワール殿下、グッジョブである!
それにベーレン司教様が声を荒げた。
「何をなさるのです! どうして、止めるのですか」
ルディウス殿下が言った。
「先ほど、竜が街に出た。そして、ココレット嬢と対話したのだ」
「竜が? 対話? この娘とですかな」
冷ややかな瞳を見た時に、あぁ、この人が、ロード神父様に私の処分を命じた人なのだろうなと、私は察した。
この人は……私が呪い子だと知っているのだ。
私は小さく深呼吸をすると、真っすぐに言った。
「あと四十五分で……いえ、もう残り三十分くらいで王国滅亡れしゅ。どうか、あたちにまかせてくだしゃい」
「……ふっ……あははははははは。お前のような者に何が出来ると言うのか。ルディウス殿下には申し訳ございませんが、ここの管轄は教会です。それにこの者は」
あぁ。呪い子のことを言われてしまう。
私が呪い子だと知ったら……私の話を、信じてもらえるだろうか……。




