32話
驚いてそう呟くと、ロード神父様がガタガタと震えながら、呟いた。
「……ま、まさか、まさか……竜が、王国に……」
私はじっと空を飛ぶ竜を見つめていると、耳を劈くような音が、響き渡った。
それは、あの御神体から放たれた声と、よく似ている。
眉間にしわを寄せ、それからロード神父様に向き直った。
「ロード神父様、神父様は、あの御神体にちゅいて、何か知ってらっしゃいましゅか?」
あれの正体を突き止めなければ。私はそう思い尋ねると、ロード神父様は震えをどうにか抑えながら考える。
「御神体、ですか?」
「あい……あれは、一体、何なのれしゅか?」
ロード神父様は私の目を見つめ、それから静かに考えると答えた。
「御神体は、その名の通り、我らが神が、その身をこの地に下ろす時に宿す、依り代とされております。神聖なものであり、それを通して、神は我らが王国を見守って下さっているのです」
私は困ったなと思いながら首を横に振った。
「違いましゅ。あたちが知りたいのは、御神体の元となったモノについてれしゅ」
「元? 御神体は……あ……」
ロード神父様は口元に手を当て、顔が次第に青ざめていく。
これは何か知っているな。
「ロード神父様、おちえてください」
「……一説です。一説によれば……御神体は元は……竜の卵……だとか」
あの巨大な岩が、竜の卵?
だが、たしかに……そうであればあの禍々しさ、竜の声と、御神体の中から聞こえた声とが一致するのも納得がいく。
本来ならば生まれるべきだったのにもかかわらず、生まれることすら敵わず、空すら見れず、恨みつらみを集める道具と化した。
「……なるほど……どうちましょう。うーん……あれを祓うには、あぁぁぁ。たぶん、色々必要なものが、足りなさしゅぎます」
大掛かりな祓いは、これまでもやったことがある。
だが、そうしたものは、下準備が九割なのだ。
この世界で、すぐに準備出来るわけがない。
「ココレット様……もしや、何か、知っていらっしゃるのですか? もしや、呪い子の能力に……お目覚めになられたので?」
「ふぇ? 呪い子の能力の目覚め? えーっと、呪い子ってそもそも、なんれしゅか」
この人ならば、知っているかもしれない。
私の言葉に、ロード神父様は驚き、そして憐れむような瞳でこちらを見つめる。
「誰も……教えてくれる方はいらっしゃらなかったのですね……」
「あい」
本にも載っていないし、誰も教えてくれなかった。
いよいよ真実が聞けそうだぞと、私はごくりと息を呑んだ。
「呪い子とは……幻覚に侵され、この世の理から逸脱してしまう、子のことでございます」
「ふぇ? ……それって……呪うとか呪われるとか、そういう意味ではないということれしゅよね?」
「……呪いを吐き、この世を恨み、家に不幸をもたらす……とも言われております」
それって、つまり……幽霊とか魑魅魍魎とか悪霊とか。
見えているだけでは。
あぁ……そうか。そうかなるほど。
この世界では、“見える”ことが能力として明確に分かる世界なのか。
けれど世界は“見えない何か”がいるとは思っていない。
だから、呪い子として排除されてきたのか。
これまで……ずっと。
私が前世で、気味悪がられ家族からも他人からも嫌われてきたように。
だが……それだけではないのではないか。
まだなにか、あるのではないか。私は、リヤンの様子が脳裏を過る。
「……ロード神父様は、呪い子に会うのは、あたちが初めてですか?」
「はい。初めてです……」
その時、街の方から悲鳴が聞こえ、何かが壊れる轟音が響き渡った。
「竜だ! 逃げろ! 逃げろ!」
「なんで竜が!? 王国の平和はどうなっているんだ!」
「祈りの乙女を! 早急に祈ってもらうべきだ!」
そうした声が聞こえて私はぎょっとした。
祈りの乙女?
私は、ロード神父様の服をぐいっと引っ張ると尋ねた。
「さっきの言葉どういう意味でしゅか!? 祈りの乙女って!」
「あ……御神体への祈りが足りないからと考えた者がいたのでは……たしかに、もしかしたらすでに動き始めているかもしれません」
「ひええぇぇぇ! そんなことしたら! 溢れちゃう!」
「溢れちゃう? もしやすでに幻覚が」
ロード神父様をじっと見つめると、私は言った。
「ロード神父様、あたち、必要な物がたくさんあるんでしゅ。そして今は頼る人が、貴方しかいないんれしゅ」
「え? 必要な、もの、ですか?」
「あい。だから協力してくだしゃい!」
「……ココレット様……それはこの国を出てからではだめでしょうか。この混乱に乗じれば、上手く逃げられると思うのです」
きっと、ロード神父様は私の今後のことも含めて、言ってくれている。
拳を見れば、色が変わるほどに力が入っていた。
私はその手をそっと握る。
信じてもらうために、私は、ロード神父様を心配そうに見守る方をじっと見つめて、うなずき返した。
「ロード神父様には、お父様みたいな優しい、目標となる方がいらっしゃったのでしゅね」
「え?」
「小柄で眼鏡をかけていて、口元にほくろがある……コポル神父様」
ロード神父様の瞳がゆっくりと見開かれていく。
「……どうして……誰にも……話したことは……ないのに」
孤児には厳しい世界。
その中で、助けてくれた優しい父。
彼に世界の美しさを教えてもらった。
本当は神父として生きていきたかったはずの父。
けれど、自分を拾ったがばかりに神父をやめ、働き、心労がたたって早く天に召されてしまった。
ロードにとってコポルは目標であり、心の支えであった。
「ロード神父様、あたちの能力は、幻覚が見えることではありましぇん」
「え? で、ですが、能力として、そう明記されているのです。違うと言うならば……一体、何が……見えているのですか」
私は、ロード神父様にはっきりと告げた。
「あたちは……死者がみえるのれしゅ」




