31話
冗談はさておき。
体の中の霊力は、たっぷり眠ったおかげなのだろう。かなり回復している。
悪霊を祓うのと、封じるのとで、ぎりぎりまで霊力を使ったので、本当に死ぬかと思った。
「ふわぁぁ。若さかちら。めっちゃ回復早い」
私はきょろきょろと部屋の中を見回して、ベッドから下りると、窓から外を見た。
どうやら街中の宿屋の二階のようで、路地を人が歩いていくのが見える。
頭をポリポリと掻きながら、私は宙に向かって声をかけた。
「リヤン! リヤーン!」
どこかに飛んでいるかなと思ったのだけれど、リヤンの姿が見えない。
眷属のリヤンは私の居場所が分かるはずだ。そう思ったのだけれど、私は違和感に気が付いた。
「なんら、これ?」
自分の周囲がぽわぽわと輝いて見えるのである。
なんだろうかと思っていると、部屋の中に、一人の霊がこちらをじっと見つめていることに気が付いた。
優しい瞳の男性であり、こちらを心配そうに見つめている。
誰だろうか。見たことがある気がするが、どこで……。
その時、部屋の扉が開き、フードを深くかぶった男性が入って来た。
「……あぁ、目覚めたのですね。体調は、大丈夫ですか?」
「え? あ……あい。大丈夫れしゅが……ただ、体がぽわぽわしてましゅ」
「ぽわぽわ……あぁ、それは私の能力である、疎外の能力だと思います」
「疎外?」
「……周囲から認知されなくなるのです。すみません、分かりづらいですね」
そこにいたのはロード神父であり、ローブを脱ぐと椅子にそれをかけた。
あぁ。そうだ。あの霊は、ロード神父様に憑いていた男性だ。
悪霊の後ろにそっと憑き、ロード神父様を守ろうとしていた人である。
「話を聞いていただけますか」
おそらく私を怖がらせないためにあえて距離を詰めてこなかったのだろう。
私は悪い人には思えなくて、うなずいた。
「あい……」
ロード神父はうなずくと、意を決したように、拳をぎゅっと握り、そして言った。
「私の……私の娘になりませんか」
「ふぇ? 娘?」
想像もしていなかった言葉に、私が驚くと、ロード神父は言った。
「……身分も、名も全て捨てねばなりません。ですが、貴方はこのままだと、呪い子として処分されてしまうでしょう」
処分という言葉に私はぎょっとした。
「処分って、どういうことれしゅ? あたち……処分されるんでしゅか?」
子どもだからといって、ごまかすことをせず、ロード神父様は真っすぐに告げた。
「はい。貴方の父上と、教会の上とが手を組みました。呪い子は祝福されぬ存在。だからこそ、処分せよと、私は命じられたのです」
その言葉に、私は、心臓が痛くなる。
処分……。
自分の娘をゴミのように処分するというのかあのクソ親父は!
なんていうクソ。いや、クソオブクソ。
そう思っていると、ロード神父が拳をぎゅっと握りしめる。
「……これまで、教会から神の為だと、色々なことをしてまいりました。人の為になることがほとんどでした……ですが……貴方は」
私のことを見ると、ロード神父様は唇をぐっと噛む。
「貴方は……ただの幼子だ。能力は罪ではありません。ですから、ですから私と一緒に行きましょう。私がもし貴方を処分しなければ、他の者が差し向けられてしまいます。ですから……早く、身を隠しましょう」
この方は……優しい方なのだ。
だから、教会を捨ててまで私を助けようと、動いてくださったのだろう。
だけれど……。
「いけましぇん」
「……何故……」
「あたち、やらなければならないことがあるんでしゅ」
王家の方々をそのままにはしておけないし、何よりあの御神体と呼ばれるものをどうにかしなければならない。
あれを放っておけば、いずれ数十……いや数百人、数千それ以上の規模の、災害を招きかねない。
まだ応急処置しかしておらず、雨が降ったら、印が消えてしまう。
そうなれば、いつ、あれが厄災を振りまいてもおかしくはない。
「……やらなければならないこと。それは、貴方様の命よりも大切なことでしょうか」
命を尊び、無関係な私の為にと、自分の地位まで捨てる決意をしてくれたロード神父様。
私はくすっと笑うとうなずいた。
「あたちの命より大切なことは、たくしゃんあります」
私は、前世で幾度も、そういう場面に出くわした。
今回も同じだ。
死にたくはない。けれど、だからといって私の命一つで他が生き残れるのであればその方がいいに決まっている。
ロード神父様の瞳が大きくゆっくりと見開かれた。
私はそれを真っすぐに見つめた時のことだった。
窓が、ガタガタと揺れ始めた。
次の瞬間、劈くような音共に、窓ガラスが粉々に割れた。
「きゃっ」
「な!? 危ない! こちらへ!」
ロード神父様が私のことをローブで包むと、私を守るようにして庇う。
「うっ……」
「ロード神父様!?」
「大丈夫です。ですが……一体何が」
割れた窓の外を、巨大何かが通過していく。
鱗が、見えた。
「あれは!? ま、まさか、竜!?」
ロード神父様はそう言うと、窓から空を見上げる。
私も同じように見上げると、空に飛ぶ、竜の姿が確かに見えた。
「……おっふ。ファンタジー」
突然のファンタジー世界に私は目を白黒とさせた。




