30話
人よりも大きな巨大な岩のようなもの。
それを囲うように輝く支柱が四本立てられている。
人々にとってあれが神聖なものに見えるのであろうか。
確かに見た目はまるで宝石のように表面が輝き見えているのだろう。
普通の人には。
私の目には……黒々とした瘴気を纏い、ねっとりとした恨みつらみ、絶望……そうしたものが、まるでごぽごぽと浮き出るように、岩の表面を渦巻いて見える。
あれは、人がどうこう出来るような代物ではない。
それに祝福を?
増悪放つものに祝福するなど、正気の沙汰ではない。
「さぁ、見ていなさい。私の素晴らしい姿を」
そう言って祭壇へと昇ろうとしたミーナの腕を、私は掴み止めた。
「ら、らめ」
「は? 何? 離して」
「あんなものに! 祝福なんてしちゃらめ!」
「はぁぁ? ここにきて嫉妬? あぁ、やっと私と貴方の格の違いがわかったの? かわいそうにねぇ。でも、仕方ないわよ」
優越に浸った瞳で見つめられるけれど、私は首をブンブンと横に振る。
「全然嫉妬してない!」
「は?」
「うらやまちくない!」
「はぁぁ?」
「そうじゃなくて! あ、あれは……あれは」
「離して! もう! 離してよ!」
そう言ってミーナは私のことを突き飛ばした。
私よりもミーナの方が大きいし力がある。
地面に勢いよく転がった私を、ミーナが息を荒くして見下ろした。
「あ、貴方が悪いのよ! ふん!」
そうして、祭壇へと上がった。
「ちゃんと見ておきなさい!」
「ら、らめ!」
祭壇の上で、ミーナが深呼吸をする。
手を伸ばすけれど、届くわけはなく。
ミーナはその場に恭しげに跪くと、ゆっくりと口上を述べる。
「我、今年の祈りの乙女。聖なる神へ、祈りを捧げん」
次の瞬間、ミーナの祝福の能力なのだろう。黄金色に輝き美しい眩さを放つ。
きっとその祝福は本当は素晴らしい能力なのだと思う。
ただ……この場では。
「最悪らわ……」
御神体はその光を受けた瞬間、ねっとりとした生暖かな空気を放つ。
それが吹き抜け、次の瞬間、耳を劈くような音が響き渡った。
私は両耳を抑え、その場にうずくまる。
なんだ、今の音は、声?
聞いたことのない声に、私の全身が泡立つ。
「み、ミーナ」
ミーナの方を見ると、顔が青ざめ、その場にパタリと、倒れたのが見える。
それと同時に、その場に大量の悪霊が引き寄せられていくのが見えた。
どこから集まっているのか、どんどんとその数が増えていく。
「……なるほど……こうやって、城に、集められているってわけね」
「おいおい。トト。どうするんだよ」
こちらを見守っていたリヤンが、険しい瞳を御神体へと向けていた。
「祓うしかないけど……これは、一筋縄じゃ、いかないやちゅよ。リヤン、お願いがあるの」
「なんだよ」
「ここに一時的に強力な封じの術をかけるわ。危ないからミーナをここには置いて置けないわ」
「別にいいじゃねぇか」
「だめらよ。ミーナを屋敷に連れて帰って」
「なんでだよ。放っておけよ」
「……お願いリヤン」
放っておくことなんて出来ない。こんな場所に居れば、命を奪われかねない。
「お前は?」
「あたちは、ここで祓う方法を考えりゅ」
「……出来るんだな?」
「ふっ。リヤン、あたちを誰だと思っているの? てんしゃい祓い師のトトレット様よ!」
私が胸を張ってそう言うと、リヤンが笑い声をあげてうなずいた。
「ははは。なら仕方ない。貸しだぞ」
「あーい」
リヤンはそう言うと、ミーナを抱きかかえて飛んでいく。
それを見送り、私は大きく息を吐き、笑顔を消した。
「……生きて会えるかな……」
さすがに、この大量の悪霊と邪悪な御神体を前に、弱気なことを呟いてしまう。
私は顔を両手でむぎゅっとあげた。
「あっちょんぶりけ! ふっ……今のあたちならばっちりできちゃうこのポーズ」
御神体を見上げ、私は小さく息をつく。
「本当に、あっちょんぶりけだわよ……なんらこれ。生き物なの? なんなの?」
私は、深呼吸をすると、周囲を見回し、木の枝を見つけると、それで地面に簡易的な陣を描いていく。
そして、その中央に腰を下ろすと、静かに手で印を結んでいく。
道具も何もないこの状況。
この体だけで、この大量の悪霊と御神体をどうにか出来るか。
繰り返し、繰り返し印を結び続け、額に汗がにじんでくる。
霊力を練り合わせるように、糸を編むように、全神経を研ぎ澄ませていく。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前! 滅ちゃれやがれ!」
次の瞬間、先ほどの祝福で集まった悪霊達が次々に、滅され、天へと召されていく。
ただ、数が数。
私は何度も何度もそれを唱え続けた。
「はぁ……はぁ……」
そしてその場に集まった悪霊達を全て祓うと、次の工程へと進んでいく。
「やばぁい。体力、もてぇ……」
この御神体の周囲を封じなければ。
何の準備も出来ていない今、祓うことは不可能だ。
私は、御神体の横に置かれている支柱に、親指を噛み切り血をにじませると、血で封じの呪いの印を描いていく。
そして、御神体の前に腰を下ろすと、全身の霊力を支柱へと流し込んでいく。
何度も何度も手で封じの印をきり、それを繰り返す。
御神体を覆うように霊力を練り合わせて結界を作っていく。
その瞬間、封じとなる印がしっかりと刻印され、禍々しい瘴気が、支柱の中に納められた。
「やった……やった……しんで、にゃい」
私は、とりあえずの応急処置は出来たと、その場に座り込んだ。
つかれた……死ぬかと思った。
全身の霊力が枯渇しているのが分かる。
――――――助けて……。
「え?」
小さな、小さな声が聞こえた。
この声は、誰の声だ。
御神体に……何かが封じられている?
私は、慌てて御神体の前に立ち、全神経を集中させる。何かがいる。それはわかる。
だが、それが一体何なのかは分からない。
「すこち、待って……準備をするから、だから、少しだけ、どうか」
―――――わかった。あと、少しだけ……。それ以上は……。
次の瞬間、また、耳を劈くような声が響き渡り、私は耳をふさいだ。
そしてそれを最後に、御神体から溢れ出てくる瘴気が、納まる。
「ちゅ、ちゅかれた……けど……さっきのは……一体……」
「……ココレット様」
「ふぇ?」
振り返ると、そこには青ざめた顔をした、神父様の姿があった。
どこかで見たことがあると思い、考える。
そして私はハッと思い出した。
「能力鑑定をしてくれた、神父しゃま?」
「はい。ロードと申します」
こちらに恭しく一礼をするロード神父様は、覚悟を決めた表情である。
一体、どうしたのだろうか。
「……あの、何か……?」
「……ミーナ様に、ココレット様を連れて来て、ミーナ様の素晴らしさを知らしめてはどうかと提案したのは、私なのです」
「ふぇ? そうなの、れしゅか」
「はい。貴方様とお会いしたくて」
「あたちと?」
一体何なのだろうか。
そう思っていると、ロード神父様が大粒の涙を流され、それから私の手をぎゅっと握ると言った。
「お可哀そうに……」
「えーっと……」
一体全体何なのだろうか。私は今、疲労困憊であり、眠りたい。
そう、眠たいのだ……。
「ふわぁ……ごめんなしゃい……もう、眠たくて……」
私の意識は途切れた。
霊力の使い過ぎだろう。
ロード神父様には申し訳ないが、公爵鄭まで送ってもらえると助かる。
そう、思いながら私は意識を失った。
そして、まさか……目覚めたら知らない部屋にいるとは思わない。
「ふぇ? ここは……どこ?」
知らない天井、知らない部屋。質素な造り。
一体ここは、どこだ?
私の可愛さに、誰かに誘拐されてしまったのだろうか。
罪な私である。




