28話
お腹いっぱい食べた後、侍女さんに促されて庭でのんびりお茶を飲んでいると、穏やかな時間が流れていく。
「あー……普通っぽい。すごく、普通……いや! 普通じゃない! ゆ、優雅しゅぎる」
私は一人でそう呟くと、周辺を見回す。
美しい庭!
美しい花々!
こちらを微笑まし気に見つめる侍女さん達!
幸せすぎて怖くなる。
普通って、こんなに幸せなことではない。
「ここにいたか」
「ふぇ?」
声が聞こえて振り返ると、そこにはルディウス殿下がいた。
私は、先程の幸福をもう少し噛みしめておけばよかったと思った。
ルディウス殿下は当たり前のように私の前へと腰掛ける。
侍女さんが少し慌てた様子で、紅茶を彼の前へと用意しており、ここでお茶を飲むんですねと心の中で突っ込みを入れる。
「少し下がっておけ」
「かしこまりました」
侍女さん達はルディウス殿下の言葉に下がった。
そして……ルディウス殿下は私のことをじっと見つめてきており、胃が、なんだかキリキリする。
大丈夫。
たぶん。きっと三歳児だと、見逃してもらえるはずだ。
私は、出来るだけ可愛く見えるように、目を見開き、きゅるるんという気持ちでルディウス殿下へと視線を向けた。
「……昨日は、お部屋まで送って下しゃり、ありがとうございまちた。とぉぉっても。助かりまちた」
瞬きを多めで、パチパチとして見るが、ルディウス殿下はこちらを見ることなく、紅茶を一口飲む。
ちっ。私の可愛さマックスの決め顔を見逃すとは!
「あぁ。さて、だがなぜあそこの通路にいた?」
直球でそう尋ねられ、私の心臓はバクバクと鳴る。
だ、だめだ。
どうする?
ごまかすしかない。私は、三歳児。
三歳児だから、おそらく、許される!
「……えっと、探検してみたくて……そしたら偶然、通路をみちゅけて」
「偶然、ねぇ」
「……勝手に入ってもうちわけありませんでした」
頭を下げると、ルディウス殿下は腕を組みこちらをみつめる。
「……三歳児……だしな。私が警戒しすぎか」
「……そうでしゅよぉ。あたち、ただの三歳児でしゅよ? 警戒なんて、する必要ないれしゅ」
「ふーん?」
じぃっと見つめられ、私はすっと瞳を反らす。
ふと、視線を反らした先が、あの私が先日ダイブした池であることに気が付いた。
ルディウス殿下が私の視線を追うように動く。
どうして、ルディウス殿下はエトワール殿下の大切にしていたペンダントを、池に捨ててしまったのだろうか。
「……最近のただの三歳児は、池にダイブし、王家の秘密通路を探検するのか」
「う……」
池にダイブしたことも知られていたのか。
私の心臓はこれ以上ない程にドキドキとする。
こんなことでドキドキしたくない。
出来るならば、恋のとぅきめきぃとぅないとみたいな感じてときめきたい。
「うぇーっと。最近、お……おっちょこちょいが、加速中で……」
「……おっちょこちょい」
「あい……」
どうする。これ以上、何も出てこない!
言い訳をひねり出せ私!
そう思うものの、頭の中はパンク寸前である。
「……エトワールの婚約者候補だったな」
すると、話しの方向性が変わり、私はほっとしながらうなずいた。
「えっと、あい。一応……?」
「……そうか」
ルディウス殿下もまた、王家の方ゆえ、背中には悪霊を背負っている。
ただし、エトワール殿下よりも国王陛下よりも少ない。
おそらく、ちょっと肩こりと、慢性疲労があるくらいだろう。
「……あの、ルディウス殿下は、どうしてあんなところ、歩いていたんれしゅか?」
「……俺はなこの城を……探検していたのだ」
「探検」
まさか、自分と同じようなことをしていたのか。
三歳児の、私と同じ思考……なのか。
「あぁ。内側は迷路のようなんだ。だが、不思議と行き止まりや変な扉が多くてな」
「ふへぇ」
「何かを、閉じ込めておこうとしているような、そんな作りなんだ」
「あ……なるほど……」
迷路か。
悪霊を迷わせ、目的の場所へとたどり着かせにくくしようと考えたのだろうか。
たしかに、生前の記憶に縛られて壁を通り抜けようと考えず、扉や通路に従って進むものは多い。
故に、一定の効果は得られるだろう。
「なるほど?」
「ふぇ? あ、えっと、迷路作ってたのかなぁって、探検楽しそうだなぁって!」
慌ててそう言うと、ルディウス様が微笑む。
「なんだか……そなたを見ていると、あいつを思い出すな」
懐かしそうにルディウス殿下の目じりが下がる。
「あいちゅ?」
「なんでもない。では、俺は行くが、もうお前は迷子になるなよ」
「あい! わかりまちた!」
「次は、見逃さないからな」
最後に鋭い瞳で一瞥され、私の心臓はひゅっとした。
怖い。
二度目がないようにしなければ、今度こそ罰せられそうだ。
ルディウス殿下は歩き去り、私はその背中が見えなくなるまで、背筋を伸ばし続けた。
そして、やっと見えなくなったところで、ぐったりと机に突っ伏した。
「うげぇぇぇ。こわかったぁぁぁぁぁ。けど、どうにかなってよかった。あたちの演技も大したものね!」
怖い人かと思ったけれど、やはり優しい雰囲気がある。
まぁ、最後は、本気で怖かったけれど。
「あいちゅって、誰だろう……」
「なんだ、疲れてるな」
「りやぁぁぁん」
「うぉっ。抱き着くな。引っ付くな……くそ。侍女の手前振りほどけねぇ」
少し離れた位置にいた侍女さん達が微笑まし気にこちらを見ている。
私はリヤンに抱き着くと、顔をすりすりと擦り付けた。
ほっとした。リヤンが傍にいるだけで、安心する。
あぁ、オカン。そなたは私の心のオカンだ。
「やめろって……気持ちわりぃ」
「ひどいぃぃぃ」
その後、私達は公爵家の屋敷へと帰ることとなった。
国王陛下やエトワール殿下が見送りに来てくれたのだけれど、なんとなく顔色が悪かった。
「本当に、しゅてきな時間をありがとうございました」
そう伝えると、エトワール殿下が私の手をぎゅっと握り言った。
「何か、何か困ったことがあったら、いつでも相談してくださいね」
「ふぇ? はい」
力強く言われたが、一体なんだろうか。
リヤンが一緒にいてくれるようになってから、私の生活は格段に良くなった。
だからまぁ、大丈夫だ。
「リヤンが一緒にいてくれるので、大丈夫れしゅ」
「……そう、ですか」
大丈夫だと伝えたのに、何故だかエトワール殿下がしゅんとする。
昨日の今日で、まだ二人共背中には悪霊がついていなかったのでほっとしたのだけれど、何かあったのだろうか。
早々に、何か手立てを考えよう。
「次に会うのがまた楽しみです」
「えぇ。来週、また遊びにきてください」
「あい!」
次に会う約束ももうしてある。なんだか、お友達という感じがして最高だなぁと思いながら私は屋敷に帰ったのであった。
「たのちかったな」
私がそう呟くと、リヤンが私をじっと見つめて言った。
「なぁ、さっさと別の国にでも、旅にでねぇか?」
「えぇ? なんで?」
「……金はあるし、ここにいなくてもいいだろう」
「……うーん。たちかに。でも、王家の人達のあの感じも放っておけないしなぁ」
そう言うと、リヤンが深くため息をついた。
「……放っておけばいいだろ……」
「どうかした? なにかあったの?」
リヤンに尋ねるけれど、どうやら答えたくはないらしい。
リヤンは表情を変えると言った。
「まぁ……面白くもなりそうだから、いいか」
先ほどとは打って変わって楽しそうであった。




