27話
翌朝、私は大きなあくびをしながら自分で顔を洗って身支度を整えていると、部屋の扉がノックされ、侍女さんが入って来た。
「おはようございます。ココレットお嬢様……???」
そして私が顔を洗っているのを見て驚いた顔で固まった。
「ふぇ? あ、ごめんなちゃい。お椅子を踏み台にしたから……」
怒られると思って、慌てて椅子から飛び降りて頭を下げると、侍女さんは私の前にひざをついて視線を合わせると言った。
「いいえ。怒ってなどおりませんわ。ただ、お一人で顔を洗っていらっしゃったので、驚いただけでございます。お水、冷たかったのでは? 暖かなお湯をご用意しておりますわ」
そう言うと、侍女さんが持ってきたカートから、湯気の立つお湯を机の上へと準備してくれる。
それにタオルを付けて、ホカホカのお湯につけ絞り、温かなタオルで、そっと私の顔を拭いてくれた。
「あったかい……ほかほか」
「はい。お顔を拭きましたら、朝食にいたしましょう。一通りのメニューは揃えてございますから、お持ちいたしますね」
「ふぇ? しょ、しょんな! あの、パン一つもらえるだけで、ありがたいので、えっと」
「……パン、一つ?」
侍女さんは、一瞬表情を曇らせるも、笑顔にすぐに切り替えて言った。
「国王陛下よりのご命令でございますから。お嬢様は、お好きな物を、お好きなようにお食べ下さいませ」
「……あい」
「それでは、身支度からお手伝いいたしますね」
「えっと、自分で……それにリヤンがいましゅ」
「リヤン様は現在、国王陛下の元へと呼び出されております。しばらくしましたら返って来るかと思いますので、ご心配なさいませんように」
「え……あい……」
リヤンが国王陛下に?
呼び出されているとは、一体何を尋ねられているのだろうか。
変なことをリヤンが言っていませんようにと、私はそう祈りながら席に着くと、部屋の机の上に次から次に料理が運ばれてきた。
おいしそうなその料理を見つめ、私は慌てて言った。
「しゅみましぇん。あたち、こんなに、食べれましぇん」
「お好きな物をお取りします。どれを召し上がりますか?」
「えっと、じゃあ、パンと、しゅーぷと、あとおむれちゅと……あぁぁっ。おいちそうなものばかりで! 全部たべたぃっ!」
頭を抱えてうめき声を私があげると、侍女さんが優しく言った。
「では、小さく食べたいと思う物を一口ずつ、いかがでしょうか?」
「ふえぇぇ!? そ、そんな贅沢をしてもよろちいので!? ばちがあたりそう……」
「国王陛下のお客様ですから、もちろんでございます」
さすがは一国の王のもてなしである。
ここ最近、私はやっと普通の食事を食べられるまでに胃が成長した。
私は、一生に一度の体験であるからと、ごくりと唾を飲み込む。
「あ、ありがとうございましゅ。一生の、思い出にしましゅ」
「……それでは、何から食べられますか?」
「ふわふわの、おむれちゅから」
私は瞳を煌めかせながら、ふわふわのオムレツを頬張った。
「ふわぁぁぁぁ。世界が、幸せに、みちあふれりゅ」
美味しすぎる。
ただ……ただ、一口ずつ私が食べたあとの残りは?
貧乏性からそれが頭をよぎると、それを読み取ったのか、侍女さんが口を開いた。
「こちら、残った分は使用人へと回されますのでご心配なく」
「ふわぁっ! そ、そうなんれしゅか」
「はい。さあ、次は何を食べられますか?」
「次は、あの、よく分からない黒いお肉を」
「かしこまりました」
次に食べたお肉はほろほろで、私の胃は、世界一幸せだったと思う。
◆◇◆◇
ココレットがご馳走に舌つづみを打つその頃、リヤンは国王陛下並びにエトワール王子殿下の前に呼び出されていた。
場所は豪華絢爛な謁見の間の一室。
一体何を尋ねられるのかとリヤンは思っていると、国王陛下が口を開いた。
「そなた、ココレット嬢唯一の使用人らしいが、相違ないか」
「はい。ココレット様に仕えているのは私だけかと」
「尋ねるが、ココレット嬢にとって公爵家は生活するに適した場所か」
リヤンはその言葉の意図について静かに思案する。
昨日、ココレットは善意から悪霊を祓った。
そしておそらくなんらかについて気づかれた。
危機管理能力の乏しいココレットは、自分の能力が自分を縛ることになるとは思っていない様子だ。
普通になりたいと願うのにも関わらず、普通からどんどんと逸脱していっていることに気が付いていない。
王家は、ココレットを、囲おうとしているのか。
仄暗いリヤンの瞳が揺れる。
「……何をお聞きになりたいのですか」
すると、質問を返された国王は目を細める。
エトワールは、王子らしく堂々とした物言いで言った。
「国王陛下に質問を返すとは、不敬だぞ」
一国の王。
一国の王子。
だがそのようなこの世の理は、リヤンを縛り付けることはない。
リヤンを今どうにか出来るのは、三歳で非力で異質なココレットだけ。
「私が、仕えているのは、ココレット様だけですので」
張りつめた糸のような空気に、エトワールが静かに息を呑む。
ただの執事ではないと、この時、二人は察した。
そして、国王は咳払いをしてから告げた。
「……彼女は、希有な存在である可能性がある。故に、公爵家がココレット嬢に相応しくないのであれば、王家で保護しようかと考えている」
呪い子と、能力鑑定されたことは知らないのかと、リヤンは心の中で二人をバカにする。
呪い子と分かれば、王家は、確実にココレットを保護しようとは思わないはずだ。
「ココレット様を、どうするおつもりで?」
「公爵家のご令嬢だ。エトワールと婚約させれば、問題あるまい」
リヤンは、ちらりとエトワールへと視線を向ける。
その表情には戸惑いが見えた。
王子とはいえ、まだまだ子ども。
こんな子どもに、ココレットを?
リヤンは静かに考える。たしかに現状公爵家はココレットに相応しい環境とは言えない。だが、だからと言って、王家に?
王家で、王子妃として、型にはめられていくのか?
あの、自由でへなちょこでおかしなトトが?
リヤンは笑みを浮かべた。
「さて……それはいかがなものでしょうか。お嬢様は……囲われていい、存在ではないかと」
ぞっとするような笑み。それを見て、国王は、全身が震えるのを感じた。
それはエトワールも同様であり、顔から血の気が引いていく。
巨大な何かに睨みつけられているような、そんな感覚に、額から汗が流れ落ちていった。
「そなたは、何者だ。ココレット嬢に憑りつく魔物か!」
震えながらも国王が尋ねると、リヤンの笑みが深まる。
「魔物……ふっ……あははは。まぁ、似たようなものかと」
「……彼女をどうするつもりだ」
「どうする? どうもしませんよ。ただ、暇つぶしです。けれど……」
笑みが消えた。
まるで、部屋の室温が一気に下がったかのように、空気が凍る。
吐く息が、白い。
「アレは、俺のモノだ。王家で囲おうとなど、思わぬことだ」
エトワールが一歩前に出ると剣を引き抜き声を上げた。
「あんな小さな彼女を傷つけることは許さない!」
「エトワール、剣を収めよ」
「父上!」
「エトワール」
国王に一蹴され、エトワールは剣を収めた。
二人の吐く息は白く、空気が氷の粒となりキラキラと輝いている。
国王は静かに息をつくと尋ねた。
「そなたは、ココレット嬢と我らにとって敵か」
「今のところは、違うかと」
「ココレット嬢に我らを近づけまいとしているのか」
「王家に囲ったり縛り付けたりしようとするな、とだけ。接する分にもかかわる分にも、問題はありません」
その言葉に、国王は静かに思案するあごひげを撫でて尋ねた。
「ならば、可愛がるのは」
「……は?」
リヤンは言われた言葉の意味がわからず、眉間にしわを寄せる。
エトワールも驚いた顔で国王を見ている。
「ち、父上?」
国王は、至極まじめな顔で呟く。
「あの子は……健気だ」
「……けなげ……?」
「父上?」
国王は目じりはさがり、優しい微笑みを浮かべる。
「人の幸福を祝える素晴らしい子だ。そんな彼女が……私はとても可愛く思えてしまった」
「……それで?」
「出来るならば、我が子のように、可愛がりたい」
リヤンは、その言葉に、我慢しきれないように笑い声をあげた。
「あはははは。なんだそれは。ふっ。そうか。まぁ、俺は別段問題はない。だが……ふっ。いや、いい」
呪い子としらず、可愛がりたいとは滑稽な。そうリヤンは笑みを深めた。
「普通に関わるのはいいのだろう?」
「あぁ。もちろん」
「そうか。では、縛り付けることはせぬと約束し、関わらせてもらおう」
リヤンは笑顔で頭を下げた。
「寛大なお心に感謝いたします。どうぞ、我が主を……ふふっ可愛がってください」
見た目は恭しく一礼する、執事。
けれど得体のしれない何か。
国王もエトワールも、この恐ろしい得体のしれない存在を伴うココレットは一体何者なのだろうかと、そう思った。




