23話
時は少し遡る。
ヴィクトリア王国国王は、息子であるエトワールの言葉を静かに聞いていた。
「ココレット嬢と会うと、すごく体が軽くなるのです。母上も同様のことを言っておりました。また、母上によると、ココレット嬢に言われ王城から実家に帰ったところ、体調が回復し、無事出産も出来たとのことです」
「ふむ……体が、軽くなる……か」
国王は静かにうなずくと、国の歴史の刻まれた本を静かに閉じた。
「私の父も、そのまた父も、我が国の王家の者は皆、体が弱い。肩こり腰痛慢性疲労……そうしたものを感じながらも、国の為に働いてきた。それが王家の者の宿命だ。お前は特にその症状が酷く、宿命の重さ身をもってわかっているはずだ。……それを覆すことが出来るかもしれないと……そう、お前は思っているのか」
父の問いかけに、エトワールは静かにうなずいた。
「父上は感じたことがありますか」
「ん?」
「体の軽さを、呼吸することが辛くない、安らぎを」
「……それは」
「僕は、僕は感じたのです。ココレット嬢には、そうした能力があるのではないでしょうか」
国王はエトワールの言葉に静かに考える。
「能力、か……」
基本的に、王国に有益な能力の場合は王国に能力報告の義務がある。
こうした報告は、能力鑑定を行った神父から送られてくるのが常だ。
だが、そうでない場合は、特に報告することもない。
「……わかった。では、まず一度ココレット嬢に会ってみよう」
「ありがとうございます!」
エトワールは、現王家の中でもその症状が最も重い。故に、そのエトワールがこれだけ熱弁するだけの価値がココレットにはあるのだろう。
なにより、国王は、希望があるのであれば、藁にでも縋りたい思いであった。
自分は、いい。苦しくとも王家として生まれた以上仕方がないと割り切っている。
だが、妻が出産にて生死の境をさまよう姿に、子ども達が生まれても体調不良で苦しむ姿に、胸が痛んで仕方がない。
「能力か……」
可能性があるのであれば。
国王はそう思い、ココレットと会うことを決めたのであった。
そして、会う場所となったのは、妻であるシスティリーナの実家が保有する屋敷であった。
すでにココレットについては屋敷についている頃だろう。
国王は遅れて到着し、屋敷に入った。
執事に案内され、私室へと向かうと楽しそうな声が聞こえてきた。
「かわいいでしょう?」
「あい。とっても」
ココレット嬢の声だろう。
一体、どのような子なのだろうか。
執事がノックしようとするのを止め、国王はそっと扉を開き、その隙間から様子をのぞいた。
可愛らしい幼い子が、システィリーナのよこで、赤子を嬉しそうに見つめている。
普通の少女だ。
ただ、聞いていた通り、体が小さく、手足も細い。
そして何より、公爵家のご令嬢なのにもかかわらずその着ている服は、あまりにも質素なものであった。
公爵はなぜ、双子の一人を厭うのか。
「とぉーっても、かわいいれしゅ」
調査したところ、家ではかなり不遇に扱われているらしい。
「まるで天使みたいれしゅね。ふふふ。幸せにおなり」
笑顔で、他人の幸せを願うその姿に、国王は胸を抑えた。
なんと、なんと愛らしい子だろうか!
そっと扉を閉めると、国王は執事に指示を出す。
今日の為に色々と準備は整えている。
まずは恩人のココレット嬢に、お礼を伝えなければ。
子どもを産むたびに、妻を失うのではないかと、国王は毎回不安であった。
そして今回は最も危なかった。
そんなシスティリーナが笑顔で、血色の良い顔で笑っている姿を見れたのは奇跡であった。
無事でよかった。
生きていてくれて良かったと、元気な姿を見る度に込み上げるものがある。
システィリーナがココレット嬢のおかげというならば、そうなのだろう。
国王は恩人への恩返しだと気合を入れると扉を開き中へと入った。
「私も仲間にいれてもらえるだろうか」
「あら、貴方。いらっしゃったのね」
妻の笑みに、国王は笑顔を返す。
「あぁ。システィリーナ。加減はどうだい」
「えぇ。大丈夫でございますわ。ココレット様、私の夫ですわ」
「お、王国の太陽であらしぇられる、国王陛下にご挨拶もうしあげましゅ」
不慣れなカーテシーを丁寧に行う姿に、国王は微笑みを浮かべると、その視線に合わせてしゃがみ言った。
「挨拶をありがとう。だが、ここでは気楽に接してくれ。ココレット嬢」
そう告げ、ココレット嬢が顔をあげた瞬間、視線が、一瞬自分の背後へと向かう。
―――――なんだ? 何を、見た?
国王はそれをおくびにも出さず、笑顔で告げた。
「そして……妻から聞いたよ。君の助言のおかげで助かったと」
すると、明らかに動揺している表情で、視線を彷徨わせながらココレット嬢が言った。
「しょ、しょれはあたちのおかげではありませんです。あい……えっと、しょの……えっと」
何かを隠しているのだろうか。
能力?
一体彼女は何を隠しているのだろうかと思った時、システィリーナが咳をした。
「コホン」
視線を向けると、こちらに何か言いたげな視線を向けている。
なるほど、彼女に関して、詮索はするなと言いたいのだろうと国王は小さく息をつくと、自分の妻の願いを叶えることにした。
「君にお礼をと思ってね。受け取ってはいただけるかな?」
「え? あい。なんれしょうか」
少し嬉しそうに、期待の籠った瞳で見つめてくるココレットに、国王は優しい笑みを向けた。
そして国王が指示を出すと、侍女がやってくる。
「さぁ、侍女と一緒に一度行っておいで」
「え? え?」
「お嬢様、こちらへ。お嬢様の執事様もご一緒にどうぞ」
「ひゃい」
「はい」
ココレットとリヤンは侍女に案内され屋敷の中へと向かっていく。戸惑っている様子だが、驚くのはこれからである。
二人が屋敷の中へと入った瞬間に、使用人達がせわしなく動き始め、隣の部屋の広間へと会場が設置され始める。
「まぁ、貴方、張り切っているわね」
システィリーナの言葉に、国王は彼女の傍によると、赤子の頬を指で触れて、笑顔で言った。
「そりゃあ、君達を助けてくれた恩人だ。しっかりと恩を返さなければな」
「先ほどは、ココレット様に何か言うのではないかと、ひやひやしましたわ」
「君が恩人と言うならば恩人だ。私が探りを入れるのは失礼だろうから、今は、言わないさ」
「今は、ね」
「父上、何を準備されているのですか?」
エトワールの言葉に、国王は楽しそうに言った。
「誕生会の準備だ。彼女は、先日三歳の誕生日を迎えたそうだが、家では……誕生会は開かれなかったとの情報を得たからな」
「なんですって!」
システィリーナの目が吊り上がった瞬間、赤子が鳴き始めた。
「あら、あらあら、ごめんなさいね」
彼女はそれをあやす。
エトワールは衝撃を受けたようで、眉間にしわを寄せている。
「……調査によれば、ミーナ嬢が優秀な故に、ココレット嬢は虐げられるようになってしまったらしい。そして能力鑑定でミーナ嬢の能力が祝福と判明し、ココレット嬢は、大した能力ではなかったと、待遇がさらに悪くなったそうだ」
「……なんていうこと」
「……そう、だったのですか」
「だから、今日はお例も兼ねて彼女のお祝いをしてはどうかと思ってな。いい考えだろう?」
いたずら気な笑みを浮かべてそう言う国王に、システィリーナは微笑む。
「私は貴方のそういうところ、とても素敵だと思いますわ」
「ありがとう」
両親の仲睦まじい様子に、エトワールは微笑んだのだった。




