22話
ちらりと見上げると、私に笑顔を向けるエトワール殿下と視線があった。
せっかくできた友達なのに……。
知られてしまったら友達ではなくなってしまうのかもしれない。
せめて友達でいる間は、仲良くしてくれたらいいなと、そう思った。
「先ほど、頭は痛くなかったですか?」
「あい。大丈夫れしゅ」
「よかった。では、行きましょう」
私はエトワール殿下にエスコートされて歩いていく。
ミーナのその恨めしそうな眼力の強さに、背筋が寒くなる。
けれどエトワール殿下はそんなことを無視し、私をエスコートして歩いたのであった。
馬車の中は、可愛らしいぬいぐるみがたくさん詰め込まれており、私は驚く。
「ふわぁ。かわちぃ」
「お母様から、この馬車で迎えに行くようにと命じられまして。私は……少し恥ずかしいです」
たしかに、エトワール殿下は恥ずかしいかもな。
私達は一緒の馬車に乗り、私はくまのぬいぐるみを膝に抱えた。
「ふふふ。かわちぃ」
「喜んでもらえてよかったです」
「これから屋敷へ向かうのれしゅか?」
私の問いかけに、エトワール殿下がうなずいた。
「はい。お母様の実家である侯爵家の屋敷です。とてもきれいな庭のある屋敷ですよ」
なるほど。システィリーナ様は今の段階では城へ帰らない選択をしてくれたのだろう。
しばらく馬車で走ると、侯爵家の屋敷が見えてきた。
その周囲は騎士達の警備が敷かれており、馬車も許可が下りてから屋敷の敷地内へと入っていった。
「さぁ、どうぞ」
馬車が付くと、そこからもエトワール殿下がエスコートしてくださる。
とても雰囲気の良い庭を通り抜け、そして屋敷の一室へと私は通される。
可愛らしい薄桃色のベッドと、おもちゃたち。
甘いミルクのような香りの部屋のソファに、システィリーナ様は赤子を抱き、腰掛けていた。
その横にはメアリー様の姿もある。
「あぁ。ココレット様。よく来てくれたわね」
「ココレット様! お久しぶりね。見て見て、とぉーっても可愛いの」
優しい微笑みを浮かべるシスティリーナとメアリー様。
私は、エトワール殿下に促されて、システィリーナ様の傍へと歩みよった。
「本日は、お招きありがとうございましゅ」
「ふふふ。無事に産まれたの。見て。私の可愛い赤ちゃん。名前はアルマよ」
「はぁぁ。本当に天使ちゃんだわ」
「アルマ様……」
とてもとても小さい。まだまだふにゃふにゃとしていて、欠伸をすると、それだけで世界に幸福が訪れるのではないかと思うほどに可愛らしい。
「わぁぁぁぁ」
こんなに、赤ちゃんとは可愛らしいのか。
「か、可愛い。とっても!」
私がそう言うと、システィリーナ様が私の頭を、優しく撫でた。
「そういう、貴方も、とても可愛らしいわ」
「ふぇ?」
頭を……撫でられた。
心の中が、ぽかぽかと温かくなって、私はふふふっと笑い返す。
「元気な赤ちゃん、生まれてよかったです」
今のところ、赤ちゃんにもシスティリーナ様にも幽霊の類はとりついていない。
ただ、エトワール殿下の背中にはたくさんついている。
一体どれだけ悪霊がいるのか。
やはり問題は城。城の何かが、王家の人々に悪霊を憑りつかせているとしか思えない。
すると、システィリーナ様が言った。
「ずっとね、怖かったの」
「え?」
「ちゃんと元気な赤ちゃんを、産めるだろうかって……何度も、何度も赤ちゃんの心音が止まりかけてね……何度も一人で泣いたの……失いたくないの。私は、私の子どもを、もう失いたくなかったの」
「「お母様……」」
メアリー様もエトワール殿下も、システィリーナ様の手を握る。
「……私は、この子を守れるだろうかって……」
潤んだ瞳で、システィリーナ様が私を見つめ、それから、唇を震わせながら言った。
「ありがとう……本当に。貴方が……貴方のおかげで……私は、こうやってこの子を抱き締められる……」
「そんな、あたちは、何も」
「……ふふふ。とにかく、今日はご馳走を用意したの。たくさん食べていって。貴方の執事さんもご一緒にね」
そう告げられ、リヤンが少し驚いたような表情を浮かべる。
「執事さん、ココレット様の傍にいてくれてありがとう」
「いえ、私は仕事ですので」
「ふふふ。さぁ、皆で小さなパーティーね」
エトワール殿下も、メアリー様も、嬉しそうに笑う。
「パーティーですか。こんな素敵なパーティーは初めてです」
「本当に! ふふふ。それにお母様も嬉しそうで……私もとっても嬉しいわ」
メアリー様は、システィリーナ様の腕にぎゅっと抱き着く。
それからアルマ様の頬を指で優しく撫でた。
「アルマ。私の可愛い妹。どうか、お母様にたくさん笑顔をあげてね」
するとシスティリーナ様が言った。
「さぁ、たくさん食べて。皆で楽しみましょう」
私達は笑い合い、部屋に運ばれてきた料理を美味しくいただいたのであった。
楽しい時間があっという間に過ぎて、私は、その光景を見つめながら小さく息をついた。
「どうかしたのか?」
リヤンに小声で尋ねられ、私は言葉を返す。
「……あたち、今度こそは普通に生きたいって思っていりゅの」
「ん? 普通?」
「えぇ。でも……でも、普通に生きりゅために、誰かの不幸を見逃すのは、嫌なのよね」
普通でいたいならば、王家の方々に近づかない方がいい。
けれど……王家の方々は、私のことを真っすぐに見てくれるいい人ばかりだ。
私は、覚悟を決めると言った。
「普通でいたいのは、諦めるちゅもりはないんだけれど……王家の人達も、出来たらたすけたいの。だから、あたち、がんばりゅ」
「……お前、えらいよな」
「え?」
「面倒くさいことを、面倒くさがらずに出来る奴はいいやつだ」
「ふふふ! リヤンに褒められちゃった!」
「あぁ。えらいえらーい」
頭をくしゃくしゃに撫でられ、私はやめてぇと叫んだのだった。




