19話
侍女さんが付いて来ようとしていたけれど、私は瞬発力で振り切った。
すまない侍女さん。一刻を争うのだ。
天才祓い師であった私の感が告げている。
走らなければ、間に合わないぞ、と。
普通になりたいと願う私だけれど、目の前で誰かが命を落とすかもしれないと言う時に、黙っていられるわけではない。
生け垣を走り抜けた先で、一人の女性が視界に映る。
その周囲には誰もおらず、女性は一人、大きなおなかを抱えてうずくまっていた。
女性の背中に恐ろしい形相で襲い掛かる悪霊は、ケタケタと笑い声をあげている。
『赤子もろとも、こちらへおいでぇぇぇ』
『忌々しい能力も、あははは。もう消えかけだ』
『ふふふ。血を絶やせぇ、絶やせぇ』
女性の周囲には淡い光が纏われており、それがギリギリ悪霊を押し返している。
あの淡い光はなんだろうか。見たことのないものだと思っていると、女性の声が聞こえた。
「お願いします。どうか、どうかこの子をお守りください。私の能力の全てをもって、この子をお助け下さい」
子どもの為に、祈っている。
それを見て、私は驚いた。
お腹の中の子どもの為に、自分の命よりも子どもの為にと祈っている。
私は、手で印を結び、声をあげた。
「臨、兵、闘、者、皆、陣、烈、在、前、滅ちゃれやがれ!」
女性の目の前でそう叫んだと同時に、悪霊達が一斉に悲鳴を上げる。
『ぎゃぁぁぁぁ。なんだ。どうして』
『あと少しだったのにぃ……』
そして霧散し光の中へと消えていった。
「はぁ……はぁ、はぁ……まに、あった」
ギリギリだ。
ギリギリ間に合った。
あっぶなかった。あと十秒遅れていたら、危なかった。
それにしても、あんなに大量の悪霊を背負いながらよくこの人、身重で無事だったな。
私は走って来たせいで息が上がっており、大きく深呼吸を繰り返していると、女性が私のことを大きな青い瞳で見つめてきた。
私は、すっと視線を反らした。
「あーーーーえっと、ちょっと道に迷いまして、えっとぉ」
「ちょっとお待ちになって。こちらへいらっしゃい」
「……あい」
先ほどまで青白い顔をしていたというのに、悪霊を祓ったから血色が戻って来ている。
どう言い訳をしようかなと思っていると、その女性は私のことを真っすぐに見つめて言った。
「貴方、今、何をなさったの?」
直球で尋ねられて、私はどう答えるべきかと思っていると、女性が視線を少し泳がせてから息をつく。
「いいえ、いいえ。ごめんなさい。答えにくい言い方をしてしまったわ。ごめんなさい。私はシスティリーナ・ドゥ・ヴィクトリア。貴方は?」
その名を聞いて、私は目を丸くした。
エトワール殿下のお母様であり、国王陛下の奥様、つまり王妃殿下だ。
私は慌てて礼をする。
「も、もうちわけございません。私は、ゴードン公爵が娘、トトレットでございます」
「トト……あぁ、貴方が噂のココレット様ね」
噂? 噂とは何だろうかと思っていると、システィリーナ様は立ちあがり私の手を取ると言った。
「ココレット様、よろしければ、一緒にお茶はいかが?」
「ふぇっと……あの、私、今エトワール殿下とのお茶会で」
「そうだったわね。そちらには私から連絡をするわ」
そう言うと、システィリーナ様がテーブルの上にあったベルを鳴らす。すると侍女が現れ、システィリーナ様が何かを伝えるとうなずき、歩き去っていく。
「えっと、あの、さっき……体調わるそうれしたけど、なんで、侍女さん、呼ばなかったんれすか?」
ふと疑問に思い尋ねると、システィリーナ様にどうぞというように椅子へと促され、私はシスティリーナ様の横の席に腰掛けた。
笑顔で、さも普通のことを告げるようにシスティリーナ様が言った。
「もし、私が侍女の前で死んだら、その侍女は責任を取らなければならないでしょう?」
「え?」
「だから、あぁいう時は、一人になることにしていたの」
システィリーナ様が私のことをじっと見つめ、それから、私の手をぎゅっと握って言った。
「……貴方が、何かしてくださったのでしょう?」
直球で聞かれるとは。
戸惑いからドギマギとしてしまう。
「えっと、ごめんなしゃい。あたち、何もしてません……」
視線をすっとそらしてごまかすように告げると、システィリーナ様が微笑む。
「私は、守護の能力を持って生まれたの」
「守護?」
この世界には一人につき一つ能力が神から授けられるらしい。
私は呪い子で、ミーナは祝福の能力。
そしてシスティリーナ様は守護。
システィリーナ様は優しく微笑むと、お腹をさする。
「私はね、この守護の能力を持っていたから国王陛下の妃となり、そして、子を守るために使っているの」
その言葉に、私はなるほどと理解する。
王家は何らかの理由で、霊に憑りつかれやすくなっている。それはきっとここ最近だけのことではないのだろう。
だから、王家の血を絶やさぬように、血を引き継ぐ可能性の高い能力を持つ令嬢と婚姻を結んできたのではないだろうか。
そしてシスティリーナ様もその一人なのだろうと、私は予想した。




