18話
事件は、公爵家に届いた一通の手紙から始まった。
私は面倒くさいなぁと思いながら、お父様の前に立っていた。
久しぶりの公爵家本邸である。
侍女が美しく磨き上げたその屋敷を私は嘗め回すように見ながら思った。
「これだけピッカピカなら、うちに一人くらい侍女くれてもよくないれしゅか?」
「何か言ったか?」
「いいえー」
お父様が私を睨みつけてきて、私は唇を尖らせて視線を反らした。
この人の圧はすごい。
「……そなたは、呪い子だ。だが、呪い子は家の恥。故に、呪い子ということを公にすることはない」
「ふへぇ。あの、呪い子ってなんれしゅか?」
そもそもの根幹が分からない。
私は呪われているのか? それとも人を呪うのか。
するとお父様が私のことを眉を寄せて見つめてくる。
「……馴れ馴れしい」
「おっふ。あたち、むちゅめですけれど?」
「……口の利き方がなっていない」
「そりゃあ、教育なんてもの、受けてまちぇんから」
ああ言えばこう言う私に、お父様が苛立っている様子だ。
「黙れ」
私は口をつぐみ、黙る。
はっきり言って、もう早く屋敷に帰りたい。
黙ってていいなら帰ってもいいだろうか。
そう思っていると、お父様が言った。
「お前に、城から手紙が届いた。エトワール殿下からの呼び出しだ」
エトワール殿下とはもうお友達だからな。
そう思いつつも黙れと言われたので口を開かずにいると、お父様が言った。
「呪い子については、公言してはならん。いいな。エトワール殿下より、週に一度登城し、話し相手をせよとのことであった」
週に一度とは結構な頻度だなと思っていると、部屋がノックされてミーナが入って来た。
「失礼いたします。お父様、お呼びでしょうか?」
「あぁ。ミーナ。こちらへおいで」
「はい。お父様」
可愛らしく着飾っているミーナはお行儀よくお父様の横に向かう。
どうしてミーナがここに?
そう思っていると、お父様がミーナの肩をポンと叩いてから言った。
「妹のミーナも一緒に連れていきなさい」
「は?」
ぎょっとしてミーナを見ると、ミーナは可愛らしく微笑んでいった。
「王子殿下はきっと貴方と私とを、間違えているのではないかしら」
ミーナの言葉に、お父様は彼女の肩を優しくぽんとたたき、言った。
「ミーナ。その可能性もあるだろう。だから、一緒に行って、王子殿下の心を掴んでくるのだ。王家との繋がりは、深い方がいい」
「はい! お父様」
自信たっぷりなミーナの様子に、私はなんとも言い難い。
せめて、ミーナが私に好意的であればいいのだが、彼女の目は、私のことを虫けらの如く見つめてくる。
まぁ、私に拒否権はない。
すると、私の横に人に見えないようにしてあるリヤンが呟いた。
「お前の家族は、どいつもこいつも、クソだな」
本当にそれ。
早く大きくなって、こんな家出ていってしまいたい。
リヤンと一緒に異世界旅なんかもいいかもしれない。
その為には、もう少し大きくなると同時に物理的に鍛えなければ。
私は喋るなと言われたので、その後は口を開かなかった。
エトワール殿下へのお手紙の返事に、妹も連れていくことを書けと言われたので、書いた。
ただ、私はまだこの国の文字に慣れておらず、文字自体も、今リヤンに教えてもらって、どうにか書ける程度だ。
エトワール殿下が、私の汚い文字に怒らないといいなとそう思った。
そして迎えた当日。私はいつもよりも小奇麗に仕上げられるとミーナと同じ馬車に乗り込んだ。
ミーナはここぞとばかりにリボンがたくさんつけられたドレスを着ており、瞳をキラキラと輝かせていた。
「うふふ。きっと王子様、貴方には帰れっていうわね。ふふふ。あぁ、待っていてくださいませ~」
恋に夢見る乙女という雰囲気に、私は“げぇぇ”と吐くようなポーズを取った。
三歳児で恋に夢見ているの?
早くない? え? 私だけこんな興味ないのかしら。
今度誰かに質問してみようと私はそう思った。
ただ、馬車という乗り物は結構好きになった。
馬がぱっかぱっかと引いてくれるし、馬車の中のクッションはふかふかだったし、外の景色も楽しかった。
街の人々が行き交う様子は、見ていてファンタジックだ。
異世界ってこんな風なんだなぁと思っていると、この前リヤンと行ったご飯屋さんが目に入った。
いい匂いがする。
すると、あの女の店員さんが見えて、私は窓から手を振った。
店員さんは驚いた後に、瞳一杯に涙をためながらこちらに向かって頭を深々と下げた。
あの様子だと、あの男の子の伝言はきっとうまく伝わったのだろうなと、そう思う。
私は店員さんが見えなくなるまで手を振り続けていると、ミーナが嫌悪感を露にして言った。
「……本当にこんな子が、私と血が繋がっているの? 気持ち悪い」
うおっふ。
私の妹、性格きつすぎない?
えぇぇぇぇ。私お姉様だよぉ? もう少し優しくしてくれても良くない?
やはり、あの親にしてこの子ありなのかもしれない。
私は前世の記憶思い出してよかったぁと心の中で思いつつ、言葉わかりませぇんという雰囲気で、笑顔を顔に張り付けて、馬車の中は乗りきった。
王城に到着すると、エトワール殿下とメアリー様が出迎えてくださった。
「ようこそいらっしゃいました」
「ふふふ。待っていたわよ。ココレット様」
メアリー様は私の目の前にしゃがんで嬉しそうに私のほっぺたをぷにぷにとつつく。
エトワール殿下の目の前では、ミーナは美しくカーテシーを行う。
「本日はお招きいただき、感謝いたします」
「……えぇ。貴方は、ミーナ嬢でしたね」
「はい! ふふふ。エトワール殿下とこうして会えるのを楽しみにしておりましたの」
「そう、ですか。では、こちらへどうぞ。さぁ、ココレット嬢も」
嬉しそうに私の手を取ろうとするエトワール殿下。けれど、ミーナがエトワール殿下の手を取った。
「エスコートありがとうございます」
「え。えぇ」
エトワール殿下とミーナが先を歩き、私とリヤンそしてメアリー様が後ろからついていく。
「貴方の妹様、なかなか癖が強そうね」
メアリー様にそう呟かれ、私は苦笑浮かべた。
私の横でふわふわ飛んでいたリヤンは、王城の中を進みながら言った。
「俺は散歩に行ってきてもいいか?」
散歩。リヤンならば誰にも見つからず楽しく散歩できるだろうなと少し羨ましくなる。
私がうなずくと、リヤンは“じゃっ”というように手をひらひらさせて飛んで行ってしまった。
羨ましいぜよ。
私もミーナがいなければ楽しかったのだろうけれど、ミーナがいる以上、自由におしゃべりも出来ない。
せっかく王城に来たのになぁと思っていると、メアリー様が小声で言った。
「大丈夫?」
「……あい。色々ありまちて」
「そう。私はこの後行くところがあって、ここに残れないのよ……」
「そうなんれすか? うぅぅ。三人かぁ……」
きっとエトワール殿下にミーナはべったりだろう。
今日はもう、心を無にして二人を見守るに徹するしかないかもしれない。
「あぁぁ。行かなきゃいけないのが名残惜しいわ! ごめんね。それじゃあね」
そう言うとメアリー様は行ってしまい、私は、静かにエトワール殿下とミーナの後ろをついていく。
こんなことならリヤンに残ってもらえばよかった。
庭の一角にお茶会の席が設けられており、そこに腰を下ろしたものの、ミーナがエトワール殿下にべったりである。
私、何のためにここにいるのだろうか。
そう思いつつ、紅茶を一口飲み、庭に視線を向けた時だった。
背中がぞわりとする、悪霊の気配を感じた。そしてその悪霊は、たしかなる悪意を抱き、誰かの命を奪おうとしている。
明確な……殺意だ。
「お花を摘みに行って参りましゅ」
勢い立ち上がり、よく私がそう言うと、ミーナとエトワール殿下が驚いたような顔を浮かべた。
「洩れそうなので! しちゅれい!」
二人の返事を待たずに全力で走った。




