妖精ハンター、アーノルドの意外な生態
『世界で唯一の妖精ハンター、アーノルド……神秘のベールに包まれた彼の正体を暴きに、すご腕のカメラマンが密着取材!!』
という体裁で、へんぴな小島に向かったのだが……予想外だ、めっちゃ予想外。今目の前にいる『妖精ハンター』は、屈強な体つきのオジサンだ。しかもむちゃくちゃ汗っかき。『玉の汗』というかもはや『滝の汗』が全身から流れ出ている。
「……あの、今一度お訊ねしますが……あなたがあの『伝説の妖精ハンター』ですか?」
「いかにも」
いかにもじゃないだろぉおおお!! と言いたげに後ろで上司が頭を掻きむしっている気配。
そりゃそうだ、世界じゅうのセレブが夢中な『妖精』という優雅なペット……その唯一のハンターだよ? てっきりさらさらストレートな長髪の美形男子かと思うじゃん。何かこう、指先からバラの花でもまき散らす魔法かなんか使ったり、甘美な声で歌とか歌って妖精を誘い出して捕まえるのかと思うじゃん。
でも実際目の前にいるのは、『封印されし格闘技の始祖』かなんかと疑うようなゴリゴリの体のおっさんひとり。そしてむちゃくちゃ汗っかき。なのに部屋の中にはむせっけえるくらいの花の香り。ええと、何なん、この状況??
「……あのう……アーノルドさん、お名前からしてこの島のご出身ではない?」
「いかにも。わしの先祖は百年前、罪人としてこの小島に流されてきた。その子孫がわしなのじゃ」
わあもうイメージぶち壊しだよ! 『妖精ハンター』と聞いてみんなが思い浮かべるような優雅な要素がひとつもないよ!!
「わしは幼少期からとんでもない汗かきだった。そしてその汗は妙にべとつき、花の蜜のにおいがした」
――わあ。何か嫌な予感。
「そうして蜜のにおいに魅かれてか、わしの体にはすさまじく妖精がたかってくるのだ……異世界との『ほころび』から迷い込んできた妖精が!」
「は、はあ……しかし一般に妖精はとんでもなく警戒心が高く、そう容易には捕まらないと……」
「うむ、それもわしの汗の効果だろうか……わしの体にたかった妖精はみな、警戒心がえらく少なく、人間に対して友好的になるのだよ!」
「す、すごいですねえ……そうしてアーノルドさん、いったいどのようにして妖精を捕獲するのですか?」
「立っとる。ただ立っとる。なるべく日差しがかんかん照りつける野原の真ん中、シャツを脱いでパンツ一丁の姿になってな。わしを囲んで十人ばかり、虫かごを持った仲間が立っとる」
「ほ、ほほお……それは何とも異様な……い、いや見応えのある光景ですね……」
「するとな、ほどなく妖精がわんさか飛んできて、わしは妖精をいっぱいに飾りつけたクリスマスツリーみたいな姿になる。で、わしの汗を舐めてうっとり、警戒心もほぼ無くなった妖精の羽根をちょいちょいつまんで、仲間たちがかごに入れる」
ぼくがカメラを構えた後ろで、スタッフたちの帰りじたくの音がする。
「おい、カメラだけは忘れんなよ。お前の稼ぎより高いんだから!」
そう言い残し、スタッフたちは下っぱのぼくを置きざりに、小島に唯一の木造ホテルへ引き上げていってしまった。アーノルドさんは蜜のにおいの汗をかきかき、とても穏やかに微笑んだ。
「やれやれ、わしはお役御免か……お上品な方々の端末にお目にかけるには、わしは暑苦しすぎたかの?」
妖精ハンターはからから笑い、ぼくに冷えたお茶を一杯さし出した。
「やあ、君も大変だねえ。こんなへんぴな島にまで、えらく重そうなカメラを構えて……」
「……いえ、あなたこそ大変でしょう……ただでさえ汗っかきなのに、この暑い小島で炎天下に汗だくだくで突っ立って……」
「はは、何を言うかね! 庭のバラのにおいをかいで、紅茶を飲んどるばかりじゃ人間らしい暮らしとは言えん。汗水垂らして稼がにゃあ、それが『人生の醍醐味』と言うもんだ。もっとも、ただ突っ立っとるだけだがね!」
ぽん、と背中を押された気がした。いいようにこき使われて、構えてるカメラのほうが価値があるように扱われ、ぼろぼろだった精神が、ふうっと楽になった気がした。
……それからぼくは、局を辞めた。ただでさえぎりぎりだった生活の中で、何とか少しずつキープしてきた貯金をはたいて、古い空き家と小さな庭を借り受けて、そこでバラ園を始めたのだ。
そして今、ぼくは土だらけになってトゲのあるバラたちの世話をして、バラ専門の花屋みたいなことをして稼いでいる。庭のバラのにおいをかいで日が落ちるまで働いて、安い紅茶で夕食後のティータイムを楽しんで……妖精を飼えるような身分にはなれなかったけど、妖精みたいに綺麗な妻に恵まれて、なかなかの毎日を過ごしている。
あれからアーノルドさんとは、互いに連絡を取り合っている。このあいだは短い動画が送られてきた。画面の中のアーノルドさんは炎天下、体じゅう妖精まみれになって……すきまからのぞく青い目が、にやりと得意げに微笑んだ。
のぞき込んできた妻が、思わずくすくす笑い出す。つられ笑いで目を上げると、窓の外には月光に濡れ、虹色のバラが妖精みたいに咲いていた。
(完)