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第99話「ブラックフライデー」

 ブラックフライデーのモールは、戦場だった。

 人、人、人。

 セールの赤いポップが並ぶ店内で、わたし――しおりんは人混みにやられそうになりながら、かおりんの袖をそっとつまんだ。


「ねえ、迷子にならないように、手……つなぐ?」


 冗談っぽく言ったつもりなのに、かおりんは一瞬だけ目を丸くして、それから小さく笑った。

 その笑顔が、セール札よりずっと眩しかった。


「……うん、つなごっか」


 かおりんの手は、思ったより温かかった。

 指先まで、ちゃんと息してるみたいな体温。


 人混みをすり抜けるとき、かおりんがわたしの手をぎゅっと引く。

 それだけで胸がきゅっとなって、心臓の音が、大きくなるのが自分でも分かる。


「ほら、しおりん遅い〜」

「かおりんが速いんだよ!」


 笑いながら駆け足で通路を抜けて、気づけばわたしたちは大きな荷物を抱えていた。

 黒いショッパーがいっぱい。その全部が、二人で選んだ“楽しかった時間”の証。



 夕焼けの道を並んで歩く。

 モールの喧騒が遠くなるほど、心が静かになっていく。


「ねえ、ちょっと寄り道しない……?」

 かおりんが言った。


「どこに?」

「……昔の公園。帰り道の途中にあるでしょ」


 胸の奥で、何かが跳ねた。

 あの公園は、わたしたちがまだ幼稚園くらいのときに、毎日のように遊んでいた場所。

 ブランコの順番で喧嘩したり、転んだとき泣きながら手を引いて帰ったり。

 あの頃の全部が、夕焼けみたいに柔らかくて、今よりずっと真っ直ぐで──


「行こっか」

 そう答えると、かおりんがうれしそうに横顔を向けた。



 公園に着くと、秋の風がひゅうっと頬を撫でた。

 誰もいなくて、遊具も静か。

 鉄棒の下に落ち葉が積もっていて、ベンチの影が長く伸びている。


「……なんかさ」

 かおりんがブランコのロープを握りながら言う。

「ここ、ちょっと変わったね」


「うん。でもさ……匂いは同じ」

「え、匂い?」

「うん。なんか、夕方の公園の匂いって……あの頃と変わらない気がする」


 何を言ってるんだろう、って思いながらも、言葉が勝手に口からこぼれた。

 変わらないのは、本当は公園じゃなくて──


 かおりんと並んで座ると、ベンチが小さくきしんだ。

 膝と膝がかすかに触れる。

 ただそれだけで、胸がぎゅっとして、鼓動が痛いほど響く。


 秋の風は冷たくて、かおりんが肩をすくめた。


「寒っ……」

「ちょっと、ほら……しおりん、寄っていい?」


 かおりんは、わたしの肩にそっと頭を預けてきた。

 その重さが、懐かしくて、嬉しくて、胸の奥があったかくなる。


「……うん。いいよ」


 風の音だけが響く公園で、二人でじっと寄り添う。

 体温がゆっくりと混ざって、冷えた空気の中にぽっと灯りがともるみたいだった。


「ねえ、しおりん」

「ん?」

「今日さ……なんか、すごく楽しかった」


 かおりんの声が、少しだけ震えてる。

 この震えが、寒さからなのか、それとも──


「わたしも。かおりんと一緒だと、ほんと楽しい」

「……うん。しおりんとだと……なんか、全部特別になるよね」


 その言葉に、胸がぎゅうっと苦しくなる。

 苦しいのに、すごく甘くて、泣きたくなるくらい嬉しい。


「寒いね」

「……うん。でも、しおりんあったかい」


 急に、かおりんが腕を回してきた。

 ぎゅっと抱きしめられて、わたしも思わず抱き返す。


 服越しなのに、心臓が触れ合いそうで。

 呼吸が重なるたびに、胸の奥がぎゅんってなる。


「なんか……こうしてると、時間止まればいいのにな」

「かおりん……」


 わたしたちは、ブランコの影が長く伸びる公園で、

 ただ黙って抱き合っていた。


 寒いはずなのに、指先まで熱い。

 帰りたくなくて、離れたくなくて。

 子どもの頃のわたしたちが、きっとどこかで笑って見ている。


「しおりん」

「なに?」

「……ありがと。今日、来てくれて」


「ううん」

 わたしは、かおりんの背中をそっと撫でた。

「わたしの方こそ。かおりんと来れて、よかった」


 ぎゅっと抱きしめると、かおりんも同じ強さで抱き返してくる。

 その力が、なんだか答えみたいだった。



 夜風が冷たくなるまで、

 わたしたちは公園で、

 ただ寄り添ってあたため合っていた。


 言葉よりも確かに、

 胸の奥が恋に近づいていくのを、

 お互い気づいていた。

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