第99話「ブラックフライデー」
ブラックフライデーのモールは、戦場だった。
人、人、人。
セールの赤いポップが並ぶ店内で、わたし――しおりんは人混みにやられそうになりながら、かおりんの袖をそっとつまんだ。
「ねえ、迷子にならないように、手……つなぐ?」
冗談っぽく言ったつもりなのに、かおりんは一瞬だけ目を丸くして、それから小さく笑った。
その笑顔が、セール札よりずっと眩しかった。
「……うん、つなごっか」
かおりんの手は、思ったより温かかった。
指先まで、ちゃんと息してるみたいな体温。
人混みをすり抜けるとき、かおりんがわたしの手をぎゅっと引く。
それだけで胸がきゅっとなって、心臓の音が、大きくなるのが自分でも分かる。
「ほら、しおりん遅い〜」
「かおりんが速いんだよ!」
笑いながら駆け足で通路を抜けて、気づけばわたしたちは大きな荷物を抱えていた。
黒いショッパーがいっぱい。その全部が、二人で選んだ“楽しかった時間”の証。
*
夕焼けの道を並んで歩く。
モールの喧騒が遠くなるほど、心が静かになっていく。
「ねえ、ちょっと寄り道しない……?」
かおりんが言った。
「どこに?」
「……昔の公園。帰り道の途中にあるでしょ」
胸の奥で、何かが跳ねた。
あの公園は、わたしたちがまだ幼稚園くらいのときに、毎日のように遊んでいた場所。
ブランコの順番で喧嘩したり、転んだとき泣きながら手を引いて帰ったり。
あの頃の全部が、夕焼けみたいに柔らかくて、今よりずっと真っ直ぐで──
「行こっか」
そう答えると、かおりんがうれしそうに横顔を向けた。
*
公園に着くと、秋の風がひゅうっと頬を撫でた。
誰もいなくて、遊具も静か。
鉄棒の下に落ち葉が積もっていて、ベンチの影が長く伸びている。
「……なんかさ」
かおりんがブランコのロープを握りながら言う。
「ここ、ちょっと変わったね」
「うん。でもさ……匂いは同じ」
「え、匂い?」
「うん。なんか、夕方の公園の匂いって……あの頃と変わらない気がする」
何を言ってるんだろう、って思いながらも、言葉が勝手に口からこぼれた。
変わらないのは、本当は公園じゃなくて──
かおりんと並んで座ると、ベンチが小さくきしんだ。
膝と膝がかすかに触れる。
ただそれだけで、胸がぎゅっとして、鼓動が痛いほど響く。
秋の風は冷たくて、かおりんが肩をすくめた。
「寒っ……」
「ちょっと、ほら……しおりん、寄っていい?」
かおりんは、わたしの肩にそっと頭を預けてきた。
その重さが、懐かしくて、嬉しくて、胸の奥があったかくなる。
「……うん。いいよ」
風の音だけが響く公園で、二人でじっと寄り添う。
体温がゆっくりと混ざって、冷えた空気の中にぽっと灯りがともるみたいだった。
「ねえ、しおりん」
「ん?」
「今日さ……なんか、すごく楽しかった」
かおりんの声が、少しだけ震えてる。
この震えが、寒さからなのか、それとも──
「わたしも。かおりんと一緒だと、ほんと楽しい」
「……うん。しおりんとだと……なんか、全部特別になるよね」
その言葉に、胸がぎゅうっと苦しくなる。
苦しいのに、すごく甘くて、泣きたくなるくらい嬉しい。
「寒いね」
「……うん。でも、しおりんあったかい」
急に、かおりんが腕を回してきた。
ぎゅっと抱きしめられて、わたしも思わず抱き返す。
服越しなのに、心臓が触れ合いそうで。
呼吸が重なるたびに、胸の奥がぎゅんってなる。
「なんか……こうしてると、時間止まればいいのにな」
「かおりん……」
わたしたちは、ブランコの影が長く伸びる公園で、
ただ黙って抱き合っていた。
寒いはずなのに、指先まで熱い。
帰りたくなくて、離れたくなくて。
子どもの頃のわたしたちが、きっとどこかで笑って見ている。
「しおりん」
「なに?」
「……ありがと。今日、来てくれて」
「ううん」
わたしは、かおりんの背中をそっと撫でた。
「わたしの方こそ。かおりんと来れて、よかった」
ぎゅっと抱きしめると、かおりんも同じ強さで抱き返してくる。
その力が、なんだか答えみたいだった。
*
夜風が冷たくなるまで、
わたしたちは公園で、
ただ寄り添ってあたため合っていた。
言葉よりも確かに、
胸の奥が恋に近づいていくのを、
お互い気づいていた。




