第94話「人狼ゲーム①」
十一月。
木々はすっかり色づいて、校庭の銀杏が夕陽を反射している。
放課後の教室には、乾いたチョークの匂いと、微かに冷たい風。
わたし――かおりんは、机の上でカードを並べながら深呼吸をした。
「……人狼、やろっか」
声がちょっとだけ震えたのを、自分でもわかった。
ゆはりんが顔を上げて、「え、また心理戦!?」と笑う。
その笑顔がまぶしい。
けれど、胸の奥のどこかが、静かに痛い。
奈々りんは椅子をくるりと回して、足を組み、わざと軽い調子で言った。
「いいね。最近ストレス溜まってたし。暴ける嘘は暴いとこ」
(…… “嘘”って。タイムリーすぎるよ、奈々りん)
彼女の視線が一瞬わたしをかすめた。
その目の奥の熱を、わたしはまだ忘れられない。
“ゆはりんにも、しおりんにも負けたくない”
あの夏の日、部屋で聞いた奈々りんの告白が、まだ体の奥で生きている。
それを知らずに笑っているゆはりんが、いちばん無防備で――
いちばんまぶしい。
*
「じゃあ配るね!」
ゆはりんがノートの切れ端を三つに折って、机の上に並べる。
「人狼」「占い師」「村人」。
役職はいつも通り。けれど今日のわたしたちは、それぞれがすでに“何か”を隠している。
「じゃ、配るね。……はい、どうぞ!」
三人で同時に手を伸ばし、カードを取る。
裏返して、そっと見る。
――わたしのカードには、“人狼”と書かれていた。
(また、わたしが“嘘をつく役”なんだ)
思わず笑ってしまいそうになった。
まるでこの状況そのままじゃないか。
ゆはりんにも奈々りんにも、本音を言えない。
心のどこかで、どちらにも嘘をついてる。
「じゃあ、議論ターイム!」
奈々りんの声が軽く響く。
けれどその笑顔は、どこか挑発的。
まるで――
“わたしの中の狼を見抜いてみろ”
とでも言いたげだった。
*
「えっと……ゆはりんは、村人っぽいかも」
「え、なんでですか?」
「表情が自然。嘘つけないタイプ」
「そ、そんな! わたしだって演技くらいできます!」
「じゃ、試しにやってみて」
「え?」
「 “わたし、人狼です”って言ってみて」
ゆはりんは両手を胸の前でぎゅっと握り、
「……わ、わたし、人狼です……」
と絞り出すように言った。
その声が震えてて、どう見ても本気で罪悪感に包まれてる。
奈々りんは吹き出した。
「無理すぎる。かわいすぎて処刑できない」
「ひどいです!」
わたしは、そんなやり取りを見ながら、心の奥がぎゅっと締めつけられた。
かわいい。
でも、その“かわいい”を口に出すと、奈々りんの視線が刺さりそうで怖い。
彼女はまだ、あの夏の告白の続きを待ってる。
だから、わたしも嘘をつく。
人狼のカードを握りしめながら、もう一つの嘘を。




