表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
93/97

第93話「スピード④」

ゲームが終わると、わたしたちはカードをそろえて箱に戻した。

エアコンの唸りが戻ってくる。蝉の声も、また少し大きくなる。

テーブルの上には、うっすら汗のにおいと紙の匂い。

息を整えて、麦茶を飲む。氷がからん、と鳴る。


「ねえ、しおりん」


「ん?」


「こういうの、いいね」


「スピード?」


「うん。勝ち負けがはっきりしてるけど、終わったらちゃんと笑えるやつ」


「座道の精神にかなってる」


「それ何でも座道に回収するやつじゃん」


かおりんが肩で笑う。

その笑い声が、やけに近く感じる。

わたしはグラスを置いて、言葉を選ぶみたいに、少し間をおいた。


「……お願い、追加してもいい?」


「え、三つ目? ダメではないけど、先に内容を審査します」


「厳しい」


「で、なに」


「さっきの写真、夜にもう一回見返す。二枚じゃなくて、三人分になってもいいから」


かおりんの目が、ほんの一瞬だけ丸くなって、それから柔らかくなった。


「……ああ、なるほど。ゆはりん?」


「呼ぶとは言ってない。でも、三人分になっても、いいでしょって話」


「ふふ。いいよ。――でも今日は、二人の“スピードの午後”だから」


「うん。今日は、二人」


確認し合うみたいに言って、わたしたちは同時に頷いた。

外の蝉が、また少しだけ静かになる。

夕方が、部屋の色を橙に塗り替え始めていた。



夜。

約束どおり、二人でソファに並んでダンス動画を流した。

スロー再生で足さばきを確認して、ミラーで腕の角度を合わせて、笑いながら何度もやり直す。

わたしがステップを一瞬間違えて、かおりんの足に軽く乗ってしまった。

「痛っ」「ごめん!」

そんな小さなドタバタも、今日は全部、甘い。


最後に、昼間の写真をもう一度見た。

真剣顔のわたしたちと、変顔のわたしたち。

画面の中の二人が、やけに愛おしい。


「ねえ、タイトル、やっぱり変えよう」


「『スピードの午後』、ダメ?」


「ダメじゃないけど、もっとシンプルに。……『二人の午後』」


「……いいね」


昼間よりも、静かな声で言った。

写真の中のわたしたちが、いっしょに笑っている。

リビングには、エアコンの音と、氷の小さな音と、ダンス動画のBGMが遠くに。

わたしたちは、肩を寄せ合った。


勝ち負けがはっきりして、でも終わったらちゃんと笑えるやつ。

ああ、そうか。

これが、たぶん、わたしたちの“スピード”なんだ。


明日になったら、また別の遊びをするのかもしれない。

誰かが加わって、にぎやかに笑うのかもしれない。

だけど今日の午後の速度は、今日だけのものだ。


「おやすみの前に、もう一回だけ」


「なにを?」


「勝負」


「え、また?」


「今度は、ハイ&ロー。勝ったら――」


「またお願い?」


「うん。『二人の午後・夜の部』を、もう一枚、ね」


「……はいはい。受けて立つ」


わたしたちはまた、カードを取り出した。

紙の匂いが、ふわりと漂う。

BGMが次の曲に変わる。蝉は黙っている。

そして、わたしたちの“スピード”は、もう一段ゆっくりになって、夜に溶けていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ