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第87話「ジェンガ②」

「お題カード増量しまーす」


 ひかりんの宣言とともに、カード山が倍に。内容も濃い。「“相手の好きな仕草ベスト3を発表”」「“隣の人の好きな香りを言語化”」「“ペアでお嬢様ごっこ(執事付き)”」


「執事付きって、誰が執事を……」


「私でございます」


 いつの間にか背後にいた執事さん。対応が速い。いや、速すぎる。


 ゲームは進む。奈々りんが安定感を見せ、かおりんが慎重に、わたしがちょっと見栄を張ってピンチを作り、ゆはりんが癒やし、そして――


「ガタン」


「またひかりん!?」


「ちがう! 今のは床が呼吸した!」


「床が!?」


 カード『ペアでお嬢様ごっこ(執事付き)』を引き当てたのは、よりによってひかりん。しかも相方指名制。


「しおりん、おいで?」


 指を差され、条件反射で立ち上がってしまう自分が悔しい。お嬢様ひかりん&お嬢様しおりん、そこへ執事さんが銀の盆を携えて膝を折る。「お嬢様、手を」。手を添えられてしまい、動揺で心がシャンデリアにまで浮上した。


「なにその破壊力……」


 かおりんが呆然。奈々りんは「眼福」とだけ言って湯呑を持ち直す。ゆはりんは――頬をふくらませて、グミをもぐもぐ。目だけがちょっとしょんぼりして見えたのは、気のせいじゃない。


 お嬢様ごっこが終わると、ひかりんがわたしの耳もとに顔を寄せ、イタズラっぽく囁く。


「やっぱ、似合うね。……横にいてほしいって、こういうことかも」


 鼓膜に効く台詞をやめなさい。心拍がバベル。



 中盤、タワーは膝上を越え、わたしたちの目線も自然と近づく。呼吸が混ざる距離。笑いがやわらかく揺れる。


 奈々りんのターン。彼女は無駄のない動作で一本抜き、ついでのようにカードも引いた。『“推しの人の好きなところを五連打”』


「推し?」


「……かおりん」


 静かな声。かおりんが目を瞬く。


「一、背筋が綺麗。二、素直。三、困った顔がずるい。四、がんばる時に唇を結ぶとこ。五、たまに甘える」


 室内が、ふっと静まった。かおりんは目を逸らし、耳まで紅葉。ひかりんは口笛、ゆはりんは胸の前で手をもぞもぞ。


(奈々りん、直球……!)


 そして次は、かおりん。慎重に抜いた……が、グラッ。


「やば」


 塔は耐えた。でもカードは引かなきゃいけない。震える手で一枚。『“隣の人の好きな香りを言語化”』


 隣は――わたし。かおりんは一拍、目を伏せて、ゆっくりと言葉を選ぶように。


「しおりんの匂いは……朝の洗いたて、みたい。風が通る感じ。安心する匂い」


「……うん」


 喉の奥が熱くなって、わたしはうなずくので精一杯だった。ひかりんの視線が横から刺さる。「ずるい」って顔。ゆはりんは両頬を押さえ、体温が上がった小動物みたいになっている。



 終盤、塔はほぼ危険物。誰が触れても崩れそう。わたしの番だ。中段右端――いける。指先で呼吸し、一本、スッ……。


「――っ」


 成功。カードを引く。『“ここにいる全員の、すきなところを一言ずつ”』


 全員って、全員。のどが乾く。紅茶をひと口。甘さが救い。


「ひかりんは、太陽。場の温度を上げるプロ。いないと寂しくなる」


「へへっ!」


「かおりんは、視線。目で語るところ。……ちゃんと届いてるよ」


「っ!」


「奈々りんは、芯。言葉が少ない分、重さがある。背中をまっすぐにしてくれる」


「了解」


「ゆはりんは、まろやかさ。ひとことが柔らかくて、でも芯がある。……甘くて、強い」


「……うん」


 言いながら、わたし自身の心が整理されていくのを感じた。みんなの顔が、少しずつほころぶ。塔は、不思議と揺れがおさまって見えた。



 最後の順番は――ゆはりん。


 祈るような沈黙の中、彼女は両手を膝に置き、呼吸を整え、そっと立ち上がる。小さな指が木に触れる。


(いける……?)


 カタン――


 塔は、わずかに角度を変えて……止まった。


「すごっ!」


 歓声。ゆはりんは、安堵の笑みと一緒にカードを引く。『“いちばん言えなかった本音を、今ここで”』


 部屋の空気が、薄くなる。ひかりんが「おっと」と笑い、奈々りんが息を止め、かおりんがわたしを見た。わたしは、うなずいた。


「……わたし」


 ゆはりんは、ほんの少しだけ唇を噛んで、それから顔を上げた。目には――迷いよりも、決意。


「かおりんも、しおりんも、だいすき。選べないの、ずるいって思うよね。でも、選べないくらい、どっちも嬉しくて、安心して、ドキドキして……」


 言葉を探すように、呼吸を整える。


「だから……いつかちゃんと決められるように、もっとみんなで笑いたい。わたし、逃げないで居たいの。……だめ、かな」


 ひかりんが口笛をやめ、奈々りんが目を細め、かおりんは――頷いた。わたしも、頷いた。


「だめじゃない。今日のカードに、“ハーレム禁止”って書いてなかったし」


 茶化すと、場にふわっと笑いが戻った。ひかりんが「じゃあ私も本音」と手を挙げる。


「しおりん、さっきの“お嬢さまごっこ”で確信した。私、やっぱりしおりんを隣に置きたい」


「置物みたいに言うな!」


「いや、“座道の女神像”として……」


「やめろ!」


 笑いの中で、奈々りんが静かに続けた。


「……昨日、ゆはりんが来てたの、知ってた。嫉妬も、した。けど、今はすこしだけ、平気。多分、わたしもここに混ざれてるって、思えたから」


 かおりんが奈々りんの手を握る。「ありがと」。ゆはりんも、反対の手をそっと重ねる。三人の手の上から、わたしは指先で“ポン”と合図した。


「はい、座道部全員、呼吸」


 すぅ――はぁ。胸のどこかに刺さっていた棘が、少し丸くなる。



「ところで――そろそろ“後半戦”に参ります」


 ひかりんがぱちんと手を鳴らす。執事さんが無音で現れ、木箱を差し出した。中身は色とりどりの輪ゴム、割り箸、洗濯ばさみ、紙コップ。


「工作タイム! 本日の最終競技、“ゴム鉄砲・王様防衛戦”~!」


「豪邸でやる遊びじゃない!」


「豪邸でやるからいいんだよ! 壊れないように執事さんが全部養生してくれたから!」


 見ると、ソファや壺には透明の保護カバー。準備が良すぎる。


「ルールはこう! 王様を一人決めて、紙コップの王冠を頭に。残りはチームに分かれて“王冠を先に落とした側の勝ち”。ただし、当てていいのは王冠だけ!」


「安全第一。了解」


 急造のゴム鉄砲を握りしめ、わたしたちは自然と二手に分かれた。

 チームA:王様・ひかりん(王冠)、ガード・しおりん。

 チームB:王様・かおりん(王冠)、ガード・奈々りん&ゆはりん。


「なぜ私が王様」


「似合うから!」


「根拠が雑!」


 合図とともに、飛び交う輪ゴム、弾ける笑い声。奈々りんの射撃が正確すぎて怖い。ひかりんの背に回り込んで、私は両腕でガード。「左右から来るよ!」と声を出すと、ひかりんが笑って肩ごしに囁く。


「しおりん、守ってくれるの、好き」


「戦場で言うセリフじゃない!」


 反対チームでは、ゆはりんが「えいっ」とかわいく撃ちつつ、実は連射がうまい。かおりんの王冠を守る奈々りんの動線が鋭く、ひかりんの王冠に当たりそうな弾を次々と弾く(物理)。床をころがる紙コップ、跳ねる輪ゴム、笑いの叫び。


「うわっ!」


 ひかりんの王冠が、かすめられてグラつく。私は思わず身体でかばい、後ろ向きにソファへ――


「きゃっ」


 ひかりんが一緒に倒れ込む形になり、至近距離。視界いっぱいのひかりんの瞳。わずかな息の熱。


「……ナイスガード」


「……ど、どういたしまして」


 心臓が跳ねる。ゲーム中だぞわたし。立ち上がると同時、反対側では――


「かおりん、うしろ!」


 ゆはりんが抱きつくみたいに庇って、王冠を守った。ふたりの髪が触れ合い、頬がかすかに重なる。奈々りんがその上から腕を伸ばして、正確にカウンターショット。ぽこん、と気持ちいい音で、ついに――


「王冠、落ちたー!」


 床を転がる紙コップ。勝者はBチーム。わたしとひかりんは負けを認め、深々と正座で礼。いつの間にか座ってしまうのが座道民の悲しさだ。


「勝者のリクエスト権、発動!」


 かおりんが目をぱちぱちさせる間に、奈々りんが手を挙げた。


「リクエスト。“みんなでソファにぎゅっと座って、今日の感想をひと言ずつ”」


 やさしいやつだ。だけど、それがいちばん危ない距離感を生むことも知ってる。


 五人でソファに、ぎゅう。ひかりんがわたしの肩に頭を乗せ、かおりんの左右を奈々りんとゆはりんがキレイに挟む。密度。温度。鼓動。


「今日一番、楽しかったとこ」


 合図に、順番に言葉が落ちる。


「ジェンガの最後の一本」(ゆはりん)


「かおりんの言葉」(奈々りん)


「王冠守ってもらったとこ」(ひかりん)


「……全部」(かおりん)


 四方から視線が集まる。最後にわたし。


「わたしは――“みんなで笑った時間”。それが今日いちばん」


 言った瞬間、ソファがくすっと揺れた。ひかりんが「わかる」と笑い、ゆはりんが「うん」とうなずき、奈々りんが「了解」とまっすぐで、かおりんは目を細める。


 そのバランスを、最後に崩したのはジェンガだった。さっきの塔が、誰かの足に触れてカタカタと揺れ――どさぁ。


「うわぁぁ!」


 倒れるブロック、崩れるソファの形、笑いながらもみくちゃ。輪ゴムがぴょんと跳ね、紙コップが帽子みたいに誰かの頭に落ちる。ひかりんの笑い声が天井に吸い込まれ、わたしたちは床に雪崩を打ったまま、しばらく動けなかった。


 執事さんがそっと毛布を掛けてくれる。

 豪邸の夜は、静かで、やけにやさしかった。


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