第86話「ジェンガ①」
「……でかっ!」
最寄り駅から送迎の黒い車に乗せられ、門前で降ろされた時点で、わたし――しおりんは語彙を落とした。ひかりんの家、庭が広いなんてレベルじゃない。庭がひとつの地域。芝生が県。噴水が県庁所在地。
「いらっしゃいませ。皆様、お嬢様のお友達でいらっしゃいますね」
やわらかい笑顔の執事さんが出迎え、玄関ホールの高さにクラクラする。大理石、らせん階段、天井画、でっかいシャンデリア。思わず正座で拝みそうになったが、ここで座法をきめるのは座道部の悪い癖だ。今日の目的は『遊ぶ』だ。
「しおりーん! かおりーん! 奈々りーん! ゆはりーん! こっちこっちー!」
2階の回廊から、ひかりんが全力で手を振る。ポニテを高く結び、いつもの太陽スマイル。階段を駆け降り、勢いそのままにハグ――
「おっと危ない」
直前で執事さんがすっと銀の盆を差し出し、ひかりんのスライディングをボレーの如く受け止める。さすがプロ。
「今日は“ジェンガ大会”! 優勝者は、うちの地下にあるお菓子ルームの開放権!」
「地下に“何”って?」
「お菓子ルーム! 世界のチョコとクッキーとグミとラムネが、棚ごとザラァっよ!」
ゆはりんの目が星になった。「きらきら……」と口にまで出すタイプだ。かおりんは「太る」と正論を言い、奈々りんは「糖分は脳の燃料」と職員室みたいなことを言う。
「さ、応接間へ!」
扉が開く。もはやホテルのラウンジ。厚手のカーペットの上には――
「でかっ!!」
普通サイズのジェンガの手前に、等身大ジェンガ(木製)がどんと積まれていた。しかも横には、さらに小型のミニジェンガ。三段階。入門・中級・バベル。
「三本立てで勝負! ルールは簡単、“崩したらお題”。お題は……はいこれ!」
ひかりんが掲げたのは『ひかりん特製・罰ゲームカード』。表紙に「座道スピリット添え」の文字。
「内容は――“正座で反省を述べる”“三人を一度に褒め称える”“推しの人の好きなところを五連打”……などなど!」
「最後だけ破壊力が違う……」
わたしが眉をひそめると、ひかりんはウインクした。「だって今日は、ハーレム回でしょ?」
「誰がハーレムって!?」
ツッコむより先に、執事さんの咳払い。「お飲み物の用意が整っております」。銀のポットから紅茶が香る。クッキーは手のひらサイズのステンドグラスみたいに美しい。ゆはりんは皿を両手で抱えて「幸せ……」と溶けた。強い。
*
「では――試合開始!」
先鋒はミニジェンガで肩慣らし。トップバッターは奈々りん。「静座呼吸……」とつぶやき、人差し指と親指でスッと一本を抜く。無音。プロ。
「綺麗……」
思わず拍手。続くわたしは、ちょっとカッコつけて真ん中を抜く。――スルリ。成功。「ふふ、座道は指先から」。どや顔をした瞬間、かおりんが「調子乗って崩すやつだ」と的確な予言を口にする。やめて。
「わたしもー」
ゆはりんは端のゆるいところを確認して、そおっと抜く。ふにゃっと笑って、皆から「上手い」と言われて照れる。天使。
問題児は、我らが主催・ひかりん。彼女はなぜか下段のど真ん中を狙いにいって――
「ふんぬ!」
ガタンッッ!!
「ひかりん……」
「はい、ひかりん、初手から罰ゲームです」
カードをめくる。『三人を一度に褒め称える(感情を込めよ)』
「簡単! しおりんは大人の包容力が最高、かおりんは一挙手一投足が可愛い、奈々りんは背筋が女神。そして、ゆはりんは存在が砂糖!」
「最後の雑さ!」
「甘さの核だから!」
褒められた当人たちはそれぞれ赤面。わたしは「包容力」という単語に弱い。姉カテゴリーに効く。気を取り直して、第二ラウンド・普通ジェンガへ。




