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第83話「水切り」

 大学の授業が終わった午後。

 部室に戻る前に、ひかりんが突然「ねぇ、川行こ!」と提案した。


「川?」

「うん、キャンパスの裏手にある小さい川。あそこで“修行”するの」


 修行って……。

 でも、ひかりんが目を輝かせて言うと、断れない。

 わたし――しおりんは小さくため息をついて鞄を肩にかけ、彼女の後をついていった。



 川辺に降りると、秋の風が頬をなでた。夏の名残りが少しだけ残っているけど、空気は澄んでいて冷たい。 夕方の太陽が斜めから差し込み、水面が金色に光っていた。


「わぁ……やっぱりいいね、ここ」

 ひかりんはスニーカーを脱いで、裸足で石の上をぴょんぴょん跳ねている。 その姿が子どもみたいで、思わず笑ってしまった。


「で、修行って?」

「ふふふ。水切りだよ!」


 彼女は得意げに平たい石を拾い上げた。


「……やっぱり遊びじゃん」

「違うの! これは“座道水面跳躍術”!」

「そんなの聞いたことない」

「今つくったから!」


 ……ほんと、こういうところ、昔から変わらない。



「まずはわたしのお手本を見てて!」


 ひかりんは腰を落とし、石をスッと投げた。

 シュッと風を切る音。

 ぱしゃん、ぱしゃん、ぱしゃん――。


 石は七回も八回も跳ねてから、やっと沈んだ。


「どう? 今の跳ね、完璧でしょ!」

「……すごいね」


 素直に拍手すると、ひかりんは得意げに胸を張る。子どもみたいに笑うその横顔に、ちょっとだけ胸がざわついた。


「じゃあ次はしおりんの番!」


 促されて石を拾う。でも、うまく平たい石が見つからない。手にしたのは、やや丸っこい石だった。


「それじゃだめだよ! ちゃんと探して!」

「はいはい……」


 二人でしゃがみ込み、石を選び始める。指先に触れる石の感触。川の水が冷たくて、ちょっと心地いい。


「これなんかどう?」

 ひかりんが差し出した石は、薄くて楕円形。


「うん、これならいけるかも」


 わたしは石を構え、深呼吸した。

「いくよ……!」


 思い切って投げる。


 ぽちゃん――。一回で沈んだ。


「わははは! 一発沈み!」

「うるさいよ!」



 何度も挑戦しているうちに、二回、三回と続くようになった。そのたびに、ひかりんが「やった!」と手を叩いて喜んでくれる。まるで子どもを褒めるみたいに。


「しおりん、やればできるじゃん!」

「……ありがとう」


 小さな言葉が、意外に重かった。こんなふうに褒められるの、いつぶりだろう。


 ふと横を見ると、ひかりんがじっとこちらを見ていた。その視線があまりにもまっすぐで、心臓がドキッとした。


「な、なに?」

「んー、しおりん、やっぱりかわいいなって」

「ひゃぁ!?」


 慌てて声が裏返る。ひかりんはにやりと笑い、また石を投げた。



「ねぇ、こうやって二人で遊んでるとさ……デートっぽいよね」

 ひかりんの言葉が唐突に落ちてきた。


「な、何言ってるの……」

「だってそうでしょ? 川辺で石投げて、夕陽見て。ほら、ラブコメのシーンみたいじゃん」


 わたしは言葉に詰まる。反論したいのに、そう言われてみると確かにそんな気がしてしまう。


「……まあ、そうかもね」

 小声でつぶやくと、ひかりんは嬉しそうに目を細めた。


「やっぱり! じゃあ今日の修行は“デート修行”に決定!」

「勝手に決めないで!」


 でも、頬がほんのり熱くなるのを止められなかった。



 夕暮れが迫り、空が茜色に染まる。二人は石を投げ尽くし、川辺に並んで腰を下ろした。


 水面に波紋が広がり、虫の声が響く。 静けさの中で、ひかりんがぽつりとつぶやいた。


「……ねぇ、しおりん」

「なに?」

「わたし、やっぱりしおりんのこと好きかも」


 心臓が大きく跳ねた。


 けれど、ひかりんはすぐに笑って「なーんてね!」とごまかした。

 その笑顔がわざとらしくて、かえって胸に刺さる。


「……まったく」

 わたしは小さくため息をついた。


 でも、笑いながらも心のどこかで思っていた。

 ――もしかして、本気なんじゃないか。



 キャンパスに戻る道すがら、川のせせらぎがまだ耳に残っていた。

 ひかりんの「好きかも」という言葉と一緒に。


 水切りは、遊びだったのか、修行だったのか。

 それとも――デートだったのか。


<<でしょでしょ! こういうのってハーレムエンドって言うんだよね>>


 あの時の言葉が思い浮かぶ。


 う――――――――――――――ん


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