表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/97

第81話「昔の恋愛映画」

 ラウンジの灯りはほとんど消してあった。

 スクリーンに映るのは、90年代の恋愛映画。少し古めかしい色合い。ヒロインが、恋人の背中にすがりついて泣いている。

 ――わたし、しおりん。大学二年。座道部。

 今日は部活終わりに、ひかりんと二人で映画を観ることになった。


 理由は単純。ひかりんが「テスト終わったし、打ち上げに恋愛映画だろ!」と言い出したから。

 部室のスクリーンにDVDプレーヤーを繋げて、わざわざポップコーンまで持ち込んで。

 ……部活なのか遊びなのか、よくわからない。でも、ひかりんが楽しそうだから、わたしも断れなかった。



 スクリーンの中で、男女が抱き合ってキスする。

 BGMは90年代らしい、ピアノとストリングスの直球ラブソング。

 胸の奥がじんわり熱くなって、気づいたらわたしはつぶやいていた。


「……さぁこれが百合だったら完璧なのに」


 しまった。心の声のつもりだった。

 横からポップコーンをつまんでいたひかりんが、ぴたりと動きを止めた。

 わたしを振り向いて、スクリーンの光に照らされた顔でニヤッと笑う。


「今、なんて言った?」

「え、ち、ちがっ! 何も言ってない!」

「ふーん。聞いちゃったよ。“百合だったら完璧”……だって?」


 耳が一気に熱くなる。

「ち、違うの! ほんとに心の声が漏れただけで……」

「心の声って一番本音でしょ?」


 ひかりんの目が悪戯っぽく細まる。

 スクリーンの光が揺れて、彼女の笑顔がやけに近く見えた。



「でもさ、しおりん。あたしも同感だよ」

「えっ」

「だって、この映画、男女の恋愛ってだけでテンプレ感あるじゃん。

 でもさ、もしこれが女の子同士だったら……絶対もっとドキドキするよ」


 軽い調子で言うひかりん。でも、その横顔は真剣に見えた。

 胸がざわついて、わたしはポップコーンをぎゅっと握りしめた。


「ねぇ、しおりん。あたしら、もうすでに“百合ハーレム”っぽいじゃん?」

「な、なにそれ……!」

「だってさ。ゆはりんは“かおりんも、しおりんも好き”とか言ってるし。奈々りんは真面目すぎて逆にフラグ立ってるし。わたしも……」


 そこで言葉を切って、わざと溜める。

 心臓がバクンと跳ねた。


「ひかりんも、なに?」

「……それは秘密」


 ニヤッと笑って、ポップコーンを頬張る。

 からかわれてる。そう分かってるのに、心臓の鼓動は速くなるばかりだった。



 映画は進んでいく。

 スクリーンの中の男女は、離れ離れになり、最後に再会して抱き合う。

 古臭いくらいにベタな展開なのに、涙が出そうになる。

 横をちらっと見ると、ひかりんは真剣な顔をしていた。


 やっぱり、ひかりんは太陽みたいだ。

 笑っているときは眩しくて、真剣なときは熱を帯びる。

 ……ずるい。そんなの、誰だって惹かれちゃうじゃん。


「……あの日のこと、覚えてる?」

「え?」

「六月の買い物デート」


 ドキッとした。

 雑貨屋で髪にピンを当てられたとき。

 タピオカをシェアしたとき。

 屋上で肩に頭を乗せられたとき。

 全部、思い出して胸が苦しくなる。


「もちろん……覚えてるよ」

「ふふ。やっぱり」


 ひかりんがポップコーンの箱を置き、少しだけ近づいてきた。



「実はね。あの日、ほんとは“半分デート”のつもりで誘ったんだ」

「っ……」


 呼吸が止まった。

 心臓がまたバクンと跳ねる。

 まさか、そうだったなんて。


「座道部の仲間じゃなくて、ひとりの女の子として。しおりんと一緒に歩きたかった」

「……」

 スクリーンの光が彼女の横顔を照らす。

 ふざけてない。本気の声だった。


「しおりん。わたし、本気でしおりんのこと好きだよ」


 ――告白。

 わたしの世界が、一瞬で静まり返った。


「……ほんとに?」

「うん。冗談っぽく聞こえてもいい。でも、ずっと本気。わたしは、しおりんが好き」


 言葉が、胸の奥に突き刺さる。

 返事をしようとしても、喉が震えて声にならない。



 映画はエンドロールに入っていた。

 ピアノの旋律と白い文字が、部室に流れていく。


 わたしは下を向いて、指先をいじる。

 ひかりんは、少しだけ手を伸ばしかけて――途中で止めた。


「……返事は急がなくていいよ」

 笑顔に戻るひかりん。でも、その笑顔は少し切なかった。

「座道部流に言えば、“間を大事に”だね」


 その言葉が優しくて、苦しくて。

 わたしは小さくうなずくことしかできなかった。



 ラウンジを出ると、夜の風がひんやり頬を撫でた。

 モールのガラス越しに見えた六月の夕暮れを、わたしは思い出す。

 あの日の笑顔。今日の言葉。

 全部つながって、胸の中でざわざわと騒いでいた。


(……さぁこれが百合だったら完璧なのに、なんて言ったけど)


 現実のほうがずっとドラマチックで、ずっと心を揺さぶってくるんだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ