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第8話「枕投げ」

 夜、窓の外はもうすっかり暗くなっていた。

 

 夕飯を食べて、食器を片付けて、お風呂も済ませて――春休みなので宿題もないし―― あとは寝るだけ、というタイミングだった。


 かおりんがめずらしく一緒に寝たいと言うので、同じ部屋に布団を敷いた。

 かおりんのパジャマはピンク色、私のは緑だ。


 それにしても今日は、すこしだけ空気が甘い気がする。


 お風呂上がりの二人の肌にはまだ湯気が残っていて、部屋の中には柔らかなシャンプーの香りがほんのりと漂っていた。


 そのせいか、ベッドに入ったものの、眠気はなかなか訪れなかった。


「ねぇ、お姉ちゃん……」


 隣の布団から、小さな声がする。

……呼び方が戻ってる……


「ん?」


「……眠れないの?」


「うん」


 かおりんは、いつもより少し幼く見えた。薄暗い部屋の中で、目だけがくりくりと動いているのが分かる。


「私は睡道部すいどうぶだったから、いつでもどこでも寝れるんだよね」


「睡道部?また聞いたことのない部活だなあ」


「睡道部はね、授業中でも姿勢を崩さずに眠れることをモットーにしてるの。周りの人にバレたらいけないのよ」


 自信ありげに胸を張って答える。


 バフッ。


 枕が飛んできて顔に命中。……不意打ちか……


「授業中に寝たらだめだよね」


「ぐっ……」


 ……よーーしっ!おかえし!

 自分の枕をかおりんめがけて投射!


「ひゃっ!……ひどーーい」


 戦争が始まった。



 そう言ってる間に、かおりんはすでに枕を手に取って、にこにこしていた。


「じゃあ、いくよ……せーのっ!」


 ふわっ――と、かおりんが投げた枕が私の顔に軽く当たった。


「うわ、ほんとにやったな……!」


「ふふっ、しおりんもおいで〜」


 私も枕を手に取り、静かに反撃。


 バフッ。


 かおりんは「きゃっ」と笑い声を押し殺しながら、くすくす笑った。


「も〜、それは反則〜!」


「は? なにが反則よ」


 バフッ、ふわっ、きゃっ、しーっ。笑いを抑えながらの攻防。


「そろそろ睡道部の奥義を見せるときね」


「睡道部が枕投げに関係あるの?」


「睡道部はね、睡眠すべてに関わることに精通してるのよ」


「へーー」


かおりんは、いたずらっぽく笑いながら、枕をぎゅっと抱きしめる。


「隙アリ!睡道部奥義発動!」


 私は、すっと枕を高く投げあげた。天井から来る取りにくい軌道……これこそが睡道部奥義……


 かおりんはクスクス笑いながら、それを受け止めた。


「ありゃ」


「ふふ、お返しだよ。こう?」


 かおりんの投げたが枕が、さっきと同じ軌道を逆にたどり、ふわっ、と私の顔にあたった。


「ふにゃ!」


 優しいタッチ。でも、かおりんの体温がほんのり残っている。


「……なんか、ちょっとくすぐったい」


「しおりんの顔、赤くなってる〜」


「なってない!」


 枕を取り返し、私もお返しに軽く当ててみる。


 白くて柔らかい布団の上で、二人だけの静かな戦い。

 髪がふわっと揺れて、パジャマの袖がちらりとずれて、白いうなじがのぞく。


「……やっぱ、かおりんって……」


……反則級に可愛いよね……


 不意にそんな言葉が漏れてしまった。

 かおりんは一瞬きょとんとしたあと、そっと笑って――


「……しおりんにしか、そう言ってもらいたくないかも」


 と言った。


 空気が、少し変わった。


 静けさが増して、距離が近くなった気がした。


 私は、枕をそっと横に置いて、彼女の方に向き直る。


 かおりんも、同じように体を向けていた。

 顔と顔が、もう数センチしか離れていない。

 お互いのまつ毛が、見えるくらいの距離。


「……しおりん」


「ん?」


「……眠い……」


「えーー」


 そんな会話の中で、どちらからともなく、そっと手を伸ばす。

 指先が触れ合う瞬間、小さな火花が散ったような感覚があった。


 そっと、かおりんの手を握った。

 やわらかくて、ちょっと温かくて――このままずっと、離したくないって思った。


 この夜が、いつまでも終わらなければいいのに――

 そう思いながら、私は眠りについた。

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