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第74話「山③」

 ――ね、寝れなかった。

 正直に言う。あの夜、わたしはぜんっぜん寝れなかった。


 山の夜は、想像してたより冷たくて、想像してたより暑かった。

 左から押し寄せる「ゆはりん抱きつき攻撃」、右から感じる「しおりん観察モード」の視線。真ん中に挟まれたわたしは、寝袋の中で心臓だけがロックフェスみたいに鳴り響いてた。


 そして朝。――ほぼ徹夜で迎えた。



「おーっし、今日も全力登山だーっ!」


 先頭を行くひかりんの声が、山の朝に響いた。

 タンクトップ姿でザックを担ぎ、髪をバッサバッサ揺らして登っていく。後ろ姿からして“太陽”って感じ。


 奈々りんはそのすぐ後ろ。黒いキャップをきっちりかぶって、無駄のない歩幅で黙々と進む。彼女の背中は、なんか護衛兵みたいで頼もしい。


「ひぃ……しおりん……ちょっと待ってぇ……」


 左隣からはゆはりんの情けない声。汗をぬぐいながらも、ピンクのキャップをずらさないで頑張ってる。その姿が妙に可愛くて、わたしの心臓がまた忙しくなる。

 ……いや、違う違う! 昨日のアレを引きずるな、わたし!


「かおりん、大丈夫? 顔赤いよ」


 今度は右から。しおりんがちらりとわたしを覗き込んでくる。

 汗をぬぐう仕草も優雅で、お姉ちゃんオーラ満載。……ただ、その目の奥が妙に鋭いのは気のせい? ぜったい気のせいじゃないよね?


「だ、だいじょぶ! 全然元気!」


 口ではそう言ったけど、膝はもうガクガクしていた。

 睡眠不足で登山なんて無謀すぎた。



 昼過ぎ、やっと山小屋に着いた。

 赤茶けた屋根から煙がのぼっていて、「文明!」って叫びたいくらいだった。


「着いたー! 腹減ったー!」

「……整列」


 ひかりんはザックをぶん投げて大の字、奈々りんは淡々と軍隊モード。

 ゆはりんは「やったぁ……」と小さくガッツポーズ、しおりんは「まずは荷物を片付けてね」と相変わらずの保護者っぽさ。


 わたし? もう足が棒で、荷物を降ろした瞬間に崩れ落ちそうだった。



 小屋の食堂で出てきたのは名物の山菜そば。

 テーブルに湯気が立ちのぼり、だしの香りが鼻に飛び込んできた瞬間、わたしのお腹が大声で鳴いた。


「いただきます!」


 みんなで箸を取る。

 ひかりんはズルズル豪快に啜り、奈々りんは「塩分補給、適正」とか分析しながら食べる。

 ゆはりんは「熱っ!」って舌を出して、しおりんは「ふぅふぅして食べなきゃ」と面倒見モード。


「……美味しい!」


 わたしも夢中で食べた。睡眠不足も疲れも、だしの優しさが全部流してくれた気がした。

 けど――時折、右隣からの視線に気づく。しおりんが、静かにわたしを見てる。目が笑ってるんだけど……ぜったい中身は笑ってない。昨日の夜のこと、根に持ってる。うう……。



 午後、小屋の二階の広間に案内された。

 窓を開けると山風が入ってきて、床板の上をスーッと通り抜ける。汗ばんだ体に気持ちいい。


「ここ最高じゃん!」

「うわ、ゴロンしたい!」


 ひかりんとゆはりんが転がり、奈々りんは真顔で「体幹トレーニングに使える」と腕立てを始める。

 わたしは窓辺に腰を下ろして、外の稜線を眺めた。オレンジ色に染まり始めた雲。少しずつ暮れていく山の景色。――その美しさに、胸が少しだけ落ち着いた。


「かおりん」


 背後から名前を呼ばれて振り向くと、奈々りんが立っていた。彼女の目は真剣で、声は低い。


「今夜は、昨日みたいなことは……起こさないで」


「……っ!」


 心臓がドクンと跳ねた。顔に出てた? いや、出てたんだろうな。

 言い訳もできず、わたしは小さくうなずいた。



 夕暮れ。

 小屋の前で焚き火を囲んだ。木がパチパチと弾けるたび、火の粉が夜空に飛んでいく。


「マシュマロ焦げたー!」

「回転が遅い。もっと均一に」


 ひかりんと奈々りんが口喧嘩みたいにやりとりし、ゆはりんはケラケラ笑っている。

 しおりんは黙って火を見ていた。ときどき、ちらりとこちらに視線を寄越しながら。


 その視線に焼かれるみたいで、わたしの胸はまたざわつく。

 昨日の夜――腕に残る痺れ、耳元で囁かれた寝言。全部がまだ熱を帯びたまま残っている。


(……今夜は、どうなるんだろう)


 山の風は涼しいのに、わたしの頬は火の粉よりも熱かった。


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