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第71話「土下座」

 ――家に帰ってきた翌日。

 わたしは頭を抱えていた。いや、実際に両手で頭を抱えたまま、自室のベッドにうつぶせて呻いていた。


 昨日の夜のことが、頭の中でぐるぐる回っている。

 旅館の布団の中、いつのまにかゆはりんが潜り込んできて、むぎゅっと抱きついてきて……。ちっちゃいけど温かい身体がぴったりくっついて、わたしは理性と修羅場の格闘を繰り広げた。


 「はあ……」


 思い出すだけで顔が熱くなる。ゆはりんの可愛らしい顔と声。大きなお胸とお尻。しっかり掴んじゃったし……。ゆはりん、女の子キラーだよ。


 最後の最後。――あの、ギラッと光る目。


 「ヒィッ……」


 そう、かおりんの嫉妬の視線。あれを忘れられるわけがない。



 リビングに降りると、案の定だった。


 かおりんは朝から一言もしゃべらない。

 食卓にはトーストとスクランブルエッグが並んでいる。ママりんが「しおりんも食べなさい」と言っても、かおりんはわたしを一瞥すらせず、もくもくと食べるだけ。


 「……か、かおりんさん。オレンジジュース入れる?」


 精一杯の姉アピールをしてみる。だが返事は――


 「……」


 沈黙。ガラスコップに氷の当たる音だけがカランと響いた。


 心臓がドクンと跳ねる。あ、これ完全に怒ってるやつだ。



 夕方。

 もう見て見ぬふりも限界だった。わたしはかおりんの部屋の前に立ち、深呼吸を一つ。


 ノックノック。

「か、かおりん? 入っていい?」


 ……返事はない。部屋の中からは、ゲーム機の効果音とボタン連打の音だけが聞こえる。


 もう、だめだ。


「ごめんなさいっっ!!!」


 叫ぶと同時に襖をガラッと開け、そのまま畳にダイブ。


 ――ズベッ!!


 派手な音を立ててスライディング土下座を決めた。


「土下座します! 本当にごめんなさい! お姉ちゃんが悪かったぁぁぁぁ!!!」



 額を畳に押しつけながら必死に弁明を並べる。


「決してやましいことはしてません! ただ寝てただけ! 抱きつかれただけ! むしろ理性で耐えたんです!褒めてください!!!」


「……」


 返事がない。こわごわ顔を上げると、ベッドの上にあぐらをかいてゲームを止めたかおりんが、腕を組んでこちらを睨んでいた。


 ギラッ……。


 その目はまさに、昨日の夜の嫉妬の光をそのまま持ち越していた。



「……耐えた? 本当に?」


「ほんっっとうです! 全然! 全然! 何もしてません!!!」


 涙目で必死に手を振る。畳に額を擦りつけながら、必死に証明しようとするわたし。


 でもかおりんは黙ったまま。わたしの前に降りてきて、わざと畳にトンッと足を置き、わたしを見下ろす。


「じゃあさ――証明してみてよ」


「え? な、何を……?」


「どれくらい私のことが好きか、土下座したまま言ってみなさい」


 え、公開処刑!?


 わたしは顔を真っ赤にしながら、それでも必死に叫ぶ。


「だ、大好きです!! この世で一番大事です!! いつも助けられてます!! 妹だけど女神です!! マイ・プリンセスです!!!」


 あああああ言っちゃったあああ!!

 畳に額をこすりつけながら羞恥で死にそうになる。


 だが、かおりんはまだ腕を組んだままニヤリともせず。


「ふーん。まだ全然足りない」



 それからが地獄だった。


 「じゃあ一曲歌ってみて」

 →土下座しながら校歌を熱唱。


 「モノマネしてみて」

 →土下座しながら担任の先生の真似をする。


 「じゃあ私を褒め称える詩を作って」

 →土下座しながら即興で五・七・五をひねり出す。


 ……涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら必死にパフォーマンスを繰り広げるわたしを見て、ようやくかおりんの口元がニヤリと動いた。



「……まあ、そこまでやるなら、許してあげてもいいかな」


 ついに! ついにその言葉が!!


「ほ、ほんとに!? かおりん様!!!」


 思わず飛びつこうとした瞬間――


「でも、条件付き」


 ピシッと人差し指を立てる。


「二度とゆはりんの布団に近づかないこと。もしまた同じことがあったら……次は土下座じゃ済まないから」


 ……こわい。めっちゃこわい。


 でも同時に、心の奥がじんわり温かくなる。

 ああ、やっと許してくれたんだ。


「……はい。約束します」


 正座のまま、深々ともう一度頭を下げた。

 畳の匂いが涙に混じって、妙に沁みる。


 かおりんは「バカしお」とぼそっとつぶやいて、ベッドにゴロンと寝転がった。


 ――その言葉が、なぜだか世界で一番優しく聞こえた。



 こうして、わたしの土下座大作戦は幕を閉じた。

 でもきっと、これからもドタバタは続くだろう。


 だって――わたしと、かおりんだもの。

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